「ここだな」
小さな森に隠された廃神社。
朱色の鳥居には、『長姫神社』の文字が刻まれている。
「手、離すなよ」
生い茂る草を掻き分けて、凪は道を切り開く。
苔の生えた石段を登り、神社の境内に足を踏み入れた。
懐かしい景色が目に映る。
赤や緑の塗装が鮮やかな社殿。
雨風に晒される場所は朽ち始めていて、屋根には苔も生えていた。
自然に還りつつあるが、人の信仰があった頃の面影もある。
二人は社殿の階段に座り、誰も居ない境内を眺めた。
「…… 凪はさ、珠景姫の物語をどう思う?」
「百年前に起きた悲劇。そう教わったからな」
そっか。と声を漏らし、紬は空を見上げる。
「私は、未完成な物語だと思う――」
十七歳。高校二年生。
この年齢で、珠景姫は自ら命を絶ったのだ。
同じ年を迎えた今だからこそ、分かることがある。
「生まれた時代が違えば、珠景姫も幸せに生きれたのかなって……友達と青春を味わったり、好きなことして過ごしたりさ。叶えたい夢だって、あったかもしれない」
木漏れ日が揺れる地面に、視線を落とす。
「私は、凪みたいに『夢』がある訳じゃないし、らいらいみたいに『青春』を楽しもうとしてない。でも、自分らしく『幸せ』に暮らせてる」
森の静寂。
心が澄み渡った。
「珠景姫が夢見た世界で、生きてるんだよ――」
時代の息吹が、紬の髪をなびかせる。
不思議な感覚だった。
『現代の世界で幸せに生きて欲しい』
『珠景姫の物語を、悲劇で終わらせたくない』
誰かの想いが宿り、胸が熱くなる。
「――私も、珠景姫の物語をハッピーエンドにしたい。十七歳で止まった時間を動かしてあげたいんだ。それが、私の使命な気がするから」
珠景姫と出会えたのは、きっと偶然じゃない。
色歌の曾孫として生まれ、神島家の一人娘として育てられた。
最後の姫になった夏から百年が経つ節目の年に、珠景姫と同じ十七歳を迎えている。
都合良く解釈しているだけかもしれないが、今はその考えを信じてみたい。
熱く語る紬を見て、凪は穏やかな表情で微笑む。
「良い夢を見つけたな」
凪は立ち上がると、紬に手を差し伸べる。
「泣かないなら、前に進もうぜ」
「うん!」
子供のように笑顔を弾けさせた紬は、凪と手を繋いで歩き出す。
心の底で眠っていた夢の種に、優しさの涙が落ちた今日。
紬の心に、初めて夢が芽生えた――
❀.*゚
淡い黄色から青のグラデーション。
美しい夕空に見守られ、紬は珠景の部屋に向かった。
曾祖母の色歌が使っていた部屋で、今は仏壇だけが置かれている。
「それで、大事な話って何?」
帰宅早々、『大事な話があるから、時間ちょうだい』と珠景に伝えていたのだ。
壁に背を預けて、二人は並んで座る。
「今日ね。姫奥島を舞台にした歴史小説を読んだんだ。初めて読むし、珠景姫が生きた時代を知りたかったから、期待して読み進めたんだけど……」
「面白くなかった?」
「……本の質は良かったと思う。姫奥島の歴史や、時代背景の解説は分かりやすかった。でも、内容は最悪。珠景姫のことを悪者にしてるし、こんなの珠景じゃないってシーンばっかり……だからね、本当の歴史を知りたくなった」
隣に座る珠景に目を向ける。
「『珠景姫』の物語を聞かせて」
心地良い風が吹き、水色の江戸風鈴が優しい音を奏でた。
驚いた表情を見せつつも、珠景は笑みをこぼす。
「これは、私が『珠景姫』として生きた時代の物語――」
桜が無い中庭を見つめ、珠景は懐かしむように語り始めた。
百年前の物語が紐解かれる。
