珠景姫 Mikage Hime ~百年越しの夏に見た夢~

 夏の斜陽が、畳に影を伸ばす。
 宮殿で過ごす最後の時間。
 珠景姫(みかげひめ)は、五人の侍女を部屋に呼んでいた。

「いつも、ありがとう」
 対面して座る侍女達に、珠景姫(みかげひめ)は深々と一礼した。
 慌てて頭を下げる双子姉妹。
 冷静な色歌(いろか)。
 困惑を隠せない年上の侍女。

 今日まで支えてくれた五人の顔を、目に焼き付ける。
 柔和な笑みの裏で、心は静かに涙を流した。

「長姫(おさひめ)昇格の記念に、渡したい物があって――」

 侍屋敷家(さむらいやしき け)の姉妹。
 小春(こはる)と小鈴(こすず)。
 そして、色歌(いろか)。
 それぞれに、感謝の想いを綴った手紙を渡していく。
 色歌(いろか)には、大扇(だいせん)宛ての手紙も渡した。

「今日の夜に読んでください。日が暮れるまでは、絶対に開けないで。約束です」

 不思議なお願いに、侍女達は困惑した表情を見せる。
「何か、意味があるんですよね? なら、黙って従いましょう」
 色歌(いろか)の言葉に、双子姉妹は小さく頷いた。
 用が済んだことを見計らい、侍屋敷家(さむらいやしき け)の姉妹は部屋を出ようと立ち上がる。

「最後に、一つお願いしてもいいかな?」
 珠景姫(みかげひめ)の声が、遠ざかった二人を呼び止める。
 昔の距離感を、心はまだ覚えていた。

「みんなと、ぎゅーってしたい」
 子供のようなお願いに、部屋の緊張が和らぐ。

「おいで、姫ちゃん」
 幼少期の呼び名で珠景姫(みかげひめ)を呼ぶと、妹の舞風(まいかぜ)は大きく手を広げた。
 その隣で、姉の風瑚(ふうこ)も控えめに手を広げる。
 珠景姫(みかげひめ)が駆け寄ると、包み込むように抱きしめてくれた。

「なんか、懐かしい」
 いつからか、二人との距離は離れてしまった。
 一緒に遊んだ最後の日は、今でも鮮明に覚えている。

 姫と侍女。
 主従の関係になると決まった日。
 珠景姫(みかげひめ)、色歌(いろか)、風瑚(ふうこ)、 舞風(まいかぜ)の四人は、子供で居られる時間を全力で楽しんだ。
 田園風景の中を全力で走ったり、近くの小川で水遊びをしたり。
 夏の畦道を並んで歩く時間も、不思議なくらい幸せだった。

 明日になれば、今日までの日常を失ってしまう。
 その意味を、子供なりに理解していたから。

 長姫制度(おさひめせいど)が無い世界なら、二人も自由に生きる事が出来るだろう。
 だから、今日でお別れ。
 ぎゅっと抱きしめた後、ゆっくりと抱擁を解いた。

「長姫(おさひめ)昇格おめでとう」
 かつての口調で思いを告げると、風瑚(ふうこ)は静かに去っていった。

「立派な長姫(おさひめ)になってねぇ」
 後を追うように、舞風(まいかぜ)も部屋を後にする。
 去り際、昔のように笑顔で手を振ってくれた。
 珠景姫(みかげひめ)も、別れを惜しみながら手を振りかえす。

 静寂の余韻。夏の風が吹く。  

「小春(こはる)、小鈴(こすず)。おいで」
 声をかけると、勢い良く腕の中に飛び込んできた。
「こんな機会、滅多に無いので」
「いっぱい、ぎゅーってしてください!」
「甘えん坊め」
 直接、お別れの言葉を言えなくてごめんね。
 今日までの数ヶ月。
 一緒に過ごした時間は忘れないよ。

 私のことを慕ってくれてありがとう。
 長姫制度(おさひめせいど)の無い世界で、幸せに生きてね。
 私の代わりに、色歌(いろか)を支えてあげて。

 小春(こはる)。小鈴(こすず)。
 二人と出会えて、本当に良かった。
 ゆっくりと抱擁を解き、珠景姫(みかげひめ)は双子姉妹の顔を見つめる。

「手紙は、後でゆっくり読んでね。今から長姫(おさひめ)の仕事をするから、二人も宮殿のお仕事に戻って良いよ」
 双子姉妹はしっかり頷くと、楽しそうに駆けて行った。

「「……」」
 二人きりになった瞬間。
 珠景姫(みかげひめ)と色歌(いろか)は、互いに歩み寄って抱き合った。

 言葉はもう出てこない。
 何も言わずに数秒間抱きしめ合った後、抱擁を解いて握手を交わす。
「じゃあ、頼んだよ。色歌(いろか)」
「任せてください。姉さんこそ、失敗しないでくださいよ」
「当たり前じゃん。最後の姫になってくるね」

 二人は、清々しい笑顔で告げる。
「「さよなら!」」

 最後は笑顔でお別れしよう。
 大切な思い出の数々が、いつまでも綺麗に輝けるように。
 そう、心から願って――