公爵令嬢・オブ・ジ・デッド

「元公爵令嬢ミラベル・ヒューゴーを斬首の刑に処す」
 その声が響いた瞬間、雷鳴が鳴り響き、見上げた曇天は確かに割れたように思えた。けれども私の運命は何ら変わることはなかった。

 裁判は極めて迅速だった。
 学園の帰りの馬車を突然数十名の騎士に取り囲まれた。誰何したが返事はない。武具がなければ私もただの一人の女だ。止めるまもなく御者は斬られ、ろくな抵抗もできないまま囚われた私は石造りの狭い部屋に押し込められた。何度の扉の外に呼びかけたが鉄扉はびくともせず、その下部から時折粗末な食事が差し入れられるだけだった。
 誰も何も往来の無いまま5日の後、屋外に設えられた公衆の面前、神前法廷に無理やり引き出されての突然の死刑宣告だ。何がなんだかわからなかった。ほんの5日前までは、普通に学園に通っていたというのに。
 見渡す壇上には、少しだけ気をとがめたような婚約者、であるはずのフリードリヒ王子。その隣には口角を大きく上げて喜悦の極みを顔に浮かべた男爵令嬢シャーロットが視界に入る。その瞬間激しい怒りで目の前が真っ赤に塗り潰された。気づけば拳は震えていた。けれども誰も何も音を発しない。周囲を見渡しても、その視線は誰も彼もが刺々しい。知った顔も、見知らぬ顔も。
 私が閉じ込められていた間に全てが整えられた。烈火のごとく湧き上がる怒りの反対側に冷静な私がそう計算する。小さく呼吸を整える。私は公爵令嬢だ。
「釈明を求めます! いったい私の何が罪というのです! アルフレッド・ヒューゴー公爵の召喚を求めます!」
 そうだ。違和感はここだ。私の父はこの国の公爵だ。娘が処刑されようとしているのに、ここにいないはずがない。そう思い、嫌な予感を振り払う。
 父は⁉ 父はどこに⁉ 先程から四方に目を走らせているが、見つけられない。
 こんな無法を許してなるものか。父さえいればどうとでも! しかし、元?
 ……心の底で、この状況では手は打たれているのだろうとは認めつつ、抱いたわずかな望みも次の一言で打ち砕かれた。
「元ヒューゴー公爵家の一族郎党は既に全て斬首された。そなたが一番罪が重いゆえ最後となったのだ」
「なんですって⁉ 私に何の罪科があるというのですか!」
 そのように叫んではみたものの、空気は全く変わらず、鯱張った声は続く。
「今更何をいう。反乱罪、それから王子の暗殺未遂」
「しませんッ! そんなことッ! するはずがない! そのことは王子がよくご存知のはず!」
 私の指先から逃げるようにフリードリヒ王子は目を逸らす。
「ならば何故そう申し開きをしなかったのだ。弁明の機会は与えられたにも拘らず出頭しなかったではないか」
「存じせんッ! 私は5日前から何者かに監禁されていました! だから!」

 そこまで言って気がついた。これは、この問答はわざとだ。
 よく通る裁判官の低い声。サラサラとした筆記の音。
 冷静になればなるほどこの法廷は不自然に静かで、私と裁判官の声だけが響き渡っていることに気がついた。公開の場で、多くの人間がいるにもかかわらずざわざわとした呟きすら聞こえない。ただごろごろと、遠くに遠雷が響く程度。
 だから……裁判に関与する者は全てグルだ。申し開きをすればするほど、私が言い訳を重ねて罪を逃れようとしているように見えるように記録される。そのように仕組まれているのだろう。
 既に全ての証拠は捏造された。
 ああ。
 私が監禁されていたあの場所は、郊外の寂れた刑務所だった。
 けれど私は家にいて出頭拒否し、逃亡の上捕らえたという証拠もあるのだろう。

 一族郎党……。
 威厳に満ちた父様。
 優しかった母様。
 そしてミシェル、まだ5歳の私の弟。私に向けた手のひらとあどけない微笑み。
 みんな死んでしまったのね……。
 口の中に血の味が広がる。
 そして私も死ぬ。それは確定している。既に確定してしまった。
 私の中で私の魂の熱とでも言うべきものが急速に失われ、代わりに誇り、いえ、私の私たるべき冷たく硬い矜持が私の内側にくっきりと象られるのが感じられた。
 視線の端、つまり広場の中央にはギロチンが聳え立っている。形式だけ整えてとっとと処刑しようとでもいうのだろう。
 であれば。であれば私は家族のためにも誇り高くあらねばならない。
 背筋を伸ばせ。顔を上げろ。
 目に力を込めて裁判官を真っ直ぐ睨みつければ、その瞳にわずかにたじろぎが浮かんだ。
「私の言いたいことは一つだけだ。たとえどのような証拠を捏造しようとも、どのような陰謀が働いているのだとしても。ヒューゴー公爵家はこの国の剣である。国に忠誠を誓い、決して謀反など起こさない。しかし王家が命を捧げよというのであればその命に従おうッ! それがヒューゴー家だ。目に焼き付けよ」
 裁判官から目を離さずにゆっくりと立ち上がり、震える足を律してギロチン台に進み、すでに感覚のない指で木枠を押し開けその隙間に自ら首を挟む。
 突然落ちた雷槌の音とともに周囲からどよめきが漏れた。
 怖い。
 そっと目をつぶる前にフリードリヒを見た。その視線にはとまどいと、それから混乱、そして少しの疑惑が揺れていた。

 ああ、フリードリヒ。
 あなたとは生まれてこのかた18年の付き合いだった。決して悪い関係ではなかった。色恋というには少々何かが足りなかったような気はするけれど。
 あなたは私のことをよく知っているはずなのに。
 なのにその女に誑かされたの?
 私はあなたをよく知っている。あなたは善良で、きっと疑うことをしらなかったのだ。
 まったく。本当に。
 ああ。
 ぽたりと肩口に水滴が落ち、その冷たさにぶるりと身が震えた。
 死ぬのは恐ろしい。とても。体が震え出さないよう、叫びださないよう律するのが大変だ。
 けれども私が最後に思ったのはそれとは違って。
 ただ……『無念』。
 白く埋め尽くされる視界の中で私が最後に聞いたのは、再び落ちた稲妻か、或いはギロチンの滑る音か。