珠景姫 Mikage Hime ~百年越しの夏に見た夢~


 梅の花が見頃を迎えた。
 珠景(みかげ)は一人、早春の香りが漂う街へ。
 ミラーレス一眼カメラを片手に、現代の景色を眺めて歩く。

 季節が進み、カメラの扱いも慣れてきた。
 コハモで構図や撮り方を学び、写真を撮りに出かける。

 そんな日々を積み重ね、迎えた三月の午後。
 鈴鳴(すずなき)海岸の白い砂浜を歩き、波打ち際へと向かう。
 夏は海水浴を楽しむ人々で賑わうが、春の海に人の姿は無い。
 声をかけて来るような、変な人も居なそうだ。

 空と海の世界。
 心を洗う波の音。

「綺麗――」
 水平線にカメラを向け、珠景(みかげ)はシャッターを切った。
 スマホでも海の写真を撮り、コハモのアプリを開く。

 (つむぎ)に誘われて始めたコハモも、今では珠景(みかげ)の方が使いこなしている。
 日本の絶景を調べたり、風景画に関する記事を読んだり。
 メッセージのやり取りにも使用しているが、記事を投稿したことはまだ無い。

『今日の海、綺麗だね』
 (つむぎ)にメッセージを送ると、すぐに返信が来た。
鈴鳴(すずなき)海岸に居るの!? 変な人に声かけられてない? 大丈夫!?』
 この景色を見て思い浮かぶことは、(つむぎ)も同じらしい。

『今日は誰も居ないよ。海を独り占めしてる』
『もしもの時は、最終奥義『助けて〜』を使うんだよ。今度教えるから』
『楽しみにしてる。(つむぎ)も気をつけて帰って来てね』
 コハモを閉じ、珠景(みかげ)鈴鳴(すずなき)海岸を後にする。

 もう一箇所、寄りたい場所があるのだ。
 駅前広場を抜け、小道を進んだ先。
 奥島高校のグラウンドが見えてきた。

 今日も野球部を中心に、多くの生徒が部活動に励んでいる。
 練習試合を見た場所に腰を下ろし、(なぎ)(らい)を探す。

 二人が野球を楽しむ姿を、写真に残しておきたいのだ。
 全力で駆け抜けた時間の価値は、終わった後に気づくから。

 素敵な一瞬を切り取るように、珠景(みかげ)はシャッターを切っていく。

 マウンドに立つ(なぎ)と、ミットを構える(らい)
 三振を取ってグラブタッチする姿。
 ピンチの場面を迎え、マウンドで話す二人。

 紅白戦終了後。
 珠景(みかげ)を見つけた(らい)は、笑顔で手を振ってくれた。
 カメラを膝の上に置き、珠景(みかげ)は小さく手を振り返す。
 春を告げる風が、そっと前髪を揺らした。

 ❀.*゚

 日が傾き始める頃。
 帰宅した珠景(みかげ)は、部屋で写真の整理を始めた。
 (つむぎ)が学校に行っている時間は、街を散歩したり、民宿の手伝いをして過ごしている。

 一日の使い方を自分で決められるのは、本当に幸せなことだ。
 外出に許可が必要だった時代が、今となっては懐かしい。

珠景(みかげ)。ちょっとええか」
 部屋に入ってきた弥栄(やえ)は、珠景(みかげ)と向き合うように座る。

「手紙を渡そうと思ってね」
「手紙?」
 弥栄(やえ)から渡されたのは、二通の手紙。
 封筒に書かれた宛名を確認すると、一つは(つむぎ)宛だった。
 そして、もう一つの封筒には『珠景姫(みかげひめ)へ』と書かれている。
「……これって」

「母の遺書。神島色歌(いろか)が書いた手紙だ」

色歌(いろか)の手紙――」

「『もし、珠景姫(みかげひめ)が帰って来たら』という条件で渡されて、訳も分からず保管していたんだけれども……まさか、本当に渡す日が来るとはね」

 封筒から便箋を取り出すと、色歌(いろか)の達筆な字が目に映った。
「……あぁ、懐かしい…… 色歌(いろか)の字だ」

「ゆっくり読むと良いさ。私は厨房におるから」
 温かい声を残して、弥栄(やえ)は静かに部屋を去っていく。

 色歌(いろか)の遺影の前に座り、珠景(みかげ)は手紙を読み始めた。