珠景姫 Mikage Hime ~百年越しの夏に見た夢~


 屋台を見て歩きながら、社殿の裏へと向かう。
 人気のない場所に身を潜め、色歌(いろか)を待つことにしたのだ。

「二人も、お祭り楽しめた?」
 双子姉妹は、焼き鳥を食べながら頷く。
 普段は侍女として働いているが、まだ十歳。
 侍女という立場を忘れて遊ぶ時間も大切だろう。

「お待たせしてすみません」
 色歌(いろか)の声が聞こえ、後ろを振り返る。
 猫半面をつけた少女が立っていた。

「……変な人に、声をかけられたんだけど」
「え、ばかなんですか。鏡を見てきてください。お互い様ですよ」
「冗談だって。宮殿の方は大丈夫そう?」

「ええ。姉さんは疲労により、早めに就寝。小春(こはる)小鈴(こすず)も、私の指示で不在と伝えてあります。宮殿関係者も帰宅する時間ですし、騒ぎになることは無いでしょう」

「流石だね。色歌(いろか)に任せて良かった」
「もっと褒めてください。準備も含めて、大変だったんですよ?」
「良く頑張りました。ありがとね」
 頭を撫でられた色歌(いろか)は、目を逸らして呟く。
「なんか、照れるので……やめてください」
「可愛い奴め」
 面の下で笑い合った後、色歌(いろか)は双子姉妹に目を向けた。

小春(こはる)。お金の管理、ありがとうございます」
 財布を受け取った色歌(いろか)は、中身の確認を済ませる。 
「あの…… 色歌(いろか)さん」
「なんでしょう?」

 小春(こはる)が何かを耳打ちすると、色歌(いろか)はふふっと笑った。
「仕方ないですね。一度だけですよ?」
「ありがとうございます」
 小春(こはる)は嬉しそうな表情を浮かべ、小鈴(こすず)に対して手で丸を作ってみせる。
 すると、双子姉妹が左右から抱きついてきた。
「どうしたの、急に?」

「今日はどうしても、姉さんに甘えたかったみたいです。普段は侍女である以上、こんなこと出来ないですからね」

「そっか。じゃあ、特別な日になったね」
 小春(こはる)小鈴(こすず)の頭も、優しく撫でてあげる。
 心地良さそうに微笑むと、二人は抱擁を解いた。

「今日はありがとうございました。楽しかったです」
「また、金魚すくいやりたいです!」
「私も楽しかった。次やる時は、十匹目指そっ!」
「気をつけて帰ってくださいね。くれぐれも、他の人に見つからないように」
 色歌(いろか)の言葉に頷き、双子姉妹は夜の森を駆けていく。
 すぐに、その姿は見えなくなった。

「私達も行きましょうか」
色歌(いろか)は、何食べる?」
「もちろん、全ての屋台を……と言いたいところですが、しっかりご飯を食べちゃったので。今日は、飴細工だけ買おうと思います」
「金魚すくいとか、輪投げもあったけど」

「時間も限られてますからね。お祭りの雰囲気を楽しめれば充分です。それに、姉さんと遊べることが、何より幸せなので」
 月明かりに照らされて、笑顔の花が咲く。

「ほら、行きますよ」
 楽しげな声と共に、手を引かれて歩き出す。
 社殿の影から、祭りの舞台へ。

 久しぶりに繋いだ手は、どこか大きくなっていた。
 この刹那に、時の流れの速さを痛感する。

 幼少期で止まってしまった姉妹の時間。
 赤ちゃんみたいな手だったのに、今はもう少女の手だ。
 気がつけば、もう七年が経とうとしている。

 人生の半分を、色歌(いろか)は侍女として生きてきたのだ。
 妹として生きた時間は、半分に満たない。
 そして、これからも。増えることは無い。

「これを二つ、お願いします」
 妹の成長を感じている間に、色歌(いろか)は飴細工を購入していた。
 夢みたいな現実に、意識を戻す。

「この後は、どうする?」
「あとは、姉さんに任せますよ」
 飴細工を一つ受け取り、珠景姫(みかげひめ)は少し考える。

「じゃあ……最後にお参りしよっか」
「お祭りは、もう良いんですか?」
「うん。名残惜しいくらいが、丁度良いかなって」
 夏祭りの特別な雰囲気は、充分に味わえたと思う。
 小春(こはる)小鈴(こすず)が無邪気に遊ぶ姿を見たり、色歌(いろか)と手を繋いで歩いたり。
 どちらも、普段の『姫と侍女』の関係では出来ないことだ。

 二人は長姫(おさひめ)神社の社殿へと向かい、作法に則ってお参りを済ませる。
 長姫(おさひめ)神社は、姫として生まれた女子の為の神社でもある。
 御三家の人々は、姫の無病息災や、長姫(おさひめ)の安産をこの場所で願い続けて来た。

「……ありがとう」
 他の人に見られないように狐面を外して、珠景姫(みかげひめ)は笑みを浮かべる。
 十六年間、見守ってくれた神様に、悔いの無い表情を見せる為に――

「帰ろっか」
 珠景姫(みかげひめ)は狐面をつけ直し、後ろを振り返って夏祭りの光景を眺めた。
 篝火の先、参道に立ち並ぶ屋台の灯りが、夜の世界に映えている。

 これが、姉妹で過ごす最後の夏祭り。
 そう思うと、少しだけ切なかった。

 ❀.*゚

 夏祭りの余韻に浸りながら、ゆっくりと夜道を歩く。
 獣道を抜け、トンネルの近くまで戻って来た。
 夜風が髪を揺らし、珠景姫(みかげひめ)は口を開く。
「ありがとね」
「別に大した事はしてないです。こっちの方は、簡単ですから」

「……あのさ、一つだけお願い追加しても良い?」
「良いですよ。その代わり、明日のおやつは全部私が貰いますからね」
「食いしん坊め」
「魅力の一つですよ? それで、お願いって何ですか?」
 色歌(いろか)は立ち止まり、珠景姫(みかげひめ)に目を向ける。

小春(こはる)小鈴(こすず)が迷わないように、傍で見守って欲しいんだ。私が突然居なくなってさ、長姫制度(おさひめせいど)や侍女の立場が無くなれば、戸惑うことも多いと思う、それは色歌(いろか)も同じだけど」

「安心してください。大人になるまでは、侍女の先輩として面倒をみますので。それに……姉さんが居なくなったら、私には彼女達しか居ませんから」

 寂しそうに笑う色歌(いろか)を見て、返す言葉を見失う。
 珠景姫(みかげひめ)の時間だけが、止まってしまった。
「……」

「後の事は、気にしないでください。私が何とかしますから。大丈夫です」
「……うん。色歌(いろか)なら大丈夫だって信じてる」
 珠景姫(みかげひめ)の言葉を受け取ると、色歌(いろか)は再び歩き出した。

「見つかる前に帰りますよ。あ、夜のトンネル怖いので、手繋いでください」
「幽霊が出るから?」
「怒りますよ?」
「はいはい。怖がりな妹を守るのも、お姉ちゃんの仕事だもんね」
 手を繋いだ二人は、真っ暗なトンネルへと入って行く。
 ひんやりとしたトンネルの中では、手の温もりがより伝わって来た。

 お忍びで行った、初めての夏祭り。
 最後の夏に、最高の思い出を描いた――