珠景姫 Mikage Hime ~百年越しの夏に見た夢~

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 姉さんへ。

 おかえりなさい。
 この手紙を読む頃には、私はもう生きていないですね。

 あの夏、十四歳だった私も、九十七歳のお婆ちゃんなりました。
 歳を取り過ぎたせいで、長姫制度(おさひめせいど)があった時代が前世の記憶のように感じます。

 約束通り、長姫制度(おさひめせいど)の撤廃は実現しましたよ。

 未来の子供に自由を与えたいという、姉さんの願いは叶っていますか? 今の世の中は素敵ですか?

 もし、今の時代を少しでも良いと思えたのなら、私ではなく、姉さん自身に感謝してください。今の子供達が楽しそうに暮らしているのは、姉さんのおかげですから。

 少しだけ、あの日の事を書きますね。あ、嫌なら読まなくて良いですよ。
 
 八月八日。
 姉さんが大穴に飛び込んだ後、栄一(えいいち)さんと島民の人々は膝から崩れ落ちました。

 何も知らない人からしたら衝撃的な一幕だったので、当然の反応かもしれません。
 それから間もなくして、侍女達が姉さんを探しに来てしまいました。

 こればっかりは、流石に私も想定外でしたね。
 夜に手紙を通して姉さんの死が伝わる手筈だったのに、事件後の現場に全員が立ち会ってしまったのですから。色々と問題は生じるわけです。

 一番良くなかったのは、私の態度でしょうか。
 みんな泣き崩れているのに、私だけトンネル横の壁に背を預けて、御神体を見つめていましたから。姉さんの死を重く捉えていないように見えたのでしょうね。

 風瑚(ふうこ)さんには頬を叩かれました。
 小春(こはる)には、「何でそんな顔でいられるの」と涙ながらに言われたものです。
 正直、私だって泣きたかったですよ。

 でも、既に涙は枯れていましたし、笑顔でお別れをすると決めた以上、泣いたら姉さんに怒られるじゃないですか。なので、最後まで我慢しましたよ。
 偉いですか?

 最後に、あの父親にも怒鳴られました。
「お前は何の為に、生まれてきたんだ。姫を見張る為だろっ!」
 この一言には、流石に怒りましたよ。
 初めて毒に満ちた言葉を浴びせたと思います。

 そして、日付が変わる頃。
 姉さんから貰った手紙を読み始めました。

 ようやく一人になって、姉さんの死を実感したんです。
 急に涙が溢れてきて、手紙の文字がぼやけて見えませんでした。

 多分、八月九日になっていた頃だと思います。
 だから、この涙は許してください。

 八月八日は約束通り、笑顔でお別れして、最後まで泣きませんでしたから。


 伝えたい事は山程ありますが、侍女の未来と、私の想いを書いて終わろうと思います。 

 長姫制度(おさひめせいど)の撤廃後、私達侍女はそれぞれの人生を歩みました。

 風瑚(ふうこ)さんは東京の洋食屋で料理の腕を磨いて、晩年には料理の本も出したんですよ。諸事情によって離婚されたんですけど、最期まで縛りの無い人生を楽しんでいました。

 島の反対側にある夢岬(ゆめみさき)の土地に移住した舞風(まいかぜ)さんは、旦那さんと共に農業を始めたんです。毎年、美味しいお米や野菜を送ってくれて、手紙のやり取りも頻繁にしていました。

 ちなみに、私の次女は侍屋敷家(さむらいやしき け)に嫁いだんですよ。
 御三家同士での結婚は、この島の歴史上初めての事です。

 あの頃、まだ子供だった双子姉妹も、ちゃんと大人になりました。

 綺麗な顔立ちの美しい女性に育った小春(こはる)は、二十歳でお嫁に行きました。授かった娘には『珠春(みはる)』と名付けたそうですよ。

 可愛らしい大人の女性に育った小鈴(こすず)は、生涯独身を貫きました。「珠景姫(みかげひめ)は結婚せずに生涯を終えたから」という理由で、結婚しない人生を選んだみたいです。泣きました。
 それと、小鈴(こすず)は有名な画家になったんですよ。

 二人とも、大人になっても姉さんの事が大好きでした。
 私が一番好きですけどね。
 姉さんへの愛は、誰にも負けません。

 一緒に過ごした時間より、姉さんを想い続けた時間の方が長いですから。

 あの夏よりも、愛は深まるばかりです。
 珠景姫(みかげひめ)は、私の人生ですからね。

 長くなりましたが、最後に本音を語ろうと思います。

 本当はね。

 長姫制度(おさひめせいど)が無い世界で、姉さんと一緒に生きてみたかった。

 私も姉さんと一緒に旅したかったよ。
 いろんな景色を見てまわって、美味しい物を沢山食べたかった。温泉を楽しんだり、夜空を見上げて夢を語り合ったり。
 普通の姉妹として、思い出を沢山作りたかった。

 もし、違う時代に、違う場所に生まれていたら。
 姫と侍女の立場じゃなかったら。
 そんな素敵な未来に進めていたのかな。

 ねぇ、何でもっと早く帰って来てくれなかったの?
 私ずっと待っていたんだよ。

 いつか帰って来てくれると信じていたから、姉さんが幸せに生きられる環境を作って待っていたのに、どうして私が生きている間に帰ってきてくれないのさ。

 もう一度、直接会って話したかった。
 姉さんに抱きしめて欲しかった。
 今日を一緒に生きたかった。

 わがままでごめんね。
 ずっと頑張って来たんだもん。
 最後くらい、ただの妹で居ても良いでしょ?
 
 大好きな姉さんへ。
 手紙を読んでくれてありがとう。

 私の宝物も一緒に入れておくね。
 姉さんの妹に産まれて、本当に幸せだった。

 私の人生を支えてくれてありがとう。
 いつまでも、大好きな姉さんのことを想い続けるよ。ㅤ⠀

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 手紙を置き、涙を拭う。

 直筆の文字で綴られた想い。
 言葉が温かくて、今も変わらず生きている。
 この刹那に、色歌(いろか)との再会を果たせた気がした。

「……手紙ありがとう……宝物はさ、私が貰って良いの?」

 封筒の中から、一枚の写真を取り出す。
 ぶわっと、涙が溢れ出した。
「……あぁあ……あの時の……最高の写真じゃん」

 色歌(いろか)の宝物。
 それは、姉妹で撮ったツーショット写真だった。
 刹那を切り取った世界の中に、満開の笑顔の花が二輪咲いている――

 十四歳の色歌(いろか)は、どこか幼くて可愛らしい。

 大好きな妹の顔を思い出した。
 忘れた事はない。
 でも、少しだけ曖昧になりかけていた。 

 霧が晴れて、色歌(いろか)の姿が鮮明になる。
 あの夏に消えた声も聞こえてきた。

『出来上がった写真は、色歌(いろか)にあげるね』
『大切にします。姉さんが生きた証なので』

 色歌(いろか)が守ってくれた貴重な写真。
 百年前に撮ったはずなのに、今も綺麗な状態で残っている。

「ありがとう…… 色歌(いろか)
 仏壇に目を向けると、十四歳の色歌(いろか)が見えた。

「…… 色歌(いろか)……?」
 涙を拭って、現実を確かめる。
 色歌(いろか)の遺影が目に映った。

「……居るわけない、か」
 十四歳の色歌(いろか)とは、百年前の夏にお別れしたんだから。

 珠景姫(みかげひめ)が亡くなってからの八十三年間。
 色歌(いろか)はこんな思いをしたんだね。
 故人に想いを馳せる毎日を、今度は私が過ごすよ。

 手紙と写真を丁寧に仕舞い、桜の無い中庭を見つめる。

 今更になって、色歌(いろか)と過ごした夏が恋しくなった。
 もう二度と、あの日々には戻れないのに――