珠景姫 Mikage Hime ~百年越しの夏に見た夢~

 紬(つむぎ)の故郷は、本州近くの離島だ。
 昔は、姫奥島(ひめおくしま)と呼ばれていたらしい。

 長姫制度(おさひめせいど)の廃止に伴い、島の名前も『夢奥島(ゆめおくしま)』に変更。
 本州の文化と技術を取り入れるようになり、港の整備や中心街の開発が進められた。

 暮らしやすい街づくりが進む一方で、かつての面影は姿を消していく。
 民宿や御神体がある岬は『長姫(おさひめ)地区』と呼ばれ、神島家が管理する特別区になった。

「という訳です」
 島の歴史を語り終え、紬(つむぎ)はミルクティーを一口飲む。

「別世界なんだろうなぁ」
 珠景(みかげ)は困ったように呟くと、紬(つむぎ)に期待の眼差しを向けた。
 綺麗な瞳を輝かせ、『現代の世界を見たい』と訴えている。

「えっと……リンさんに服借りて、お散歩しに行く?」
「絶対、行く!」
 早速、二人は厨房を後にした。
 奥から三番目の和室がリンの部屋であり、その隣にはリンの弟・凪(なぎ)の部屋がある。

「たのもー」
「ん。朝早くに、どしたん?」
「一緒にお散歩行くんだけど、珠景(みかげ)に貸せる服無いから、リンさん服貸してぇ」

「お洒落な服あったかなぁ? あ、でもでも、こんな美人なら、何でも似合いそう!」
 リンは表情を緩めると、押入れの戸を開く。

 押入れの中は、小さな洋服屋さんだった。
 多種多様な服が綺麗に並べられていて、中に置かれた棚にはアクセサリーや小物も可愛く飾られている。

 リンは何着か服を手に取ると、分かりやすい様に広げて見せてくれた。
 珠景(みかげ)は手で肌触りを確かめながら、リンと一緒に服を選び始める。

「私も着替えてくる」
 服を選ぶ二人に声をかけて、紬(つむぎ)は自室へ向かった。

「んぅ、可愛いやつあったかな……」
 箪笥の中から服を見繕い、畳の上に広げてみる。

 チョコレートカラーのボーダー柄Tシャツに、白のオーバーオール。
 そして、お気に入りのブラウンのキャスケット。
 以前、リンから貰った誕生日プレゼントであり、唯一の勝負服だ。

 これしかない、と確信した紬(つむぎ)は、すぐに着替えを済ませた。
 慣れない服を身に纏い、リンの部屋へ戻る。

「着替えてきたぁ」
「あ、それ誕プレのやつ! 着てくれたのは嬉しいんだけど、流石に暑くない?」
「お洒落は我慢だから」
「わお、哲学的」
「午前中は涼しいし、珠景(みかげ)の隣を歩くなら、可愛い服着ないとヤバい」

「つむっちも気合十分だけど、姫ちゃんも負けてないよ?」
 ニヤリと笑みを浮かべ、リンは部屋の隅を指差す。
 誘導された視線の先、着替えを済ませた珠景(みかげ)と目が合った。

「どうかな?」
 不安そうに首を傾げ、珠景(みかげ)は着慣れない洋服に視線を落とす。

 珠景(みかげ)が選んだのは、若葉色のTシャツワンピースだった。
 発色が綺麗で、ウエストリボンが大人っぽさの中に可愛さを添えている。

 すらっと長く綺麗な足を活かしたファッションであり、セレブのようなオーラも放っていた。

「めっちゃ可愛い……これはずるいよ、リンさん」
「分かるか、つむっち。素材が良すぎて、着せ替えが楽し過ぎたよ」
 二人に見つめられ、珠景(みかげ)は照れくさそうに視線を逸らす。

「うわっ。仕草で破壊力を増しやがった。男いなくて良かったねぇ」
「本当ですよ。今から散歩行くのに……変な人に声かけられないかな?」

 同じ女性としても、羨ましいくらいに可愛いのだ。
 街を歩けば、知らない男性が声をかけてくる可能性だってある。

「ナンパ男はさ、壊れかけの船に詰め込んで嵐の海に送り出すのが一番。これが俗に言う……難破船」 
 リンの声が畳に落ちると、遠くから蝉の鳴き声が聞こえてきた。

 瞬きを二回。紬(つむぎ)は珠景(みかげ)に視線を戻す。

「暑くなる前に行こっ!」
 珠景(みかげ)の手を取り、紬(つむぎ)はリンの部屋を飛び出した。
 熱を帯びた廊下を踏みつけて、楽しげな足音を響かせる。
「ちょ、つむっち……こら、逃げるなぁ!」
 リンの声に追いかけられながら、二人は玄関へ向かう。

「いってきまーす!」
 お気に入りの靴を履いて、玄関に立つ珠景(みかげ)を見つめた。

 夏空に映える若葉色のワンピース。
 希望に満ちた表情の珠景(みかげ)は、光を揺らす海のように美しい。

 鮮やかな夏の世界に、珠景(みかげ)という名の華を添えよう。
 最後の姫になってから百回目の夏。
 最高の青春を描くために。

 引き戸を開けると、空を制する入道雲と目が合った。