珠景姫 Mikage Hime ~百年越しの夏に見た夢~


 これは、私が『珠景姫(みかげひめ)』として生きた時代の物語――

 姫奥島(ひめおくしま)には、『長姫制度(おさひめせいど)』という独自の文化が存在した。
 神島家、彩美家(あやみ け)侍屋敷家(さむらいやしき け)
 御三家のなかで最初に生まれた長女は『姫』の入った名前を授かり、その世代の姫として育てられる。
 成人後は『長姫(おさひめ)』に昇格し、先代に代わって島の統治を行うのだ。

 二人目以降の女子は、侍女として姫に仕える。
 世代交代の時期以外に生まれた子供は、該当しない。
 これが、長姫制度(おさひめせいど)だ。
 次の姫が大人になるまでは、先代が政権を握り続ける。
 その運命の道を、珠景姫(みかげひめ)も歩むはずだった。

 十歳で迎えた初夏のある日。
 先代の長姫(おさひめ)である母が、病で命を落としてしまう。
 長姫(おさひめ)が不在となり、空白の期間が生まれた。

 運命の歯車が狂い始める。
 前例が無い『十七歳』での長姫(おさひめ)昇格に向けて、教育が始まった。
 宮殿から出る事を禁じられ、必要な知識や作法を叩き込まれる毎日。

 十六歳の春。
 珠景姫(みかげひめ)は、まだ何も知らなかった――


 ❀.*゚


 桜の花びらが、儚くも綺麗に散っていく。
 中庭にある桜の巨樹は、今年も花を咲かせていた。

 姫と侍女達は、コの字型をした宮殿で暮らしている。
 入り口から一番遠く、正面からは桜の木に隠されて見えない奥の部屋。
 そこが、珠景姫(みかげひめ)に与えられた唯一の居場所だ。

「姫様。夕食をお持ちしても、よろしいでしょうか?」
 廊下で返答を待つ侍女に、珠景姫(みかげひめ)は素っ気なく答える。
「お願い」
「承知しました」
 侍女が去り、静寂が訪れる。

 私は、特別な立場で生きるのが嫌いだ。
 運命の束縛に苦しみ、心に傷を負う日々。
 もう、疲れてしまった。
 息苦しくて、重たい息を吐き出す。

「美味しいご飯の前に、なんて顔しているんですか」
 部屋の入り口に目を向けると、妹の色歌(いろか)が部屋を覗いていた。

「…… 色歌(いろか)
「綺麗な顔が台無しですよ?」
 淡い灰色を帯びた黒の長髪。母親譲りの美しい顔立ち。
 十四歳の色歌(いろか)は、賢くて可愛い自慢の妹だ。

 自分の夕食を持って来た色歌(いろか)は、珠景姫(みかげひめ)と向き合うように座る。
 それから間もなくして、違う侍女が姿を現す。

「失礼します。夕食をお持ちしました」
 夕食を珠景姫(みかげひめ)の前に置くと、侍女は軽く頭を下げて立ち去った。

 その姿を見て、色歌(いろか)は困ったように呟く。
「いくら年上とはいえ、侍女である以上、あの態度は良くないですね」
「……ほら、冷めないうちに食べよ?」
 手を合わせ、二人は声を揃える。
「「いただきます」」

 珠景姫(みかげひめ)には、五人の侍女がいる。
 妹と侍女。二つの役割を担う色歌(いろか)
 侍女見習いとして働く彩美家(あやみ け)の双子姉妹。
 そして、問題の侍屋敷家(さむらいやしき け)の姉妹だ。

 どちらも珠景姫(みかげひめ)より年上で、本来は長姫制度(おさひめせいど)に該当しない。しかし、侍屋敷家(さむらいやしき け)の当主の指示により、侍女として宮殿で働いている。
 夕食の準備をしてくれたのも、この二人だ。

「……侍女の制度さ、廃止にしない?」
「どうしてです?」

侍屋敷家(さむらいやしき け)の姉妹を見ていると、申し訳ないなって思うし、夕食とかの準備くらい自分で出来るじゃん? 侍女って立場だけで、あの二人を苦しめたくないというかさ……」

「なるほど。姉さんらしい考えですね」
 色歌(いろか)は箸を置いて考え始める。
 そして、すぐに口を開いた。

「明日から侍屋敷家(さむらいやしき け)の二人には、宮殿の業務に専念してもらいます。代わりに、彩美家(あやみ け)の双子姉妹を、姉さんの主たる侍女に昇格させますね」

 掃除や食事の準備、来客の対応などの仕事に専念する形であれば、年上の二人も働きやすくなるだろう。
 侍女の配置転換を提案した色歌(いろか)は、どこか嬉しそうに笑っていた。
 新しい風が吹く気がして、珠景姫(みかげひめ)も穏やかな表情を浮かべる。
 桜の花が、ふわりと舞った。

 ❀.*゚

 翌朝。色歌(いろか)が双子姉妹を連れてきた。
 宣言通り、侍女の配置転換を行うらしい。

「本日より、彩美家(あやみ け)の双子姉妹がお仕えいたします。何なりとお申し付けください」
 座礼を終えた色歌(いろか)は、後方へと下がる。

 緊張した表情で座る双子姉妹は、十歳の侍女見習い。
 宮殿で暮らしながら、立派な侍女になる為の勉強を続けて来た。

「姉の彩美(あやみ)小春(こはる)と申します。よろしくお願いします」
 編み込んだ一つ結びの茶髪が、肩の前に流れる。
 小春(こはる)は、落ち着いた雰囲気を纏う少女だ。
 茜色の着物。丈の短い緑の袴風スカート。黒のタイツ。
 ハイカラな服装が、良く似合っている。

彩美(あやみ)小鈴(こすず)、十歳です。よ、よろしくお願いします!」
 三つ編みにした茶髪のおさげが揺れる。
 小鈴(こすず)は、快活で愛嬌のある少女だ。
 緑の着物。茜色の袴風スカート。黒のハイソックス。
 椿の髪飾りを、お揃いで付ける姿も可愛らしい。

「まだまだ未熟な姫ですが、どうぞよろしくお願いします」
 珠景姫(みかげひめ)が深々と座礼すると、双子姉妹も慌てて頭を下げた。
「それと」
「「……?」」
 次の言葉を待つ二人に、珠景姫(みかげひめ)は優しく微笑む。

「堅苦しい関係は嫌だから、もっと気軽に接して欲しいな。一緒に食事したり、立場を忘れて遊んだり。お互いに、楽しい時間を過ごせたら嬉しいなって」

「「はい!」」
「私も仲間に入れて欲しいんですけど……」
 色歌(いろか)は寂しそうな声を作って、こちらに手を伸ばす。
 緊張感の無い色歌の行動に、ふふっと笑ってしまった。

 和やかな空気が、部屋に広がっていく。
 希望の光を浴びた心は、春のように穏やかだった。