十六歳、最後の夜。
灯りを消した宮殿は、既に寝静まっていた。
平穏な空気が漂う部屋で、珠景姫は天井を見つめる。
明日の夜にはもう、この世界を生きていない。
最後の姫になる為に、自ら御神体近くの穴へと飛び込むのだ。
十七歳の誕生日が、私の命日にもなる。
「……」
色歌以外の人々は、珠景姫の余命を知らない。
明日以降も生きていると、心の底から信じている。
そんな保証は、どこにも無いのに――
「姉さん……起きていますか?」
「色歌? 起きてるよ」
「最後くらい、一緒に寝ようと思って」
部屋に入って来た色歌は、枕を抱えていた。
「うん。良いよ」
「失礼します」
色歌は枕を置いて、珠景姫の隣に寝転んだ。
夜の静寂に従い、会話の無い時間が過ぎていく。
天井を見つめていた二人は、互いの顔を見るように横を向いた。
「二人で寝るのって、いつ以来?」
「神島家の屋敷に住んでいた頃が最後なので……七年くらい前じゃないですかね」
「そりゃ色歌も大きくなるよね。なんか布団狭いもん」
「狭く感じる分、心の距離も近づいたって事ですよ?」
色歌は珠景姫の手を取ると、包み込むように優しく握った。
「姉さんの妹に生まれる事が出来て、本当に良かったです」
「急にどうしたの?」
「もし、私が姉さんの妹じゃなかったら、こうして一緒に寝る事も出来ないじゃないですか。ある意味、妹特権みたいなものですよね」
「そうかもね」
「私は姉さんに憧れているので、一緒に過ごす時間は本当に幸せなんです。なので、些細なことで嬉しくなったり、悲しくもなるんですよ」
一拍置いて、色歌は話を続ける。
「だって、こんなに綺麗で優しい人、滅多に居ないじゃないですか。何でも上手く出来ちゃうのに、他の人を見下したりしないし、それどころか同じ目線に立って一緒に考えたりしてくれる。一番近くで見てきた私が、憧れない訳ないんですよ」
照れくさそうに笑う色歌を見て、珠景姫も素直な想いを口にする。
「私も、色歌が妹で良かったって思うよ」
「姉さん……」
「こんなに可愛くて頭の良い人、滅多にいないでしょ。そんな子が妹で、しかも侍女として傍に居てくれる。それだけでも幸せだって」
空いている手で、色歌の頭を撫でる。
「なんで、幸せな時間は終わるんですか……」
目尻に涙を滲ませながら、色歌は切ない声で告げる。
「私は姉さんが大好きだから……本当は、今の生活がずっと続いて欲しいのに……何で、何で明日終わらせちゃうの……姉さんの、ばかあぁっ……!」
我慢していた感情が、涙と共に溢れ出す。
長姫制度を終わらせる事で、未来の子供達は救えるのかもしれない。
でも、その代償として、色歌はかけがえのない人を失う事になるのだ。
改めて、自分の命の重さを痛感する。
珠景姫の死は、色歌や双子姉妹の人生にも大きな影響を与えてしまう。
そこまでして、長姫制度を撤廃させる必要があるのか。
そんな疑問さえ浮かんで来た。
夏祭りの思い出が、心を惑わす。
「……この島に……こんな時代に生まれなかったらなぁ……」
珠景姫の目からも、涙がこぼれ落ちる。
もう泣くしかなかった。
「私も色歌が大好きだよ……だから、幸せに生きてね」
「……ありがとう……」
珠景姫と色歌は、おでこを合わせて泣き続けた。
別れに葛藤はつきものだ。
思い出の数だけ別れが辛くて、大切な人ほど現実を受け入れたくない。
涙を流し続けた二人は、泣き疲れたように眠りにつく。
革命前夜。
心の水面は凪ぎ、決意の炎が宿った。
必ず、長姫制度を終わらせる――
