珠景姫 Mikage Hime ~百年越しの夏に見た夢~


 八月八日。
 夏の世界が儚く輝いていた。
 もうすぐ、長姫(おさひめ)昇格の式典が始まる。

 御三家と各地域の代表。
 そして、宮殿の関係者。
 式典に招かれる人物を見れば分かる。
 これは、大人達の宴会なのだ。

 主役であるはずの珠景姫(みかげひめ)は、式典の冒頭で挨拶のみ。
 終わった途端に、除け者にされてしまう。

長姫(おさひめ)昇格の記念に、写真家を呼んである。色歌(いろか)と一緒に撮ると良い」
「ありがとうございます」
 声をかけてきた大扇(だいせん)に、珠景姫(みかげひめ)は軽く頭を下げる。

「これまで不自由なく育ててやったんだ。これから、島のために自分を犠牲にする人生を歩め。それが、長姫(おさひめ)の仕事だ」

 言われなくても、そのつもりだって――

 大扇(だいせん)は鼻を鳴らし、嫌な顔で続ける。
「安定した生活が保証されているんだ。文句は無いだろう。くれぐれも、昔みたいに夢を見るなよ? 世の中、安定が一番だ。お前の為に言っているんだぞ。分かったな?」

 一方的に言葉を吐き捨てると、大扇(だいせん)はお酒を持って歩いて行った。
 遠のく背中に、ため息を追わせる。

「主役じゃない大人達だけが、盛り上がっていますね」
 雑音の余韻を掻き消すように、慣れ親しんだ声が耳に届く。
 色歌(いろか)を見つめ、珠景姫(みかげひめ)は困ったように微笑んだ。
 昨夜は号泣した色歌(いろか)だが、朝から普段通りの表情で生活している。

「もう撮影出来るみたいなので、早く行きましょう」
 珠景姫(みかげひめ)の手を引き、色歌(いろか)は桜の木の方へと歩き出した。

「そう言えば、結婚の話はどうするんですか? 長姫(おさひめ)昇格の条件に、結婚と妊娠が含まれていましたよね」
「今晩、数名の候補者と見合いするんだって」
「夜にはもう生きていないのに? 一体、誰と見合いさせるつもりなんでしょうね」
「確かに。じゃあ、色歌(いろか)に譲るよ」

「嫌ですよ。私、心に決めた人が居るので」
「え、うそ……誰?」
「本当です。知りたいですか?」
 小悪魔のような笑みを浮かべ、珠景姫(みかげひめ)の反応を確かめる。
 そんな色歌(いろか)を、呆然と見つめることしか出来なかった。

「父の付き人です。まあ、私が一方的に好きなだけですけどね」
「あの爽やかな人? 夏祭りの時に、色歌(いろか)が調略したっていう」
「あ、そうです。弱々しい感じもしますけど、その分優しい人なんですよ」
「ちなみに名前は?」

「佐藤栄一(えいいち)。姉さんと同い年です」
栄一(えいいち)君か……結婚報告待ってるね」
「ふふ。必ず曾孫の顔まで見せるので、御神体で待っててくださいね」
「長生きですな、妹よ」

「当たり前じゃないですか。姉さんと私で島の文化を変えるんですよ? 長生きして、島の未来を見届けないといけませんから」

「頼もしい妹だ」
「姉さんの妹なので」
 晴々とした表情で、二人は笑い合う。

「写真も、最高の笑顔で撮ろうね」
「数十秒くらい、表情を維持しなきゃいけないみたいですよ?」
「頑張って耐えるの。一緒に撮る、最初で最後の一枚だから」

 嬉しいのに切なくて、寂しいのに清々しい。
 不思議な感情を抱きしめて、二人は刹那を生きる。
 色歌(いろか)は何も言わず、優しい表情で頷いた。

「出来上がった写真は、色歌(いろか)にあげるね」
「大切にします。姉さんが生きた証なので」
「うん。ありがとう」

 身だしなみを整えた二人は、写真家に声をかけて撮影を始めた。
 桜の木の前に立ち、幸せに満ちた笑顔を見せる。

 十七歳の珠景姫(みかげひめ)と、十四歳の色歌(いろか)
 長姫制度(おさひめせいど)の歴史に幕を下ろす姉妹の姿が、一枚の写真に描かれた。

 ❀.*゚

 撮影から数時間後。
 仕上がった写真を手に取り、二人は嬉しそうに微笑む。

 刹那を切り取った世界の中に、笑顔の花が二輪咲いていた――