いつでもキミが!



人はなぜ生きるのだろう?
なぜ心は存在するのだろう?
などと考えながら下校していた音祈《おとき》は、甲高い悲鳴を聞いた。
見ると、横の児童公園に猫がいた。
━━白い小鳥をくわえている。

「頼む、流《ながれ》さん、キミしかいないんだっ!」
 ほとんど初対面の先輩に頭を下げられる。デジタルビデオカメラを構えたメガネをかけた男子高校生━━名前は白瀬《しらせ》というそうだ。
「我が映研で、自主制作の映画を作る。そこで━━!」
 白瀬は人差し指を勢いよく立てる。
「主役はキミだっ!」

 流音析は書類の上では映画研究部員だ。だが、彼女は一度だけ映研に顔を出し、チャップリンのモノクロの映画を観ただけで、以降クラブに顔を出したことはない。
「なんで、私?」
 感情の乏しい声で、音析は芝の上に座ったままそう訊いた。中庭で昼食中だった。
「学察に我が部は製作した映画を上演する。ビデオテープも売る予定だ。コンクールにも出す。━━キミしかいないっ!」
 答えになっていない。音析は弁当箱を閉じ、立ち上がる。
 先輩からデジカメを取り上げる。
「悪趣味です。人が食事してるとこ撮るなんて」
「いや、これはあくまでキミのカメラ映りを試すためのテストであって」
「━━お断りします」
 そういいつつも、音析はデジカメが面白いのか、眺め回してなかなか白瀬に返そうとしない。
「な、とにかく流さん、一度部においでよ? 結構、楽しいよ」
「……基準ってなんですか?」
 音析は白瀬の目を見据える。
「楽しいと思える基準って、なんですか?」
 白瀬は驚いたような顔をしたが、笑い飛ばしたりはしなかった。
「それは、人によって違うし、同じ人物によっても、その時々で違うんじゃない? 同じ映画を観ても、面白いと思う人と、そうじゃない人がいたり、たとえば僕は前は時代劇なんか全く興味なかったけど、今は案外面白いかな、なんて思ってる。
 流さんは?どんな映画が好き?」

 翌日も、白瀬は音析に逢いに来た。
 一人で中庭でおにぎりを食べていた音析は、勝手に隣に座ってビデオを撮る白瀬に顔をしかめる。
「米嚢栗嚢《こめぶくろ あわぶくろ》って知ってる?」
「コメブクロアワブクロ?」
「じゃあさ━━、シンデレラは好き?」
 首を傾げ、音祈は言う。
「キライ」
 白瀬は微笑む。
「どうして?」
「……魔法使いに頼るようじゃ、王子様に頼るようじゃ、ダメだと思う。 
 自分の力で歩いていける人が好き。ガラスの靴なんていらない」
「でも、シンデレラは一生懸命がんばったから、ご褒美にガラスの靴やドレスをもらって、舞踏会に行けたんじゃない?
 辛くて辛くて迷走するばかりの人はさ、時々誰かの手を求めたりするものじゃない?」
「━━それが私だっていいたいんですか?」
「楽しいよ」
 白瀬は笑う。
「人がたくさんいるのは。誰か一人でもそこにいれば。世界は全く違う」

 コメブクロアワブクロ。家に帰ってインターネットで調べてみる。
 簡単にいうと、シンデレラの日本昔話版だ。
 コメブクロというのは姉で、亡くなった母の子。アワブクロというのは妹で、今の母の子。
 継母《ままはは》に虐められるコメブクロは、ある日、元は母であったという小鳥に「大人しくて今の母によく仕えている。そのご美」として小袖をもらい、それを着てお祭りに行く途々《みちみち》小鳥にもらった葵の笛を吹く。
 翌日隣村からコメブクロを嫁に欲しいという人がやってくる。継母は妹のほうをもらってくれといい、器量を比べ美しいほうに決めることになる。
 姉のほうがお嫁にもらわれ、嫁入りがしたいとせがむ妹を母親は荷車に乗せ、「嫁は入らぬか」と歩くうち、車が転げ、田に落ちて妹はタニシに、母は堰《せき》に落ちてセキガイになってしまう。
「……変なの」
 つまらなそうに呟くと、音析はパソコンの電源を切る。
 こんなのを演《や》りたがる映研部員たちの気がしれない。

「どう、コメブクロ演る気になった?」
 サンドウィッチを中庭で食べていた音析は、ウーロン茶を飲み干すと、白瀬からデジカメを奪い、それをいきなり横に放り投げる。
「ウルサイです、先輩。
 私が小鳥の力を借りないとなんにもできないかわいそうな女の子だっていいたいんですか?」
 音析には友だちがいない。いつもお昼を一人で食べている。だからなんだっていうのだ。
「いいや、違うよ」
 いじわるそうに、白瀬は笑う。
「かわいそうだとは思わない。だって、キミはコメブクロともシンデレラとも違うよね」
 デジカメを拾い上げて、白瀬は呟く。
「……彼女たちのほうが、ずっと立派だ」

 ガラスの靴なんていらない。
 葵の笛なんていらない。
 白瀬なんて、キライだ。
「━━キライだ、アンタ。もうつきまとうな!」
 珍しく教室で昼食を取っていた音析。そこにも白瀬はやってきた。
「どうして嫌うの? それは、何を守るため?
 どうして、怒るの? それは、なんのため?」
 ばかじゃない。
 人を嫌うのは自分を守るため、今の自分を守るため。
 なぜ怒るか━━そんなの、泣かないために決まってるじゃない。
 心を保つため。
「心を守って、自分を守って、キミってそれで幸せ?」
 音析の机に手をついて、白瀬は音析を睨む。
「それだけで、幸せ?」
 ━━自分の力で歩いていける人が好き。ガラスの靴なんていらない。
「キミは、ご美に小袖をもらってお祭りに行ける懸命なコメブクロでも、王子にも魔法使いにも頼らず自力で生きていけるキミの理想のシンデレラでもない。キミはただの」
「一人で何がいけない?
 所詮人は一人よ。時間を共有できても、心を重ねることはできない」
 音析はイスから立ち上がる。
「どうして認めない? どうして言わない?」
 机の間を歩いて行こうとする音析の腕を、白瀬は掴まえる。
「寂しいって━━誰かの手が欲しいって」
 コイツ、オカシイ━━……
 音析は白瀬の腕を振り解く。
「なんなんですか、アンタ!」
「……僕とキミは別の存在だから、僕はキミにはなれない。
 キミは自分で歩み寄るしかないんだ」
「……何いってるのか、よくわからないんですけど」
「別に映研じゃなくったってなんだっていい。ただ、キミは……キミはこのままじゃ、いつか……。いや、今だって、本当は、とても寂しくて、心が」
 心がどうかなりそうで。
「これは、もしかしたら僕のわがままかもしれないけど、キミの優しさを、笑顔を、このままじゃ誰も知らない━━それが、とても悔しいんだ」
 白瀬は淡く笑んだ。
「僕はガラスの靴もドレスも、葵の笛も小袖も━━何もあげられない」

 僕は何もあげられない。
 音析は映研の部室のドアの前を行ったり来たりする。
 白瀬にはわかるんだろうか。こんな、音析の気持ちが━━前に一度だけこの中に入ったのだって、とてもとても迷って迷って━━何度もやめようと思って━━そんな気持ち。
「ん? 何、君? うちの部に何か用??」
 後ろからやってきた背の高い男子生徒が優しく微笑む。
 ドアを開けて、音析を招き入れる。
 四十足らずの机が並び、部屋の隅にテレビがある━━普通の教室を、放課後だけそのまま部室にしている、そんな感じだ。
「流音祈」
 目つきの悪い背の低い男子生徒が席を立ち、ドアのそばの音析に近づいてくる。
「珍しいな、幽霊部員がご登場とは」
「部長! ただでさえ目つき悪いんだから、そんな怖い声出したら、彼女性えるって!」
 先ほどの背の高い生徒が慌てるが、音祈は自分の名を言い当てた部長が不思議で、瞬きする。
「チャップリンの映画をすごく嫌そうに見ていた一年だろう。
 俺はチャップリンの大ファンだからな、マジムカついたぞ、あの日は」「━━チャップリン大ッキライなの、私」
「なんだと⁉︎ あの芸術がわからんとは、今すぐ死滅すべきだな!」
「部長〜だからそういう毒舌なのはダメだってば〜……」
 険悪なムードの音析と部長。困り顔の男子。
 人はなぜ同じ作品・人物でもこうも受け取り方が違うのか。……そう考えて、白瀬の顔が頭に浮かぶ。
「白瀬って人はどこ?」
 部室には男子生徒六割、女子生徒四割くらいの割合で、総勢十数人の生徒が席についたり、立ち話したりしている。
 部長は変な顔をして、音祈を見た。
「白瀬? 知らなんな。誰だ?」
「この部の男子。二年のはずよ。校章がホワイトだった」
「いや、そんなヤツはいない。俺は部員の名はすべて記憶している。
 幽霊部員に至るまで」
 音析は疑わしげに部長を脱んだ。
「いや、マジだってば、なあ、嵯峨野《さがの》」
「確かにそんなヤツは知らないなぁ」
 男子たちは顔を見合わせそういう。
 音析が黙っていると、部長が話題を変える。
「それより、流。おまえ、コメブクロ演る気ないか?
 うちのバカ女子どもはなぜか誰も演りたがらん」
「そりゃ~そうっしょ部長~。
 シンデレラならともかく、コメブクロなんてかわいくない名前のヒロインなんて、女の子はフツー演りたがらないっしょ」
「黙れ嵯峨野。俺はいま日本昔話に大ハマリ中なのだ」
「うちは映研ですよ。日本史研でも古典研でも演劇部でもないんですよ。小袖とかどうやって用意するんすか~!」
「黙れ黙れ部長の俺にすべて任せろ! おまえもちょっとは素朴な日本人のハートを知れ。
 いいじいさんのまねをした悪いじいさんは酷い目に遭う。
 俺は俺だ、人のまねなんてせんでよい。なんて気持ちが軽くなるんだろう。
 ステキだ!日本昔話ッッ!」
「だったらなんでそういう話演らないんすか」
「━━じじいとはばあなんてヴィジュアル的にヤダ」
「差別発言です。しかし、あれですよ。ちょっとイタズラした狐を速攻殺しちまったりもするじゃないすか。結構残酷ですよ日本昔話」
「ウルセェッッッ‼︎!」
 盛り上がる二人を温度の低い目で見、音析はドアを開け、外に出る。
「あ、流! いつでも気が向いたら来いよ!」
 部長の声がした。

 白瀬なんて人はどこにもいない。
 職員室で二年の学年主任の先生にも訊いてみた。
 二年の教室の並ぶ廊下を歩いてもみた。
 狐か理に化かされた気分だ。
「……モンクいってやろうと思ったのに」
 一人でまた中庭で弁当を食べながら、音析は自然にデジカメをもった男子を捜してしまう。箸《はし》を置いて、俯く。
「……寂しくなんかない……」
 頬を何かが伝う。━━これは、ただの汗だ。
 
 誰か一人でもそこにいれば。世界は全く違う。
「おお、来てくれたか!  流! おまえは髪もストレートでボリュームもあるから、コメブクロにはピッタリだと思っていたんだッ‼︎」
「……別に。そういうつもりで来たんじゃない」
 主役が決まらなくて煮え切らない様子の部室に顔を出し、音祈は部員たちを見回す。
「シナリオは俺様がバッチリ書きあげた! 他のやろうよ~とかぬかすヤツもおるが、俺は断固拒否だ! たとえ孤立無援になろうと負けはせん!」
「でも部長、やっぱり制服のまま校内撮影する、日常群像みたいなののほうが楽ですよ」
「黙れ嵯峨野! やるからには全力投球だ‼︎」
 音析はまだ部員たちを眺めている。
「なんだ、流? 恥ずかしがらんでもいいぞ。
 うちは仲よき部だからな。
 ささ、そんな入り口に立っておらんで、席に座りたまえ」
「……いや、私はただ、白瀬ってひとがいないかと思っ……」
 無理やり席に座らせようとして、部長はふと真剣な顔になる。
「……嫌なら、無理にとは言わんが」
 気づくと、部員全員がこちらに注目している。
「コメブクロ━━やるか? やらないか?」

 とはいえ。高校の映研の自主制作映画なんてグレードが知れている。
「この笛を聴く者は
 天飛ぶ鳥は羽をよどめて聴け
 地を葡《は》う虫は足をよどめて聴け」
 セリフを言い切って、音析は嫌そうに部長を見る。
「どうして、葵の笛がリコーダーなのよ」
「細かいことは気にするな。要はハートだ、パッションだよッ!」
 デジタルビデオカメラを下ろして、嵯峨野が苦笑する。
 場所は学校のそばの丘にある公園。
 部長が用意した白い小袖を着た音析は、着物モドキ(主に浴衣)を着た女生徒たちを顧みる。
 コメブクロの仕事を手伝って、早くお祭りに行けるようにしてくれる友人たち━━という役柄だ。
 アワブクロとその母親役の女生徒もいる。祭り用のエキストラや、コメブクロの婿役の男子生徒はまだ出番がないので、今はここにはあまりいない。
「白い小鳥どうするんですか~、部長~」
 嵯峨野が半泣きに言うが、部長はこともなげに笑う。
「ぬいぐるみかその辺の白い鳩映して代用だ」
「そんな~」
「ペットショップに行けばいるかもしれんが、たかが映画なんぞのためだけに生き物を買うなんて俺にはできん」
「たかが~って部長~」
「ならどっかから鳥の映像か写真でも採集してこい!」
 ━━白い鳥。
「小鳥って、白なんですか?」
 言い合う部長たちに、音析は歩み寄る。
「なんだ、流。この段階まできてそんなこともしらんとは。
 シナリオ熟読し直せ」
「……いや、でも、シナリオには色指定なかったですよ」
「そだっけ? でもフツー知ってるだろ、それくらい」
「知らないって! っつーか、この話自体超マイナーでしょ」
「何を言うか流エエッッ‼︎」
 ショックを顔に張りつけ、部長は音析の頭にチョップを入れる。
「自分の無知をごまかそうとするとは、なんと浅ましいィィィッッ‼︎」「いや、普通知らないって。ねぇ、嵯峨野さん?」
 嵯峨野は苦笑して黙って見ている。
「ならば流! おまえは一体、どれだけ日本昔話を知っている!」
「え? んー。桃太郎とかかぐや姫とか、鶴の恩返しとか、笠地蔵とか。あと~……藁しべ長者?」
「━━それだけか?」
「え、えーと、白雪姫とか人魚姫とか……」
「それのどこが日本昔話だっつーのッッ‼︎」
 ダブルチョップを食らって、音析は顔をしかめる。
「だって、普通あんまり知らないですよ」
「だんぶり長者は? 狐の恩返しは? 瓜子姫は?」
「ナニソレ???」
「オーマイガー‼︎」
 大げさに頭を抱え、部長は他の部員たちが固まっているほうに走りだす。
「おい、オマエら! オマエらはどーだッ⁉︎」
「な、何がですか部長?」
「鶯姫《うぐいすひめ》は⁉︎ 炭焼小五郎は⁉︎ 聴耳頭巾は⁈」
「ブチョー、意味わかりませんッッ‼︎」
 怯える部員たちに、部長はナゾの暗号のような言葉を唱え続ける。
 声を立てて笑い、音析はそれを見ている。

 家に帰った音析は、夜、布団に入りながら、部長のせいで大《だい》昔話勉強会に早変わりしてしまった今日のことを思い出し、頬を緩める。
 でも、部長の話を聞いているうちに、いくつか音析にもわかる名前があった。とっさには浮かばなかったけど、浦島大郎とか花咲かじいさんとか一休さんとか金太郎とか有名だし。たにし長者もも知っていた。
 だけど、他の子は知っていてもわからないものもあったり、名前だけは知っているけど内容は知らない話もあった。
(結構奥が深いんだねぇ)
 グリム童話とかは何年か前にはやったりして、それにもやっぱり自分には知らない物話があったりした。
(世界は広いなぁ)
 だけど繋がっているのかもしれない。
 シンデレラとコメブクロアワブクロみたいに。違う国にいても、似たようなことを考えたり。もしかしたら、どっちかがどっちかから伝えられた話を元にして改造した━━なんて話もあるかもしれない。

 公園の小川で水を飲むまねをする。
 きょうは、撮影の最終日。土曜の休み。
 本当はここで母親であった白い鳥が飛んでくるのだが。
 見上げれば、青空━━!
「クランクアップ!」
 部長の叫び声に、音析は腕を高く伸ばして笑う。
「終わったぁ!」
 白い鳥は後でネットで手に入れてきた鳥の映像を編集して入れるらしい。
 この後みんなで一日学校に帰ってから、ファミレスで打ち上げをする。 
 それが嬉しくて音析はまた笑う。
 前だったら面倒くさいと思ったかもしれない。だけど今はなんだか楽しみなのだ。
 デジカメを一度下ろした嗟峨野は、秘かにそんな音析の笑顔を撮っていた。
「フッ、惚れたか、サガ」
「ウォ、部長、違います! ただ、いい表情してるなぁって━━」
 離れて見ていた女生徒たちが音祈に寄っていこうとするのを、しかし部長は止める。
「━━待て、」
 青き空を飛翔する、白い小鳥。
 鳥は空を旋回し、音析の元へ飛んでくる。
「嵯峨野、カメラ」
「わーってますって!部長」
 カメラを鳥と音析に向ける嵯峨野。
 音析は本当に嬉しそうに笑う。
 音析の差し出した手に、白い鳥は留まる。

「白瀬っ!」

 皆の見守る前で、鳥は姿を変える。メガネをかけた高校の制服の男の子━━。
 白瀬は音析の手を握り、地に足をつけ笑う。
「久しぶり、音析」
「やっぱり、そう……だったんだぁ」
 児童公園で猫がくわえていた白い小鳥。
 音析が「コラァ!」と駆け寄ると、猫は小鳥をその場に残して逃げ出した。
 小鳥は音祈の手の上でやがて意識を戻し、幸いなことに羽ばたき、空へ飛び立っていったのだ。
「それしか思いつかなかった……でも、本当にそうだったなんて……」
 こんな、普通なら信じられないようなことが、今はすんなり信じられるのはなぜだろう。
「白瀬、白瀬、私ね、私、今、すごく楽しいのっ! 
 白瀬のおかげだよっ! 嬉しい、白瀬にまた逢えて! 
 白瀬が、あのときの小鳥━━!」
「僕は、何もできない。何もあげられない。それは、音析が自分で踏み出したからだよ」
「でも、白瀬がいなかったら私、」
「それなら、音析が助けてくれなかったら、僕なんか今頃……」
 いつの間にか抱きしめ合っている二人を見て、部員たちはざわめいている。
「ど、どういうこと、鳥が、鳥が、男の子に⁉︎」
「しかも超カッコイイ!」
 雌峨野はデジカメを持つ手が震えそうになるのを、必死に堪《こら》えている。顔が真っ青だ。
「……失恋決定かな、サガ?」
「だ、だから、違うって、部長……」
 部長は吊り目を輝かせ、自分の顎に手をやる。
「シナリオに手を入れて、改題しないといかんな。コメブクロアワブクロというよりこれは━━『白い小鳥の恩返し』だな!
 隣村の男と結婚するより、白い鳥の少年と結ばれるほうがロマンティックだ。
 種族を越えた恋や、夢を貫き通すー!
 そんなポジティヴなテーマのストーリーも、日本昔話にはあったりするのだよ」
「でも、正体がバレるといなくなってしまう動物も多いですよね」
「黙れ、ボクネンジンッ‼︎」
 部長の肘鉄が嵯峨野の横っ腹に入る。

「白瀬、白瀬!」
 ピンク色の綿菓子を持った音析が走り寄ってくる。
 学園祭最終日。
 賑わう校庭にできた出店の間を腕を組みながら二人は歩く。
 実は二人は今現在一緒に住んでいたりする。
 家にいるときは、白瀬は鳥の姿に戻るのだ。
「もぉ、大人気なんだよ! 例の映画‼︎」
 小袖姿の少女と、なぜか我が校の制服 を着た少年が抱きしめ合うシーンなんか、夢見る乙女たちに大人気なのだ。
 今も乙女たちの視線が白瀬に集まっている。ときどき「カッコイー!」なんて声も聞こえてくる。
「でも、コンクールでは全然ウケなかったんだよね、チッ」
 映研の部室に向かいながら、音析は笑う。
「クラスの女の子ともね、一緒にごはんお食べられるようになったしね。あの映画見た男の子のクラスメートも声かけてくれたりしてね」
「ふーん……」
 なぜか白瀬の顔が不機嫌になる。
「あんまり男とは仲よくしなくても……」
「え?」
「……いや。これは僕のわがままだね。
 キミはきっと、これからたくさん友だちができるよ」
「なんかね、後夜祭にキャンプファイアーするのね、だからね、そんときね、」
「花火でもするの?」
「いや、違うって! 一緒に……ダンスして」
「う、うん……」
 白瀬の頬が赤く染まる。

「いぇーい、部長!」
「おお、白瀬くん!!」
 音析を無視し、部室から出てきた部長は白瀬の両手を掴む。
 部室では例の映画が上演中である。
「君にはぜひぜひ映研に入って欲しいぞ‼︎」
「はぁ。いや、でも僕、ここの生徒じゃないし。鳥だし」
「そこがいいんじゃないかァァァッッッ‼︎」
 熱烈に主張し、部長はいきなり白瀬を引きずって、音祈から遠ざけた廊下の隅に連れていく。
「ダンスの約束はしたのか?」
「あ、はい……」
「押せ」
「は?」
「女はムードに弱いからな。グッドチャンスだ。キスまで進め」
「な、何言ってるんですか!」
「「白い小鳥の恩返し』のおかげで、流の人気は急上昇。ライヴァル増量キャンペーンみたいなもんだ。ここでやっとかないと、後で苦労するぞ、白瀬くん」
「…………。そ、そうでしょうか?」
「日本昔話大ファンとしては、ぜひともっ! 君と流にはこのまま結婚してもらって、めでたしめでたしとなって欲しいのだ‼︎」
「そ、そんな、け、結婚なんて……」
「━━いや、これを逃してフラれて小鳥はどこかへ飛んでいってしまいました━━っていう、悲しい結末でも俺的にはいーんだけどね」
「…………」
「嵯岐野ってあぁ見えて、結構手ぇ早いんだよね。
 しっかり掴まえておかないと、横からかっさられて、あぁんなこととかこぉんなこととかする仲になっちゃうかもな」
 白瀬の顔が微妙に崩れる。
「な~に根も葉もないこといってるんすか~部長ッッ‼︎」
 フライングクロスチョップしてくる嵯峨野を、部長はあっさり避ける。
「おれは別に音祈ちゃんには興味ないって何度も言ってるっしょ!
 純な少年焚きつけて遊ばない。はい、撤収!」
 嵯峨野に連行されて、部長は部室に戻っていく。
 白瀬はドアのそばの廊下に立ったままだった音析のそばに歩み寄り、顔を赤くする。
「……え、えーと……」

 真っ黒な空を赤々と染めようする炎のそばで、白瀬は真っ赤になって、音析の手を取ろうとする。部長のせいで妙に意識してしまう。
「お、踊って? 音祈」
「うん、もちろん!」
 音析の手を掴み、ファイアーの周りで踊る男女の輪に入ろうとする。━━と⁉︎
「あ、あれ? 音析⁉︎」
 いつのまにか、音析が少し離れた所で男たちに囲まれている。
「音祈さん、ぜひ、俺と踊って!」
「いや、オレ‼︎」
「ボクと‼︎」
 白瀬のこめかみから汗が流れる。
「━━お、音析!」
 野郎どもを掻き分け、姫君を救出する。
「僕と踊ろう!」
 強引に音析の手を掴み、今度こそファイアーに近づこうとする。━━あれ⁉︎
「お、音祈??」
 見回すが、音析の姿が見えない。
「ど、ど、どこ⁉︎」
 鳥のせいか、暗いところではあまり目が見えない白瀬は本気で慌てる。
 しばらくして、ファイアーのそばで音祈が他の男と踊っているのを発見する。
「……‼︎」
 その男の眼が光って、こっちを見た。
 鳥肌が立って、白瀬は後ずさる。
「白瀬白瀬~! ごめんねぇ」
 無邪気に笑って、音析が走り寄ってくる。
「な、なんかいきなり、踊ってくれってすごい頼まれちゃって、断れなくて。
 ……白瀬? 怒ってる??」
 固まっている白瀬の腕を、音析が掴む。
 その後ろから、音析と踊って満足げな男がやってくる。
「やぁ、《《初めまして》》」
 猫系美少年が笑う。
 白瀬は死にそうな顔をしている。
「いや、違うね。《《二度目まして》》、かな?  鳥くん」
「━━ねっ、猫ッッッ‼︎」
 白瀬は震えだす。
「あ、あのときの、ね、ね、猫……‼︎」
 音析がせわしなく二人を見比べる。
「いやぁ、かわいいねぇ、彼女? オレ、気に入っちゃったなぁ?」
 猫顔少年は、音祈に近寄ると、いきなりその頬にキスした。
「*▷∀◎◇%£@♀⁉︎」
 声にならない叫びを上げる白瀬。

 それをデジカメを持って秘かに見ていた部長が、歓声を上げる。
「これはもしや『猫の復讐』⁉︎ 次の制作映画はコレだッッ!」