あと何回。
十七歳の夏を迎えれば、この物語は終わるのだろう。
玄関前の廊下に腰掛けて、珠景は中庭を見つめていた。
遠くに見える海は、まだ青さを残している。
夕陽の光が、儚くも眩しい。
ここが宮殿だった頃。
中庭には、大きな桜の木があった。
淡く咲き誇り、爽やかに葉を揺らして、鮮やかに彩る。
また、眠りについて、満開に咲く日を夢に見る。
桜が見せる四季の表情は、幼き頃の珠景姫に勇気を与えてくれた。
辛い日々を乗り越えた先に、幸せに彩られた瞬間が来る。
そんなメッセージを、貰えた気がしたから。
成長を見守ってくれた桜の巨樹は、もう生きていない。
色歌の部屋にある風鈴が、優しい音色を奏でる。
遠くから、ひぐらしの鳴き声が聞こえてきた。
今日も、珠景姫は夏を生きている。
心はまだ、あの夏に居る――
「……」
深呼吸をして、珠景は立ち上がった。
和食の香りに導かれるように、厨房へ足を踏み入れる。
夕食が並ぶテーブルには、紬と凪が座っていた。
楽しそうに話す二人に「ねぇ」と声をかける。
「今度の夏祭り、みんなで一緒に行かない?」
「行きたい!」
紬は目を輝かせ、凪はスマホを取り出した。
「頼にも声かければ良いか?」
「うん。お願い」
「すぐ返信来たぞ。『行かないって選択肢が無いけど、これって確定演出……?』だとさ。何言ってんだこいつ」
凪は呆れた表情を浮かべながら、スマホの画面を見せてくれた。
「ありがとう。楽しみだね、夏祭り」
笑顔の裏に隠した切なさが、胸を締め付ける。
息苦しいのは、きっとそのせいだ。
❀.*゚
八月一日。夏祭り当日。
浴衣に着替えた珠景は、色歌の仏壇の前に座っていた。
月明かりが射し込む部屋の中で、生前の写真に目を向ける。
「……お別れの季節だね。色歌」
夜の静かな空気に、切ない声が溶けていく。
一呼吸置き、表情を切り替えた。
色歌に手を振って、部屋を後にする。
玄関に向かうと、準備を済ませた三人が集まっていた。
「お待たせ」
声を掛けると、珠景に視線が集まった。
浴衣姿の珠景を見て、頼は困ったように笑う。
「……すまん、相棒。俺、耐え切る自信無い……可愛すぎる」
頼は凪の肩に手を置き、もう片方の手で目を覆った。
「じゃあ、帰れ」
「ひどっ! お前、国宝級の花と最愛の花を両手に夏祭りを楽しむ気か! すれ違う男達に絶望を与えて歩くとか、趣味悪すぎだろ! 私おこです! 頼君おこです〜っ!」
凪は珠景に目を向けると、申し訳なさそうに呟く。
「悪いな、親友壊れてて」
「諦めるな。山岡頼の人生はこれからだ」
逞しい表情を作り、仁王立ちする頼。
今日も仲良しな二人は、清涼感のある甚平を着ている。
珠景は紬に歩み寄り、小声で話しかけた。
「浴衣可愛いじゃん。気合い入ってるね」
「ありがとっ」
夏空に咲く向日葵の浴衣を着た紬は、嬉しそうに微笑む。
その姿は、幼い頃の色歌にそっくりだった。
妹の面影を感じ、珠景も笑みをこぼす。
「行こっか」
八月の始まり。
夏祭りの会場へと歩き出した。
