昔々、誰も明確に覚えているものがいないくらいに昔の話。
一人の天才がいた。
その天才は人生を捧げてとある道具を開発した。
その道具を授けられたあるものは乾いた砂漠に水を湧き出させ、あるものは火種の無いところに炎の柱を発現させて見せた。
そしてさらにあるものは人の思考を書き換え廃人を産み出し、手の触れていないものを動かして人を殺した。
名前を【パーツ】と命名されたそれはいずれ核すらも越える人間兵器となり戦争の兵器として国はそれを管理下に置こうとしたがあまりの異端過ぎる能力の数々のせいで全ての回収は実質的に失敗。
暴動を恐れた国は最終手段としてパーツの存在自体を闇に葬った。
これ以上パーツが制作されないようにと制作者の命と共に。
国の情報操作と徹底して行われているパーツの回収作業の効果かパーツの存在を知っているものは年々減少傾向にある。
しかしそれでも隠しきれるものではなく、パーツを使用した犯罪は未だに無くなることはない。
そしてそれは芥田場も同様、いやそれ以上と言っても過言ではない。
世捨て人や犯罪者の多く集まる芥田場では現在、パーツの流通が一番の問題となっていた。
「ということで、今回の依頼は化物退治、この先の社に住み着いてる化物を殺すこと、サクくんだったかな、君にはそれに付き合って貰う、ソレは甘直に寄せられた依頼だけど他に懸賞金も賭けられてるから殺せば金が入る、私は依頼をこなせる、君はお金が手に入る、一石二鳥だね」
何でも屋甘直から歩いて暫く、途中からは山に入り獣道の藪を掻き分けながらやっとのことで晴れた場所に出るとそこには古ぼけた鳥居がひっそりとたたずんでいた。
歩いている間は特に何も説明は無かったが鳥居の前で立ち止まるとそこで直はやっとのことでサクに今回の予定を伝えた。
「……化物なんてどうやって倒すんだよ、オレは見ての通り非力だし、あんただって戦えるような面持ちしてないだろ、そっちの兄ちゃんが強いのか?」
遅すぎる忠告、だがこの頃には直の自由さに慣れてきていたサクは困ったように聞き返すだけだった。
サクは芥田場によくいる感じの不健康児体型、痩せすぎて骨が浮き化物の餌にすらならないであろうことは自分でも理解している。
そして直に関しては別に不健康児体型というわけではなく見目の年齢にしては痩せているほう程度の体型、だが華奢なその身体で化物と戦えるとは到底思えなかった。
それに比べて甘は筋肉質で体躯も良い、この中なら一番化物の戦うと言い出してもおかしくない人物だ。
「自分のネガティブポイントをしっかり理解してるのはその年にしては出来たほうだね、でも人を見かけで判断するのはまだ幼稚とも言える、よほどのことがない限りは荒事は私の担当だよ、甘はサポート」
だがその考えは本人によって否定させる。
「お前……戦えるのか?」
「お前じゃない、直虎さんだ」
「呼び方なんて何でも良いさ、どうせ今回限りの関係なんだから、さてと、先方がいらっしゃった、始めようか」
サクの動揺も、甘の訂正も気にも止めず、直は目の前に表れた"化物"を見て初めてその笑顔を顔から消した。
「は? おい、化物なんてどこにもいないぞ! っ……て、なんなんだよ急に!」
「剥き身であまり前に出すぎると焼かれるぞ」
目の前に表れた"化物"と表現された物にあからさまに動揺して前のめりになるサクの首根っこを掴むと甘が後ろへ引き戻す。
「焼かれるって……ていうか化物って……」
瞬間肌で感じたのは強い熱気。
じりじりと肌の表面を焼くような暑さは夏の太陽の下を素肌を晒して歩いている時に似ている。
もっともサクも甘もその感覚を味わったことなどないのだが。
「燃やさないと、早くっ……もっと、もっとだっ……そうしないと……俺が焼かれるっ……!」
化物はただブツブツと何かを呟きながら身体の至るところから灰色の煙を吐き出し、目の前の三人誰もその濁った瞳には写してすらいなかった。
「見ての通りアレが化物の正体だね、もうほとんど理性も残ってなさそうだ」
「化物って……ふざけんな! アイツは人間だろ!!」
憤り怒鳴るサクに向けられた直の視線を形容するなら冷笑の一言で表せる。
サクの言う通り化物と呼ばれたそれは確かに異常とはいえ人間の形をしていた。
だからこそ倫理的に言えばおかしいのは直のほう、それでも直がその表情を選んだのはサクが今見ているのは、憤っているのは、目の前の人間を化物と称したことにたいしてではないことを理解していたからだ。
そう、男の目が三人を写さないようにサクの瞳にもまた、男は写っていなかった。
写っていたのはその男の異常性に感じた誰かの面影だ。
「ふむ、化物の定義は人それぞれだとして、君にはあれが人間と写るのか」
顎に手を当て語る直、自身の中から沸き上がる発火欲に悶える男に向ける直の視線は変わらず温度を宿してはいない。
「……最近の連続放火事件の犯人だ、パーツを手に入れて慢心し、パーツの力に飲まれた人間の成れの果てだ」
「パーツの、力に……」
甘の説明を聞いてサクの喉が小さくヒュッと鳴った。
当たり前だ、サクはパーツを持ってこそいれどパーツの危険性など理解はしていない。
「ある時から国は必死にパーツの存在を隠そうとしたがその中の理由の一つにこうある、パーツは持っているだけで所有者の精神を蝕んでいく、そしていずれパーツに心を喰われれば残るのはパーツの強い意思だけだ、御しきれなかったパーツに精神を侵された結果がアレというわけだね」
パーツの回収ミス、そして国の隠蔽は結果としてさらなるマイナスを生み出した。
パーツを知らないものからしたらただのがらくたに見紛う見た目、サクのようなただの少年でも運さえ良ければ手に入れてしまうという現実。
そしてだからこそ気付かないパーツの危険性だ。
「そういえば君のお姉さんもパーツを持ってるんだったね"まだ"君のお姉さんは持ちそうかな?」
「っ……」
直はちらりと顔だけサクのほうへ向けると出会った時にも向けた笑顔をサクに向ける。
人当たりの良いただの笑顔、のはずだったそれも今ではただ、サクにとっては気色が悪かった。
何かそう、自分の気持ちすら全てを見透かされているようで。
「ちょっと意地悪な質問だったか、さてと、君は甘と一緒に下がっていなさい、ここからは大人の時間だ」
サクの態度に少しだけ困ったように眉を下げると直はすぐに化物と向き合う。
そして手で二人に下がるように促した。
「ま、待てよ! あ、あれと戦うってのか!? 女の子が一人で……って、引っ張るなよ!」
「直さんが下がれと言った、巻き込まれないように下がれ」
身体の至るところが溶け始め、周りの草原にも引火するように火が回り始める、明らかに人間を辞めようとしている化物を目の前に少女一人を残して食い下がる程にサクは薄情な人間ではなかった。
たとえ今しがた恐怖すら抱いた人間だったとしても。
だがそれとは逆に甘はいたって冷静に、今日何度目か、サクの襟首を掴んで後ろへ引っ張った。
「だからっ、そんな巻き込まれるような力使ってる奴になんでわざわざ一人で——」
「違う」
巻き込まれないように、その言葉で余計に反発するサクの言葉を甘が一言で止める。
「直さんが巻き込まれないように下がれと言ったのは、直さんの力に巻き込まれないようにということだ」
そしてそのまま視線だけ一度サクに向けて誤解を解くとそのまま視線はまた瞬き一つする頃には直に戻っていた。
「……は?」
「さてと、お相手様のパーツは型番1201【焔凪】か、随分と人の心のせいで汚染されて見る影もない、大丈夫だ、すぐに終わらせるよ」
サク一人だけが状況が飲み込めない中、場面は急展を向かえていた。
直の右目の眼前にふと何の前触れもなく巨大な派手に装飾されたレンズが表れ、直はその中に何かを見てふむふむと読み上げる。
「あれは、パーツか?……あの人には何が見えてるんだ?」
流石にパーツを所持しているだけあってサクにもそれがパーツの力であることは見れば分かった、だからこそのこの質問だった。
「直さんの右目にはパーツ型番28【慧眼】が埋め込まれてる、だから見れば相手がなんのパーツを持っているのか分かる」
「パーツが、埋め込まれてる……!?」
だが、だからこそその後の甘の返答に虚をつかれることになった。
パーツは普通であれば所持しているだけで力は発揮される、そしてさっきの今でパーツの汚染力を知ったばかりだ。
それが身体に埋め込まれているなんて言われて驚かない者はいないだろう。
世界的に見てもパーツを埋め込むなんて狂気の所業と言わざるおえない。
「さてと、【焔凪】、君を止めるのに一番向いてるのは多分この子だろうね、型番19【蛟】出番だよ起きなさい」
直は男を通してパーツに語りかけるときっちりと装着されていた左手の手袋を手から引き抜く。
「っ……あれは、なんなんだよ」
一瞬、キラリと大きく光を放ったそれにサクは目をしかめる。
曇天の空の下晒された直の手の甲にはキラキラと独りでに輝く蒼い宝石のようなものが埋め込まれていた。
それは、パーツというにはあまりにも綺麗で、宝石だと言われても見劣りしない物質だった。
「直さんはパーツを産み出した天才のたった一人の弟子だ、身体には18のパーツが埋め込まれてる、そして……人間の心に汚染されたパーツを全て壊すことを目的としている」
甘は直の後ろ姿から目を反らすことをせずに端的にサクに説明してみせる。
その全てがさも、当たり前のことのように。
「人間の心に、汚染された……パーツ、いやそれよりも、なんだよ身体に18個のパーツって! 持ってるだけでああなるようなもんなんだろ、そんなもん身体に取り込んでなんで普通にしてるんだ……!」
「質問が多い、1、元々パーツは争うためのものじゃない、より世界を良くする為に制作され人間の負の心のせいで力を暴走させた、1、直さんのパーツも汚染されているものもあるがその程度で直さんの心は負けはしない、それだけのことをしてでも成したいことがあるからだ」
混乱して自身の身体を揺するサクを怪訝そうに引き剥がしながらも甘は全てを説明してくれた。
甘自身口下手ではある、直以外の他人にも興味はそれといってない、それでも聞かれたことに答えるくらいの最低限のことはする。
多分それは、昔の自分を自ずと思い出してしまうからだろう。
「っ……」
成したいことがある、その一言でサクの全ての疑問を押し止めるには充分だった。
「【蛟】、【焔凪】をあの人間ごと一度喰らってしまおうか、『清滝濁濁《せいりゅうだくだく》』」
蛟、直がそうパーツに語りかけた瞬間、蒼いパーツは弾けるように揺らめきながら大きな光を放ち出す。
そしてその光は一匹の大きな大蛇の形を形成するとその身体を水に変化させてうねりながら一口に男を飲み込もうと鎌首をもたげ口を開いた。
「がっ……ぐぅ!! ダメだ、死ねないっ……まだ、死ねないのにっ……!! 燃やさないと……!!」
それは、一瞬のことだった。
水で出来た大蛇に飲み込まれた男の手から淀んだ紅い石が弾け飛び、それを直が掴みとる。
その頃には、燃やすと言う言葉を男が言っているのか、石が放っているのか、境界は曖昧になりどちらともつかなくなっていた。
「もう充分君は役目を終えた、ゆっくり眠るんだ、型番2499【終焉】、砕くよ」
水の大蛇が男を飲みこんだのとほとんど同じタイミングで直は大きく口を開くとその中に石を放り込んでそのまま、噛み砕いた。
「っ…………」
瞬間、男の身体も大蛇の腹の中でぶくぶくとアブクになって消え去る。
「さてと、これで依頼は終了、さっそく報告に行くとしようか」
大きな力の放出で空を覆うスモッグが部分的に晴れ、そしてまばらに太陽の光がカーテンのように射し込む。
そんな中振り返った直は光を纏っていて、浮かべた笑顔もあってかどこか浮世離れした雰囲気を醸し出していた。
一人の天才がいた。
その天才は人生を捧げてとある道具を開発した。
その道具を授けられたあるものは乾いた砂漠に水を湧き出させ、あるものは火種の無いところに炎の柱を発現させて見せた。
そしてさらにあるものは人の思考を書き換え廃人を産み出し、手の触れていないものを動かして人を殺した。
名前を【パーツ】と命名されたそれはいずれ核すらも越える人間兵器となり戦争の兵器として国はそれを管理下に置こうとしたがあまりの異端過ぎる能力の数々のせいで全ての回収は実質的に失敗。
暴動を恐れた国は最終手段としてパーツの存在自体を闇に葬った。
これ以上パーツが制作されないようにと制作者の命と共に。
国の情報操作と徹底して行われているパーツの回収作業の効果かパーツの存在を知っているものは年々減少傾向にある。
しかしそれでも隠しきれるものではなく、パーツを使用した犯罪は未だに無くなることはない。
そしてそれは芥田場も同様、いやそれ以上と言っても過言ではない。
世捨て人や犯罪者の多く集まる芥田場では現在、パーツの流通が一番の問題となっていた。
「ということで、今回の依頼は化物退治、この先の社に住み着いてる化物を殺すこと、サクくんだったかな、君にはそれに付き合って貰う、ソレは甘直に寄せられた依頼だけど他に懸賞金も賭けられてるから殺せば金が入る、私は依頼をこなせる、君はお金が手に入る、一石二鳥だね」
何でも屋甘直から歩いて暫く、途中からは山に入り獣道の藪を掻き分けながらやっとのことで晴れた場所に出るとそこには古ぼけた鳥居がひっそりとたたずんでいた。
歩いている間は特に何も説明は無かったが鳥居の前で立ち止まるとそこで直はやっとのことでサクに今回の予定を伝えた。
「……化物なんてどうやって倒すんだよ、オレは見ての通り非力だし、あんただって戦えるような面持ちしてないだろ、そっちの兄ちゃんが強いのか?」
遅すぎる忠告、だがこの頃には直の自由さに慣れてきていたサクは困ったように聞き返すだけだった。
サクは芥田場によくいる感じの不健康児体型、痩せすぎて骨が浮き化物の餌にすらならないであろうことは自分でも理解している。
そして直に関しては別に不健康児体型というわけではなく見目の年齢にしては痩せているほう程度の体型、だが華奢なその身体で化物と戦えるとは到底思えなかった。
それに比べて甘は筋肉質で体躯も良い、この中なら一番化物の戦うと言い出してもおかしくない人物だ。
「自分のネガティブポイントをしっかり理解してるのはその年にしては出来たほうだね、でも人を見かけで判断するのはまだ幼稚とも言える、よほどのことがない限りは荒事は私の担当だよ、甘はサポート」
だがその考えは本人によって否定させる。
「お前……戦えるのか?」
「お前じゃない、直虎さんだ」
「呼び方なんて何でも良いさ、どうせ今回限りの関係なんだから、さてと、先方がいらっしゃった、始めようか」
サクの動揺も、甘の訂正も気にも止めず、直は目の前に表れた"化物"を見て初めてその笑顔を顔から消した。
「は? おい、化物なんてどこにもいないぞ! っ……て、なんなんだよ急に!」
「剥き身であまり前に出すぎると焼かれるぞ」
目の前に表れた"化物"と表現された物にあからさまに動揺して前のめりになるサクの首根っこを掴むと甘が後ろへ引き戻す。
「焼かれるって……ていうか化物って……」
瞬間肌で感じたのは強い熱気。
じりじりと肌の表面を焼くような暑さは夏の太陽の下を素肌を晒して歩いている時に似ている。
もっともサクも甘もその感覚を味わったことなどないのだが。
「燃やさないと、早くっ……もっと、もっとだっ……そうしないと……俺が焼かれるっ……!」
化物はただブツブツと何かを呟きながら身体の至るところから灰色の煙を吐き出し、目の前の三人誰もその濁った瞳には写してすらいなかった。
「見ての通りアレが化物の正体だね、もうほとんど理性も残ってなさそうだ」
「化物って……ふざけんな! アイツは人間だろ!!」
憤り怒鳴るサクに向けられた直の視線を形容するなら冷笑の一言で表せる。
サクの言う通り化物と呼ばれたそれは確かに異常とはいえ人間の形をしていた。
だからこそ倫理的に言えばおかしいのは直のほう、それでも直がその表情を選んだのはサクが今見ているのは、憤っているのは、目の前の人間を化物と称したことにたいしてではないことを理解していたからだ。
そう、男の目が三人を写さないようにサクの瞳にもまた、男は写っていなかった。
写っていたのはその男の異常性に感じた誰かの面影だ。
「ふむ、化物の定義は人それぞれだとして、君にはあれが人間と写るのか」
顎に手を当て語る直、自身の中から沸き上がる発火欲に悶える男に向ける直の視線は変わらず温度を宿してはいない。
「……最近の連続放火事件の犯人だ、パーツを手に入れて慢心し、パーツの力に飲まれた人間の成れの果てだ」
「パーツの、力に……」
甘の説明を聞いてサクの喉が小さくヒュッと鳴った。
当たり前だ、サクはパーツを持ってこそいれどパーツの危険性など理解はしていない。
「ある時から国は必死にパーツの存在を隠そうとしたがその中の理由の一つにこうある、パーツは持っているだけで所有者の精神を蝕んでいく、そしていずれパーツに心を喰われれば残るのはパーツの強い意思だけだ、御しきれなかったパーツに精神を侵された結果がアレというわけだね」
パーツの回収ミス、そして国の隠蔽は結果としてさらなるマイナスを生み出した。
パーツを知らないものからしたらただのがらくたに見紛う見た目、サクのようなただの少年でも運さえ良ければ手に入れてしまうという現実。
そしてだからこそ気付かないパーツの危険性だ。
「そういえば君のお姉さんもパーツを持ってるんだったね"まだ"君のお姉さんは持ちそうかな?」
「っ……」
直はちらりと顔だけサクのほうへ向けると出会った時にも向けた笑顔をサクに向ける。
人当たりの良いただの笑顔、のはずだったそれも今ではただ、サクにとっては気色が悪かった。
何かそう、自分の気持ちすら全てを見透かされているようで。
「ちょっと意地悪な質問だったか、さてと、君は甘と一緒に下がっていなさい、ここからは大人の時間だ」
サクの態度に少しだけ困ったように眉を下げると直はすぐに化物と向き合う。
そして手で二人に下がるように促した。
「ま、待てよ! あ、あれと戦うってのか!? 女の子が一人で……って、引っ張るなよ!」
「直さんが下がれと言った、巻き込まれないように下がれ」
身体の至るところが溶け始め、周りの草原にも引火するように火が回り始める、明らかに人間を辞めようとしている化物を目の前に少女一人を残して食い下がる程にサクは薄情な人間ではなかった。
たとえ今しがた恐怖すら抱いた人間だったとしても。
だがそれとは逆に甘はいたって冷静に、今日何度目か、サクの襟首を掴んで後ろへ引っ張った。
「だからっ、そんな巻き込まれるような力使ってる奴になんでわざわざ一人で——」
「違う」
巻き込まれないように、その言葉で余計に反発するサクの言葉を甘が一言で止める。
「直さんが巻き込まれないように下がれと言ったのは、直さんの力に巻き込まれないようにということだ」
そしてそのまま視線だけ一度サクに向けて誤解を解くとそのまま視線はまた瞬き一つする頃には直に戻っていた。
「……は?」
「さてと、お相手様のパーツは型番1201【焔凪】か、随分と人の心のせいで汚染されて見る影もない、大丈夫だ、すぐに終わらせるよ」
サク一人だけが状況が飲み込めない中、場面は急展を向かえていた。
直の右目の眼前にふと何の前触れもなく巨大な派手に装飾されたレンズが表れ、直はその中に何かを見てふむふむと読み上げる。
「あれは、パーツか?……あの人には何が見えてるんだ?」
流石にパーツを所持しているだけあってサクにもそれがパーツの力であることは見れば分かった、だからこそのこの質問だった。
「直さんの右目にはパーツ型番28【慧眼】が埋め込まれてる、だから見れば相手がなんのパーツを持っているのか分かる」
「パーツが、埋め込まれてる……!?」
だが、だからこそその後の甘の返答に虚をつかれることになった。
パーツは普通であれば所持しているだけで力は発揮される、そしてさっきの今でパーツの汚染力を知ったばかりだ。
それが身体に埋め込まれているなんて言われて驚かない者はいないだろう。
世界的に見てもパーツを埋め込むなんて狂気の所業と言わざるおえない。
「さてと、【焔凪】、君を止めるのに一番向いてるのは多分この子だろうね、型番19【蛟】出番だよ起きなさい」
直は男を通してパーツに語りかけるときっちりと装着されていた左手の手袋を手から引き抜く。
「っ……あれは、なんなんだよ」
一瞬、キラリと大きく光を放ったそれにサクは目をしかめる。
曇天の空の下晒された直の手の甲にはキラキラと独りでに輝く蒼い宝石のようなものが埋め込まれていた。
それは、パーツというにはあまりにも綺麗で、宝石だと言われても見劣りしない物質だった。
「直さんはパーツを産み出した天才のたった一人の弟子だ、身体には18のパーツが埋め込まれてる、そして……人間の心に汚染されたパーツを全て壊すことを目的としている」
甘は直の後ろ姿から目を反らすことをせずに端的にサクに説明してみせる。
その全てがさも、当たり前のことのように。
「人間の心に、汚染された……パーツ、いやそれよりも、なんだよ身体に18個のパーツって! 持ってるだけでああなるようなもんなんだろ、そんなもん身体に取り込んでなんで普通にしてるんだ……!」
「質問が多い、1、元々パーツは争うためのものじゃない、より世界を良くする為に制作され人間の負の心のせいで力を暴走させた、1、直さんのパーツも汚染されているものもあるがその程度で直さんの心は負けはしない、それだけのことをしてでも成したいことがあるからだ」
混乱して自身の身体を揺するサクを怪訝そうに引き剥がしながらも甘は全てを説明してくれた。
甘自身口下手ではある、直以外の他人にも興味はそれといってない、それでも聞かれたことに答えるくらいの最低限のことはする。
多分それは、昔の自分を自ずと思い出してしまうからだろう。
「っ……」
成したいことがある、その一言でサクの全ての疑問を押し止めるには充分だった。
「【蛟】、【焔凪】をあの人間ごと一度喰らってしまおうか、『清滝濁濁《せいりゅうだくだく》』」
蛟、直がそうパーツに語りかけた瞬間、蒼いパーツは弾けるように揺らめきながら大きな光を放ち出す。
そしてその光は一匹の大きな大蛇の形を形成するとその身体を水に変化させてうねりながら一口に男を飲み込もうと鎌首をもたげ口を開いた。
「がっ……ぐぅ!! ダメだ、死ねないっ……まだ、死ねないのにっ……!! 燃やさないと……!!」
それは、一瞬のことだった。
水で出来た大蛇に飲み込まれた男の手から淀んだ紅い石が弾け飛び、それを直が掴みとる。
その頃には、燃やすと言う言葉を男が言っているのか、石が放っているのか、境界は曖昧になりどちらともつかなくなっていた。
「もう充分君は役目を終えた、ゆっくり眠るんだ、型番2499【終焉】、砕くよ」
水の大蛇が男を飲みこんだのとほとんど同じタイミングで直は大きく口を開くとその中に石を放り込んでそのまま、噛み砕いた。
「っ…………」
瞬間、男の身体も大蛇の腹の中でぶくぶくとアブクになって消え去る。
「さてと、これで依頼は終了、さっそく報告に行くとしようか」
大きな力の放出で空を覆うスモッグが部分的に晴れ、そしてまばらに太陽の光がカーテンのように射し込む。
そんな中振り返った直は光を纏っていて、浮かべた笑顔もあってかどこか浮世離れした雰囲気を醸し出していた。

