珠景姫 Mikage Hime ~百年越しの夏に見た夢~


 紫陽花が見頃を迎えた。
 長姫(おさひめ)に昇格したら、私はこの人生を終わらせる。

 残された時間だけでも、好きなことをして過ごしたい。
 そう思った珠景姫(みかげひめ)は、双子姉妹を誘って絵を描いていた。
 部屋に画材を用意してもらい、それぞれ自分の作品と向き合う。

 幼い頃から、絵を描くのが好きだった。
 特に風景画が得意で、好きな景色を見つける度に絵を仕上げてきた。
 母はいつも褒めてくれたが、父には何故か叱られてしまう。

「お前には才能がない」
「無駄な時間を過ごすな」
「姫らしく生きろ」
「夢は叶わない」
「好きなことばかりするな。お前は長女であり、長姫(おさひめ)となる者だろうが」

 浴びせられた言葉の多くは、もう覚えていない。
 それでも、大好きなものを否定された記憶と悔しさだけは、今も鮮明に残っている。
 嫌なくらいに、はっきりと。

「ふぅ……良い感じ」
 筆を置き、双子姉妹に目を向ける。
 小春(こはる)は絵と真剣に向き合っていて、小鈴(こすず)は色遊びを楽しんでいた。
 二人の姿を見つめていると、視線に気づいた小春(こはる)が口を開く。
「終わりにしますか?」
「気にせず続けて。どんな絵を描くのか見てただけだから」

 まずは、小春(こはる)の絵に目を向ける。
 小春(こはる)が描いていたのは、隣に座る小鈴(こすず)の横顔だった。
 線の荒さはあるものの、色使いが優しく、特徴を掴むのが上手い。
「可愛く描けてるね。上手いじゃん」
 小春(こはる)は嬉しそうに微笑むと、珠景姫(みかげひめ)の絵を横目に見て表情を戻した。
「まだまだです」

「姫さま、見てくださーい!」
 謙遜する小春(こはる)とは対照的に、小鈴(こすず)は描いた絵を珠景姫(みかげひめ)に差し出す。
 受け取った絵を見てみると、数種類の色で構成された独特な世界が広がっていた。
小鈴(こすず)は色彩感覚が優れてるんだね」
「凄いですか?」
「うん、才能あるかもよ」
「嬉しいです!」
 褒められて喜ぶ小鈴(こすず)が可愛くて、優しく頭を撫でてみる。
 それを見た小春(こはる)も頭を突き出してきたので、同じように撫でてあげた。

「……本当は、画家になりたかったの」
 子供の頃に見つけた夢。
 いつか叶えると信じて、心の底に隠してきた。

「出会えた景色を絵に残しながら、島の各地を旅して生きる。そんな人生を夢見て、いつも絵を描いてた。でも……私は姫だから。長姫(おさひめ)として生きる道以外は、許してもらえない……どんなに頑張っても、その夢は叶わないんだ」

 寂しげな笑みを浮かべた後、珠景姫(みかげひめ)は声を明るくして続ける。
「だけど、私は諦めが悪いからさ。宮殿に住むようになってからも、絵の練習を続けてきたの。ここなら、父に見つからないし、無駄に怒られないからね」

 珠景姫(みかげひめ)は、人差し指を唇に当てて微笑む。
「内緒だよ」
 その仕草を真似して、双子姉妹も『内緒』と繰り返した。

 純粋無垢な二人へ。
 綺麗な花を飾るように告げる。

「二人の夢は叶うと良いね」
 笑顔で頷く双子姉妹と、哀愁漂う珠景姫(みかげひめ)の背中。
 未完成の絵が、寂しそうにその様子を眺めていた。