帰宅早々、四人は廊下に並んで腰掛けた。
麦茶をゴクゴクと飲み干し、頼が最初に口を開く。
「けど、まあ。怖かったなぁ、おい」
笑みをこぼす頼を見て、紬も本音を吐露する。
「覚悟はしてたけど……怖かったぁ」
「俺が女子だったら、間違いなく大泣きしてたな。砂浜にもう一つ海が出来る」
「お前みたいな奴、そもそもナンパされねぇよ」
頼の返しに、凪が淡々とした声で反応する。
「あら、酷いわ。私、らいらいちゃんは、一日に一人の美少女なのよ?」
「千年に一体のバケモノだろ」
「誰が、バケモノ界隈のプリンスだ!」
「言ってねぇ。少し黙れよ」
「ふんっ。山岡頼の寛大な心に感謝するが良い。そなたの願いを聞き入れてしんぜよう」
野太い声を発する頼に背を向け、凪は珠景に目を向ける。
「悪いな、親友壊れてて」
凪の言葉に、珠景は優しく微笑んだ。
会話が落ち着いたタイミングで、紬はある疑問を口にする。
「ねぇねぇ。何で二人も海に居たの? 今日は練習試合じゃなかった?」
「電車に乗ってたら、紬と見知らぬ美少女が見えてさ。ほら、踏切の前に居ただろ?」
頼の問いかけに、紬は少し前の記憶を辿る。
鈴鳴海岸に向かう際、上り列車が目の前を駆け抜けて行った。
あの列車に、凪と頼も乗っていたらしい。
「見つけた瞬間に叫んだよ。『とんでもねぇ美人が居るぞぉ!』ってね」
「他の乗客、普通に引いてたからな……駅に着いた途端、こいつが急に走り出したから、仕方なく追いかけたんだよ。そしたら、二人が変な奴らに絡まれてた」
「んで、『どうする凪?』って聞こうとしたら、もう隣に居なかったって訳。だから証拠映像を残すお仕事しか、頼くん十七歳には残っていなかったんだなぁ。うん、悲しいね」
大袈裟に嘘泣きをする頼と、呆れたように笑う凪。
あの瞬間に、二人が助けに来てくれて本当に良かった。
改めて、感謝の思いが込み上げてくる。
会話が途切れると、珠景がようやく口を開いた。
「二人は、紬のお友達?」
「あ、紹介するの忘れてた……」
苦笑いを浮かべ、隣に座る凪に目を向ける。
「彩美 凪。紬とは幼馴染で、姉と一緒にこの民宿に住んでいる。よろしく」
軽く頭を下げた凪を見て、紬は『リンさんの弟』と付け加えた。
爽やかな茶髪のショートヘア。キリッとした目付きが特徴の整った顔立ち。
運動神経が抜群に良く、高校では野球部のエースとして一年生の頃から活躍している。
「俺は凪の親友・山岡頼! 野球部でも相棒を務めるくらい、マジで仲良し!」
凪の肩に手を置き、頼は笑顔を見せた。
黒髪の短髪。少年のような顔立ち。
小柄でありながら、凪と切磋琢磨出来る運動神経の良さ。
周囲に元気を与える明るい性格と、全力で今を楽しむ行動力。
それが、山岡頼という男だ。
野球部に所属する二人は小学生の頃からバッテリーを組んでいて、今では凪がエース、頼が正捕手としてチームを牽引している。
本州で行われる練習試合に参加する為、二人は今日まで島を出ていた。
「次は珠景なんだけど……驚かないでね?」
紬の忠告を受け、凪と頼は珠景に目を向ける。
「神島珠景姫です。最後の姫になった日に、御神体の力で生まれ変わって――」
「ちょ、え。珠景姫って、島の偉人の珠景姫……?」
頼が言葉を遮り、珠景は静かに頷く。
「マジか!? おいおい、待ってくれよ。聞いたか凪」
「あぁ、聞いているよ」
「何でお前は冷静なんだ……」
「お前が取り乱しているだけだろ……邪魔して悪い。続けてくれ」
「見た目や能力は、生前と変わらないの。御神体がある限り、私の命も終わらないみたいで、『不死身の姫』になっちゃった」
困ったように微笑み、珠景は説明を続ける。
「昨日、偶然紬と出会ってね。心機一転『珠景』として、ここで生きることに決めたの。だから、珠景って呼んで欲しいな。紬と同じ十七歳。よろしくね」
可愛らしく首を傾けて、珠景はそっと微笑む。
紬でさえも、その仕草にはドキッとしてしまうのだ。頼が無事な訳がない。
目を向けると、頭を抱えて唸っていた。
「可愛い過ぎんか。同い年とか最高かよ。不死身の美少女とかゲームの世界やん。現実に実装とか、神様やりやがったな助かるまじで。ありがとう……」
「おーい、らいらい。大丈夫?」
手を振りながら声をかけても、ぶつぶつと喋るだけで返答は無い。
それを見た凪はため息をつくと、頼の頭をバシッと叩いた。
「いっだぁぁぁあ! 何するんだ馬鹿野郎。ナンパ組への怒りを、俺にぶつけるなって。エースに怪我される訳にはいかないから、助太刀もしたじゃん! 何で叩くん? 今日の試合のエラーに怒っているのか!? あれは凪の暴投だろ……」
「可愛いのは分かるけど、まず黙れ」
凪の『可愛い』を聞いて、紬はむぅと顔をしかめる。
しかし、凪に怒るのは気が進まず、不機嫌な視線を頼に向けた。
「何で紬もおこなんだ! え、こわ」
わざとらしく怯えた表情を作った頼だったが、すぐに吹き出すように笑い出した。
楽しそうな頼の笑い声につられて、紬と珠景も口角が上がる。
「整理すると。紬の家族として、民宿で暮らすってことか?」
「姉妹って思ってもらえれば良いかな。同い年ではあるけど、実際は百十七歳だし」
「大先輩だけど、同い年なら仲良くしようぜ。同じ家に住む訳だし」
凪と珠景は、何気なく握手を交わした。
紬は口を尖らせ、頼もぶつぶつと喋り出す。
「こんな美少女と同じ家で過ごすだぁ? あぁけしからんけしからん、なんて奴だこのやろう。何ちゃっかり手握ってんだ、紬に刺されても知らんぞ。美男美女で絵になる瞬間を描きやがって馬鹿もんが……」
嫉妬する頼に、珠景は手を伸ばす。
「頼君も、よろしくね」
一瞬、フリーズした頼は、満面の笑みで珠景と握手した。
「はあぁぁっ! 生きてて良かったぁぁ」
幸せに溺れる頼と、天使のように微笑む珠景。
両端を見た後、紬は隣に座る凪に小さな手を出した。
「んっ!」
「どうした、紬」
「んっ、んっ!」
差し出した右手を軽く振って、握手を求める。
「あぁ。別に構わねぇけど」
子供の頃のように、凪は紬の手を取ってくれた。
不機嫌な表情は崩れ去り、紬は女の子らしく微笑む。
「これで良いか?」
「うん。良い」
「お前ら、夏をさらにアツくすんなって」
頼の一言も溶けていく。
これから始まる物語の一ページ。
青春の色が、ほんのりと滲んでいた。
