長姫神社の夏祭り。
毎年、八月一日に行われる小さなお祭りだ。
姫として生きる私だけが、その景色を知らない。
だから、最後に見ておきたかった。
年に一度の特別な景色を――
「ついに、夏祭りの日を迎えましたね。お忍びで行く以上、計画通り動くことが求められます。小さな二人には難しいかもしれませんが、必ず成功させましょう」
閉ざされた部屋の中で、色歌は小声で語りかける。
小春は深く頷き、小鈴は笑顔を見せた。
これは、最後の打ち合わせ。
部屋の隅に集まり、計画を共有する。
「まず、これを」
色歌はお面を取り出すと、それぞれに手渡した。
珠景姫には、朱色と金の二色で装飾された白地の狐面。
双子姉妹には、白地に水色と金で装飾を施した猫半面。
桜色と金の二色を用いた猫半面を、色歌も手に取る。
「外出が禁じられている姉さんは、顔を隠す必要があります。それは、付き添う侍女も同じ。私達のせいで気づかれては、元も子もありませんから」
色歌は宮殿の見取り図を出し、珠景姫と双子姉妹に見せた。
「この後、私は宮殿関係者を厨房に集めて会議を開きます。その間に、三人で宮殿を出てください。右側の廊下から出れば安全です」
「色歌はどうするの?」
「四人一緒に行く事は不可能なので、今回は交代制にします。前半は小春と小鈴、後半は私が付き添います。夕食後は自由に過ごせますから、私が宮殿を出ても問題はないでしょう。神社で交代したら二人は宮殿に戻り、いつも通り過ごしてください」
小春と小鈴が頷いた事を確認して、色歌は話を続ける。
「問題は、あの人ですね。見つかってしまった場合、私達に明日はありません。なので、優秀な私は考えました」
色歌は口元を手で隠し、不敵な笑みを浮かべる。
「父の行動を制限すれば良いんです。予め、父の付き人を調略して、神島家の屋敷で宴会を開いてもらいました。父が主催の宴会となれば、屋敷を出ることも無いでしょうし、酔い潰れてしまえば、そもそも動きません」
「優秀な妹だ……ほんと、抜かりないね」
「当然です。あ、浴衣も用意しておきましたので、お面と一緒に使ってください」
全員分の浴衣を渡し終わると、色歌は立ち上がった。
「では、また神社で会いましょう。小春 、小鈴。姉さんを頼みますね」
「「はい!」」
二人の返事を聞いた色歌は、部屋を出て障子を閉じた。
全てを打ち明けたあの日以降、色歌は何事も無かったかのように過ごしている。
侍女の役割を全うし、時折、妹の顔を覗かせるだけ。
足音が遠のいていく。
❀.*゚
太陽が姿を消し、夜の帳が降りる頃。
珠景姫と双子姉妹は、宮殿からの脱出に成功した。
御神体に繋がるトンネルの中を歩きながら、珠景姫は口を開く。
「長姫神社って、御神体の方にあるんだっけ?」
「本当の入り口は、反対側にあります」
「この先に、裏道があるんですよ!」
人目につかない道を使うのも、色歌の指示なのだろう。
色歌の念入りな準備のおかげで、ここまで来ることが出来た。
暗闇を抜け、夜空が広がる。
トンネルの先、立派な御神体が姿を現した。
「こっちです」
小春の案内で、トンネル脇の獣道へと足を踏み入れた。
足元に注意を払いながら、行燈の明かりを頼りに進んでいく。
どこからか、祭囃子が聞こえてきた。
「もうすぐですよ!」
小鈴が声を弾ませる。
斜面に生えた木々の向こうに、明るい場所が見えてきた。
獣道の先、長姫神社の社殿が姿を現す。
「これが、夏祭り……」
祭りの雰囲気に酔いしれた世界へ。
夜空の下、長姫神社の境内に足を踏み入れる。
参道の両脇には多種多様な屋台が並んでいて、多くの人で賑わっていた。
赤や緑の塗装が鮮やかな社殿は、篝火の炎によってほのかに照らし出されている。
子供のように目を輝かせ、狐面の下で笑みを浮かべた。
「早く行こっ!」
狐面と猫半面。
顔を隠して歩けば、それなりに注目を浴びると思っていた。
しかし、夏祭りの雰囲気のなかでは、あまり目立たないのかもしれない。
屋台を巡る三人を見て、表情を変える人は居なかった。
「あっ! 姫――」
「しぃー!」
小鈴が『姫様』と呼ぶ前に、小春は人差し指を口に当ててみせる。
止められた意味を理解した小鈴は、両手で口を押さえた。
二人の可愛いやり取りを見て、珠景姫は笑みをこぼす。
「ふふっ、どうしたの?」
「あれ、一緒にやりたいです」
小鈴が指差していたのは、金魚すくいの屋台だった。
金魚すくいを楽しむ子供達を見て、珠景姫は明るい声で答える。
「楽しそうじゃん。小春も良いよね?」
「私が決めて良いんですか……? 色歌さんには、『お面を外さなければ好きに楽しんで良い』と言われていますけど」
「なら大丈夫。三人でやろ?」
「「はいっ!」」
双子らしく声を揃えて返事をすると、猫半面の下で笑顔を見せた。
先に遊んでいた子供達が居なくなってから、三人は屋台へ歩み寄る。
「お、嬢ちゃん達もやるかい?」
お金の管理を任されている小春が、三人分の支払いを済ませる。
小さな竹の輪に和紙を貼ったものを手に取り、屋台のおじさんは説明を始めた。
「ええか? これを使って、金魚を掬うんだ。和紙が破けるまでは、いくらでも取って良い。お椀に入れた金魚は持って帰って良いぞ」
和紙付きの竹枠を受け取り、金魚に目を向ける。
赤と黒。
二色の金魚が、木製のたらいの中を悠々と泳いでいた。
「よし!」
ふぅと息を吐き、珠景姫は和紙を水面に近づける。
狙いを定めた金魚の動きを目で追いながら、その時を待つ。
一瞬の出来事だった。
赤い金魚が宙を舞い、水滴と共に光を浴びて輝く。
水の世界から連れ出された金魚は、小さなお椀へと滑り込んだ。
「お、やるねぇ嬢ちゃん」
「これ、楽しいっ!」
無邪気に笑う珠景姫の隣で、双子姉妹も金魚すくいに挑戦する。
小春は丁寧に掬おうとしたが、水に浸し過ぎて和紙が破れてしまった。
対照的に、小鈴は勢い良く掬い上げたが、その一回で派手に破れる。
「「あぁー」」
残念そうな声を漏らした双子姉妹は、珠景姫に目を向ける。
和紙が破れていない珠景姫は、その後も金魚を掬いあげていく。
「あっ」
限界を迎えたのは、六匹目を狙った時だった。
結果は五匹。
初めてにしては上出来だったと思う。
「全部持ち帰るかい?」
珠景姫は、首を横に振る。
「きっと、怒られちゃうので」
「厳しい家なんやなぁ」
「でも、凄く楽しかったです!」
「楽しめたんならええか。また来てや」
金魚とおじさんに手を振って、三人は次の場所へ。
