珠景姫 Mikage Hime ~百年越しの夏に見た夢~

 帰宅早々、四人は廊下に並んで腰掛けた。
 麦茶をゴクゴクと飲み干し、頼(らい)が最初に口を開く。

「けど、まあ。怖かったなぁ、おい」
 笑みをこぼす頼(らい)を見て、紬(つむぎ)も本音を吐露する。
「覚悟はしてたけど……怖かったぁ」
「俺が女子だったら、間違いなく大泣きしてたな。砂浜にもう一つ海が出来る」
「お前みたいな奴、そもそもナンパされねぇよ」
 頼(らい)の返しに、凪(なぎ)が淡々とした声で反応する。

「ねぇねぇ。何で二人も海に居たの? 今日は練習試合じゃなかった?」
「電車に乗ってたら、紬(つむぎ)と見知らぬ美少女が見えてさ。ほら、踏切の前に居ただろ?」
 頼(らい)の問いかけに、紬(つむぎ)は少し前の記憶を辿る。

 鈴鳴(すずなき)海岸に向かう際、上り列車が目の前を駆け抜けて行った。
 あの列車に、凪(なぎ)と頼(らい)も乗っていたらしい。

「見つけた瞬間に叫んだよ。『とんでもねぇ美人が居るぞぉ!』ってね」

「他の乗客、普通に引いてたからな……駅に着いた途端、こいつが急に走り出したから、仕方なく追いかけたんだよ。そしたら、二人が変な奴らに絡まれてた」

「んで、『どうする凪(なぎ)?』って聞こうとしたら、もう隣に居なかったって訳。だから証拠映像を残すお仕事しか、頼(らい)くん十七歳には残っていなかったんだなぁ。うん、悲しいね」

 大袈裟に嘘泣きをする頼(らい)と、呆れたように笑う凪(なぎ)。
 あの瞬間に、二人が助けに来てくれて本当に良かった。
 改めて、感謝の思いが込み上げてくる。
 会話が途切れると、珠景(みかげ)がようやく口を開いた。

「二人は、紬(つむぎ)のお友達?」
「あ、紹介するの忘れてた……」
 苦笑いを浮かべ、隣に座る凪(なぎ)に目を向ける。

「彩美(あやみ) 凪(なぎ)。紬(つむぎ)とは幼馴染で、姉と一緒にこの民宿に住んでいる。よろしく」
 軽く頭を下げた凪(なぎ)を見て、紬(つむぎ)は『リンさんの弟』と付け加えた。

 爽やかな茶髪のショートヘア。キリッとした目付きが特徴の整った顔立ち。
 運動神経が抜群に良く、高校では野球部のエースとして一年生の頃から活躍している。

「俺は凪(なぎ)の親友・山岡頼(らい)! 野球部でも相棒を務めるくらい、マジで仲良し!」 
 凪(なぎ)の肩に手を置き、頼(らい)は笑顔を見せた。

 黒髪の短髪。少年のような顔立ち。
 小柄でありながら、凪(なぎ)と切磋琢磨出来る運動神経の良さ。
 周囲に元気を与える明るい性格と、全力で今を楽しむ行動力。
 それが、山岡頼(らい)という男だ。

 野球部に所属する二人は小学生の頃からバッテリーを組んでいて、今では凪(なぎ)がエース、頼(らい)が正捕手としてチームを牽引している。
 本州で行われる練習試合に参加する為、二人は今日まで島を出ていた。

「次は珠景(みかげ)なんだけど……驚かないでね?」
 紬(つむぎ)の忠告を受け、凪(なぎ)と頼(らい)は珠景(みかげ)に目を向ける。

「神島珠景姫(みかげひめ)です。最後の姫になった日に、御神体の力で生まれ変わって――」
「ちょ、え。珠景姫(みかげひめ)って、島の偉人の珠景姫(みかげひめ)……?」
 頼(らい)が言葉を遮り、珠景(みかげ)は静かに頷く。

「見た目や能力は、生前と変わらないの。御神体がある限り、私の命も終わらないみたいで、『不死身の姫』になっちゃった」
 困ったように微笑み、珠景(みかげ)は説明を続ける。

「昨日、偶然紬(つむぎ)と出会ってね。心機一転『珠景(みかげ)』として、ここで生きることに決めたの。だから、珠景(みかげ)って呼んで欲しいな。紬(つむぎ)と同じ十七歳。よろしくね」

 可愛らしく首を傾けて、珠景(みかげ)はそっと微笑む。
 紬(つむぎ)でさえも、その仕草にはドキッとしてしまうのだ。頼(らい)が無事な訳がない。
 目を向けると、頭を抱えて唸っていた。

「可愛い過ぎんか。同い年とか最高かよ。不死身の美少女とかゲームの世界やん。現実に実装とか、神様やりやがったな助かるまじで。ありがとう……」

「おーい、らいらい。大丈夫?」
 手を振りながら声をかけても、ぶつぶつと喋るだけで返答は無い。
 それを見た凪(なぎ)はため息をつくと、頼(らい)の頭をバシッと叩いた。

「いっだぁぁぁあ! 何するんだ馬鹿野郎。ナンパ組への怒りを、俺にぶつけるなって。エースに怪我される訳にはいかないから、助太刀もしたじゃん! 何で叩くん? 今日の試合のエラーに怒っているのか!? あれは凪(なぎ)の暴投だろ……」

「可愛いのは分かるけど、まず黙れ」
 凪(なぎ)の『可愛い』を聞いて、紬(つむぎ)はむぅと顔をしかめる。
 しかし、凪(なぎ)に怒るのは気が進まず、不機嫌な視線を頼(らい)に向けた。

「何で紬(つむぎ)もおこなんだ! え、こわ」
 わざとらしく怯えた表情を作った頼(らい)だったが、すぐに吹き出すように笑い出した。
 楽しそうな頼(らい)の笑い声につられて、紬(つむぎ)と珠景(みかげ)も口角が上がる。

「整理すると。紬(つむぎ)の家族として、民宿で暮らすってことか?」

「姉妹って思ってもらえれば良いかな。同い年ではあるけど、実際は百十七歳だし」

「大先輩だけど、同い年なら仲良くしようぜ。同じ家に住む訳だし」
 凪(なぎ)と珠景(みかげ)は、何気なく握手を交わした。
 紬(つむぎ)は口を尖らせ、頼(らい)もぶつぶつと喋り出す。

「こんな美少女と同じ家で過ごすだぁ? あぁけしからんけしからん、なんて奴だこのやろう。何ちゃっかり手握ってんだ、紬(つむぎ)に刺されても知らんぞ、馬鹿もんが……」

 嫉妬する頼(らい)に、珠景(みかげ)は手を伸ばす。
「頼(らい)君も、よろしくね」

 一瞬、フリーズした頼(らい)は、満面の笑みで珠景(みかげ)と握手した。
「はあぁぁっ! 生きてて良かったぁぁ」
 幸せに溺れる頼(らい)と、天使のように微笑む珠景(みかげ)。

 両端を見た後、紬(つむぎ)は隣に座る凪(なぎ)に小さな手を出した。
「んっ!」
「どうした、紬(つむぎ)」
「んっ、んっ!」
 差し出した右手を軽く振って、握手を求める。
「あぁ。別に構わねぇけど」

 子供の頃のように、凪(なぎ)は紬(つむぎ)の手を取ってくれた。
 不機嫌な表情は崩れ去り、紬(つむぎ)は女の子らしく微笑む。
「これで良いか?」
「うん。良い」

「お前ら、夏をさらにアツくすんなって」
 頼(らい)の一言も溶けていく。

 これから始まる物語の一ページ。
 青春の色が、ほんのりと滲んでいた。