姫奥島も夏を迎えた。
長姫昇格まであと一ヶ月。
残りの人生を彩る為に、珠景姫はある計画を企てていた。
宮殿が消灯される間際。色歌と双子姉妹を呼び、その内容を初めて伝える。
「ごめんね。夜遅くに集まってもらって」
「何か、深刻な悩みでもありました?」
どこか心配そうに、色歌は問いかける。
「お悩み相談ではなくて、ちょっとした提案かな」
三人の視線が、珠景姫に集まる。
「今度の夏祭り。みんなで一緒に行かない?」
「……ばかなんですか」
色歌は呆れた表情で呟く。
「一緒に行けるのであれば、嬉しい限りです。それはこの子達も同じでしょうし、姉さんがお祭りに行きたい気持ちだって理解できます」
色歌の言葉に、双子姉妹は明るい表情で頷く。
「でも、姉さんは長姫になる立場なんですよ? 公の場に顔を出す事は許されていないですし、特別な事情が無い限り、宮殿の外に出向く事も禁じられています」
「だから、だよ」
「……はい?」
「怒られたって良い。より制限される日々になっても良い。今年の夏だけは、最高の思い出を描きたいの。忘れられない夏にしたいんだ。色歌、小春、小鈴と一緒に」
一人一人の顔を見て、思いを伝える。
小春と小鈴は嬉しそうに微笑み、一息ついた色歌も穏やかな表情を見せた。
「仕方ないですね。この件は私と姉さんで考えるので、二人はもう寝てください。夜も遅いですから……あ、他の人には内緒ですよ?」
色歌の指示に従い、双子姉妹は静かに部屋を後にする。
間もなくして、宮殿全体が消灯された。
「この部屋も消灯しますね。話はそれからです」
明かりを消した色歌は、珠景姫の傍に腰を下ろす。
二人は部屋の壁に寄り掛かるように座り、暗い部屋を呆然と眺めた。
「何を隠しているんです?」
「……何の事かな」
「隠し通せると思ったんですか? 怒らないので、白状してください」
いつか、色歌には打ち明けるつもりだった。
でも、まだ心の準備が出来ていない。
「……ごめんね、色歌」
無意識に出た言葉が、語りの火種になる。
「姫の立場に苦しむ子供を、これ以上増やしたくないんだ。男尊女卑の風潮もおかしいと思うし、もっと多様性が認められる世界になって欲しい。でも、根付いた文化を変えるには、きっかけが必要じゃん?」
だからね。と言葉を繋ぐ。
「私が長姫制度を終わらせる――」
「……姉、さん?」
心配そうな声を漏らす色歌に、隠していた計画を打ち明ける。
「八月八日。『長姫』に昇格したら、私は御神体の穴に飛び込むよ」
「……え……何を言って……?」
困惑して止まる色歌の横で、珠景姫は先に進み続ける。
「長姫になれば、自由に生きられると思ってた……でも、違うみたい。制限された暮らしは永遠に続いて、最期まで長姫の生き方を強いられる。そんな人生を歩むくらいなら、私は未来の子供たちの為に命を使いたい」
淡々と話す珠景姫を見つめ、色歌は声を震わせる。
「変わらない……姉さんが命をかけて抗っても、何も変わらないよ……姫が不在になっても、彩美家か、侍屋敷家に産まれた女の子が次の『姫』になるだけです!」
「私一人じゃ、確かに無理かも。でもね、私には優秀な妹がいる」
色歌は涙を我慢しながら、首を横に振る。
次の言葉を拒絶するように、何度も――
「色歌に、私の『意志』を託すよ」
「嫌だ!」
大きな声と共に、涙がこぼれ落ちた。
色歌は下唇を噛み、潤んだ目で珠景姫を睨みつける。
「姉さんの命を犠牲にしてまで、長姫制度を終わらせる必要はないでしょ……ねぇ……」
「姫の人生は、良いものじゃないんだよ? 不自由なく暮らしているように見えて、本当の自由は奪われてる。私らしく生きることは、許してもらえない」
「だから、終わらせるの……?」
弱々しい声が、暗い部屋に溶けていく。
「長姫制度に縛られる人生は、私が最後で良い」
色歌は目を見開き、怒りの感情を爆発させる。
「……夏祭りに行きたいのは、人生最後の夏になるから……? ふざけないで!」
「ふざけてないって。みんなで夏祭りに行くのは、運命に抗う私へのご褒美。頑張るんだもん。最後くらい、わがまま言っても良いでしょ?」
切ない表情で微笑むと、色歌の目から涙が溢れ出した。
「やめて! もう、聞きたくない! 姉さんが居ない未来なんて、想像したくないよ!」
泣きじゃくる色歌を、ぎゅっと抱きしめる。
色歌は力強く抱きしめ返すと、珠景姫の肩に顔を埋めて泣き続けた。
「嫌だよ……姉さんとお別れなんて嫌に決まってるのに……なんで、なんでこんな……」
「ごめんね」
「姉さんが……姉さんが、姫じゃなかったら良かったのに!」
色歌は声に出してから、自分の言葉の意味に気づいた。
あぁ。と声が漏れ、珠景姫を抱きしめていた手が畳に落ちる。
ゆっくりと抱擁を解き、色歌をしっかりと座らせた。
心を鬼にして、姫の立場で告げる。
「神島色歌。私の死後、長姫制度の撤廃に尽力する事と、夏祭りに行く為の準備を命じます。これは、最初で最後の命令です」
色歌は深々と頭を下げると、涙に濡れた声を震わせた。
「分かり、ました……精一杯、努めさせていただきます……」
「ありがとう。最後の夏、最高の思い出を描こうね」
❀.*゚
泣き崩れる色歌の姿を見るのは、初めてだった。
思い出すだけでも、胸が張り裂けそうになる。
色歌を部屋まで送った後、珠景姫は夜空を見上げて呟く。
「姫じゃなかったら……か」
物語は動き出してしまった。
長姫制度に抗う姫の物語は、悲劇として完結する。
生き地獄か、悲劇の主人公か。
まだ少しだけ、心は揺れていた。
