八月八日になると、珠景姫は目を覚ます――
十七歳の誕生日が、命日だった。
故郷の島に残る長姫制度に抗う為に。
時代が変わるきっかけを、作るために。
御神体と呼ばれる巨樹の前で、自ら大穴に飛び込んだ。
あれから、百回目の夏。
今も珠景姫は、あの頃の姿のまま生きている。
正確に言えば、御神体の力によって生かされているのだ。
あの日『大正』だった元号は、昭和と平成を経て『令和』の時代へ。
長姫制度の名残すら無い現代で、終わりのない物語を生きている。
まさか、こんな事になるとは思わなかった。
全てを託した最愛の妹も、もう生きていない。
思い出を共有した侍女達も、天寿を全うして眠りについてしまった。
令和の時代に、長姫制度を知る者は珠景姫しか居ない。
今更になって、あの夏が恋しくなる。
もしも、続きを描けるのなら。
姫の立場に縛られず、自分らしく生きてみたい。
知らない世界を一人で旅したり、誰かと思い出を共有したり。
普通の暮らしのなかで、特別な瞬間を大切に過ごしたいのだ。
心の底に隠した夢は、まだ輝きを残している。
でも、きっと叶わない。
あの夏、珠景姫の物語は『悲劇』として完結したから。
淡い希望を抱く珠景姫は、今年も静かに八月八日を生きる。
いつか、この物語にも終わりが来ると信じて――
