一人になった紬は、厨房へ向かう。
部屋を覗いてみると、珠景とリンが二人で話していた。
紬は壁に張り付き、こっそり耳を傾ける。
「――え。最近、スマホ使ってる?」
聞こえてきたのは、リンの深刻そうな声。
「言葉を調べる時には使うけど……それ以外は、あまり使ってないかも……」
「音楽聴いたりさ、写真撮ったりもしないの?」
「写真撮るのって時間かかるでしょ? 確か三十秒くらい」
「マジで言っとるんか、姫ちゃん……」
一呼吸置き、リンは落ち着いた声で告げる。
「つむっち。姫ちゃんに、写真の撮り方教えてあげて」
「あれ、バレてた!?」
「ふっ、甘いな。私を誰だと思っている」
「リンさん」
「いや、そこはさぁ。せめて『な、何者なんだ貴様は!?』ぐらい言ってよ」
「な、なにものなんだきさまはー」
「抜けた声で言わない。茶番は良いから、写真の撮り方を教えてあげて」
スマホのカメラを起動し、珠景の傍に歩み寄る。
「笑顔で、せーの、かにぃーっ!」
紬の独特な掛け声に、珠景は困惑しつつも笑みを浮かべる。
二人が笑顔になったタイミングで、紬はシャッターを切った。
「撮れた」
「え、もう?」
「思い出を一瞬で形に残せる。それが、現代のカメラなのですよ」
どこか誇らしげに、撮ったばかりの写真を珠景に見せる。
「……凄い……見たままの景色を、簡単に残せるの?」
「うん。スマホ一つで思い出を振り返れるし、世界の絶景とかも調べれば出てくる」
「便利な時代だね。……百年前にも欲しかったな」
切ない表情で呟いた珠景は、すぐに笑顔を取り繕う。
「その写真、後で貰える?」
「うん! 今送るね」
スマホを見つめて数秒。良いことを思いついた。
写真をコハモで送信すれば、珠景が始めるきっかけを作れる。
思い立ったら吉日。
名案に背中を押され、迷わず前に進んだ。
「…… 珠景もさ、一緒にコハモやらない?」
「コハモ?」
可愛らしく首を傾げる珠景を見て、紬はリンに視線を向ける。
「リンさん、説明頼んだぁ!」
「大事な所は人任せかいっ!」
紬の頭に手刀を振り下ろすと、リンはコハモの説明を始めた。
アプリのダウンロードから、アカウント作成まで。
リンが手際良く行っていく。
その様子を眺めていると、練習を終えた凪と頼も戻って来た。
「おっ、みんな揃って何しているんだい? 恋バナなら任せてくれ。甘くて心が溶――」
「はいはい、一人でやってて」
「ひどっ! お前の姉貴、ひどっ!」
リンに軽くあしらわれ、頼は凪に矛先を向ける。
「聞く価値ねぇから、お前の恋バナなんて」
「弟の方もひでぇ…… 紬ぃ、俺の話を……」
「ごめん、何も聞いてなかった……私はうどん派だよ?」
「何の話だ! また飯の話か、食いしん坊」
わざとらしくため息をつくと、頼は珠景に目を向けた。
「珠景ちゃん……おいらの恋バナ聞いておくれよ」
「こいばな? 良く分からないけど、後で聞かせてよ」
優しく微笑む珠景を見て、頼は魂が抜けたように静かになる。
「……あ、もうダメかもしれん。貢ぎ先が決まってしまった」
「おーい、気持ち悪いこと言ってんぞ。プライド捨てたのか?」
「珠景と恋バナ出来るなら、プライドなんて捨てるさ。美人過ぎる」
凪の問いかけに、頼は清々しい表情で答えた。
呆れた表情を浮かべ、凪は紬に目を向ける。
「…… 紬。大根ってあるか?」
「この前貰ったから、ダンボールにあるはず。何か作るの?」
「壊れたこいつの頭に、フルスイングしてやろうかと思って」
「大根折れそうじゃない?」
「先に頼の心配してやれよ」
凪はふっと笑い、頼の頭を軽く叩いた。
「可愛いのは分かるけど、困らせたらナンパ男と一緒だぞ」
「はっ! 俺は、なんて過ちを……すまない、相棒。目が覚めたよ」
「おう」
「目が覚めて気が付いたんだが、お前も過ちを犯したみたいだぞ。相棒」
頼は紬を指さして、凪の視線を誘導する。
頬を膨らませて拗ねる紬に、視線が集まった。
「…… 凪も可愛い子が好きなんだ。食いしん坊娘なんてさ……大根で空飛びたいよ」
ブツブツと呟く紬を見て、頼は冷静な口調で凪に問う。
「紬の頭も、おかしくなったっぽいけど。大根でフルスイングするか?」
「……する訳ねぇだろ」
「じゃあ、どうする? 俺のおすすめは『お前が一番可愛い』って囁きながら、情熱的に抱きしめる。って感じだけど」
ため息を頼にぶつけると、凪は厨房の棚を漁り始めた。
袋に入ったグミを手に取り、油性ペンで何かを書き込む。
そして、不機嫌な紬にそっと手渡した。
紬は戸惑いを隠せなかったが、すぐにある事に気がつく。
袋には、凪の字で『一番可愛い奴にあげるグミ』と書かれていた。
顔が熱くなり、口元が緩む。
「……ありがと」
紬の頭をぽんっと叩くと、凪は静かに去っていった。
厨房に残されたのは、恋する乙女と傍観者達。
変な空気を吸い込んで、リンは紬に声をかける。
「余韻に浸っているところ、ごめんね。姫ちゃんの登録終わったよ?」
「コハモ! 忘れてた」
紬は表情を戻し、スマホでアプリを立ち上げる。
「あれ、紬もコハモやってたの?」
「もしかして、らいらいも?」
「俺らは、結構前からやってるよ」
「俺ら……って事は、凪も?」
「あいつはアカウントを作っただけで、投稿は一切していないけどな」
「そうなんだ。みんなのアカウント知りたい!」
「凪のが欲しいだけだろ」
「珠景のもだよ」
「あれ、俺はぁ!?」
頼の悲痛な叫びを、紬の笑い声が追いかけて行く。
アカウントを教え合った後、頼は帰宅し、リンも自室へ。
紬と珠景は厨房に残り、コハモのフレンド一覧を眺めていた。
「紬、凪、頼……現代には、名前を漢字一文字にする文化でもあるの?」
「言われてみれば、タカアシガニ」
「リンちゃんは世代が違うけど、三人は同い年じゃん。何か関係あるかなって」
「仲良くなった三人が、たまたま漢字一文字だっただけ。偶然の産物」
「そっか。それとさ、写真貰っても良い?」
「い、今送ります」
紬は慌てて、コハモのチャットで写真を送信する。
すると、ミイラが『ありがとう』と笑っているスタンプが返って来たので、紬もエビフライが『OK!』と喋るスタンプを送っておく。
「この写真、どうやって保存するんだっけ?」
「写真を長押しして、『写真に保存する』ってボタンを押す」
「出来た。ありがとう」
珠景はコハモを閉じて、スマホのアルバムを開いた。
ツーショット写真を表示すると、紬にその画面を見せて微笑む。
「現代で撮った一枚目の写真!」
珠景の嬉しそうな笑顔に、思わずドキッとしてしまう。
一緒に住み始めて数ヶ月が経ち、珠景の美貌にも慣れてきた。
しかし、不意打ちの破壊力は凄まじい。
慣れの壁を、簡単に打ち破ってくる。
「い、今の、男子の前でやっちゃダメだからね!」
「え、どれを?」
「あぁ、もう! 可愛さの無駄遣い禁止ぃ!」
目を逸らすように、紬はコハモのチャットを開く。
すると、大仏が『やっほー!』と叫んでいるスタンプが送られて来た。
紬は倒れているハンバーグの上に『焼き過ぎ注意』と書かれたスタンプを返す。
スタンプでの会話は、寝る直前まで続いた。
