師走の夢奥島。
秋は儚く散り、静かな冬が始まった。
寒々しい日々を重ね、迎えたクリスマス・イブの夜。
紬は珠景と一緒に、予約したケーキを取りに向かっていた。
商店街はクリスマスムード一色で、駅前広場のイルミネーションも美しい。
「綺麗だね。こんな景色、見たことない」
冬の街に咲いた美白の花。
その輝きに見惚れていると、不意に目が合った。
「ねぇ、私で良かったの?」
「えっ?」
「クリスマスだし、凪君と来れば良かったじゃん」
「そ、それは、デートになっちゃう……まだ付き合ってないからさ……うん」
商店街を歩くカップルの姿が、紬の目にも映る。
普段は何も思わないのに、今日は不思議と眩しく見えた。
聖夜を、好きな人と過ごしたい。
そんな思いを、紬も心に秘めている。
「――なら、私が凪君と来れば良かった」
「え、ダメ!」
咄嗟に出た言葉で、現実を認識する。
驚く紬を見ても、珠景は表情を変えない。
「どうして? 凪君は、誰とも付き合ってないんでしょ?」
「うぐっ……そうだけど、そうじゃないと言うか……とにかく、ダメなの」
「凪君が好きだから?」
頬を赤く染め、紬は小さく頷いた。
「……ふふっ。さっきのは冗談。凪君を奪ったりしないって」
微笑む珠景を見て、紬は安堵の息を漏らす。
本当は、凪の彼女として隣に居たい。
別の人が凪と付き合う未来は、想像するだけで胸が苦しくなる。
今年も一緒にクリスマスを過ごせるのは、同じ屋根の下で生活しているからだ。
特別な理由がある訳じゃない。
「ねぇ、紬。ケーキ屋さんって、ここじゃない?」
「……あっ。うん」
また、自分の世界に入っていた。
ケーキ屋を通り過ぎた紬に、珠景はそっと歩み寄る。
「ちょっとだけ、散歩しよっか」
「でも、ケーキが……」
「大丈夫。少しだけ付き合ってよ」
「……分かった」
珠景の優しさに甘え、紬は姉の背中を追う。
イルミネーションを横目に、二人は薄暗い小道へ。
街灯が寂しく笑う夜道は、クリスマスムードの商店街とは別世界だった。
冷たい空気を割くように、緩やかな坂を下っていく。
住宅街を抜けた先、奥島高校のグラウンドが見えてきた。
練習試合を見た日のように、金網近くのベンチに並んで腰掛ける。
明かりの無い景色を、二人は見つめた。
「今回のお悩みは?」
「え……」
「凪君のことで、何か悩んでいるんでしょ?」
ここで誤魔化しても、きっと前に進めない。
心を縛る不安を、言葉にしていく。
「……私は凪の彼女じゃなくて、ただの幼馴染なんだなって……」
寂しそうな表情で、冷えた手に視線を落とす。
幼い頃に出会い、小学生の頃から生活を共にしてきた。
高校ではクラスも一緒で、一日の半分以上を凪と過ごしている。
「勘違いしちゃうよ……だって、ずっと近くに居てくれるんだもん……」
言葉が詰まり、感情の波も穏やかになる。
心が冷静になると、急に恥ずかしさが込み上げてきた。
「あはは……ちょっと、ばかだったかも。私は何も努力してないのに、他にも凪を好きな人が居るって思うと不安になって……ほんと、ばかだなぁ……」
ひんやりとした頬を、温かい涙が伝っていく。
「ばかでも良いじゃん。誰かを本気で好きにならないと、その感情は経験出来ないよ。私は恋すらしたことが無いから、悩める紬が羨ましい」
「……」
「紬も、無意識に努力してきたんだと思う。いつも凪君に寄り添って、誰よりも向き合い続けて来た。それは凄いことだよ。誰でも出来るわけじゃない」
「そうなのかな……」
「本当に不安なら、今日確かめてみたら? 凪君が、紬をどう思っているか」
「で、出来ないよ! 告白が失敗したら……今みたいに過ごせなくなっちゃう!」
泣き顔で喚く紬を見つめ、珠景は淡々と言葉を並べる。
「じゃあ、別の子に凪君を取られても、文句言っちゃだめだよ。告白しなかった紬に、その資格は無いんだから」
「み、珠景の意地悪っ! どうして、そんなこと言うの!」
声を震わせ、潤んだ目で珠景を睨む。
感情が昂る紬を、優しい瞳が見つめていた。
「紬の為に決まってるじゃん」
「……え」
「後悔して欲しくないから言ってるの。紬には、青春時代を無駄にして欲しくない。何もしなかった日々は戻って来ないし、過去だけは変えられないからね。幸せを掴む勇気が出ないなら、私は背中を押してあげたい」
真っ直ぐな想いが、紬の心に突き刺さる。
言葉が重たくて、切ない程に温かい。
また、涙がこぼれ落ちた。
「実際、もう付き合ってるようにしか見えないよ? 紬は不安かもしれないけど、他の子が入り込める隙なんて、どこにもない」
紬と凪が付き合っても、誰も驚かないのだろう。
恋人のように見られているのは、素直に嬉しかった。
それでも、拭えない不安がある。
「……恋人みたいだから、上手くいくの?」
「違うの?」
「ほら……親友以上恋人未満で居たいとか。幼馴染だから恋愛対象じゃ無いとか……仕方なく仲良くしているだけ、とかさ……」
「それ、凪君を馬鹿にしてるって気づいてる?」
「え。いや、そんなつもりは……」
「不安だからって、凪君の気持ちを、悪い方に決めつけるのは違くない?」
「……ごめんなさい」
「泣き虫じゃなくて、ただの弱虫じゃん」
「ひ、ひどいっ! 今日の珠景、なんか冷たいよ……」
珠景は立ち上がると、怯える紬に手を差し伸べた。
「優しく見守るだけじゃ、紬の為にならないでしょ。悪い所を注意したり、溜め込んだストレスを吐き出させたり。成長に必要な存在として、傍に居てあげたいんだ。その過程で嫌われたとしても、紬の幸せに繋がるなら、それで良い。私は……お姉ちゃんだからね」
慈愛に満ちた表情の奥に、切なさが淡く光る。
珠景の優しさに触れ、再び涙が溢れ出した。
「やっぱり泣き虫だ……ふふっ。ごめんね。強く言い過ぎた」
立ち上がれない紬の手を引き、ぎゅっと抱き寄せる。
冷えた身体を包み込む愛の温もり。
不安の雲が解け、心は光を見つけた。
「ありがとう」
感謝を告げ、ゆっくりと抱擁を解いた。
数秒の時を刻む。
「ねぇ……大事なこと忘れてない?」
「大事なこと……あ、ケーキ!」
「急いで取りに行こ!」
手を繋ぎ、聖夜の街を駆けていく。
涙の跡に触れる夜風が、不思議と心地良くて。
繋いだ手も温かった。
