◇
「もうっ、……ほんとに、マジで、なんで合宿初日からこんなキツイの……」
「あははは! ほら、まだまだ夜はこれからだぞー。このあとは飯だ! ただし自炊だけど」
「えぇ〜!!」
体育館の床に寝転がった一年生たちが死にそうな顔で悲鳴を上げる。というのも、彼らが合宿に参加するのは今回が始めてだからだ。
うちの部では春と秋にそれぞれ一回ずつ合宿が行われる。春の合宿はインターハイに向けて、秋の合宿は夏の大会が終わって弛んだ気持ちを引き締めるために行われるものだ。
暑さや寒さが厳しい夏と冬は除外されるため、一年生は実質この秋からの参加となる。
うちの部では三日間の合宿のうち、昼ご飯しか仕出し弁当を取らない。つまり、夜は自炊だ。
なんでも自分の身の回りのことは自分でせよ、というのが男バスのモットーらしい。堅牢な精神と自制心を養うのが目的とかなんとか言っていたけれど、たくさん練習したあとに自炊するのは、一度それを経験している二年でも堪えるものだった。
「天津ー、そろそろ夕飯の準備だってー」
「んー」
「てか、よく立っていられるな……」
ほとんどの一年が床で伸びてる中、天津だけは最後まで立ってシュートを打ち続けている。それを見た二年も、ほどほどにしとけよーと声を掛けていた。
「……天津、そろそろキッチンに行こう」
「あと一本だけ」
そう言って最後に放ったボールが、綺麗にリングの中へと吸い込まれていく。
やっとバスケから意識が離れた天津は、俺を見るなりニコッと笑顔を見せた。
「よし、行きましょう! 確か今日はカレーでしたっけ?」
「うん」
「やったー! 今なら三杯は余裕で食えそう」
「わかる。ただこれから作らなきゃだけどな」
ちなみに、このシステムを取っているのは男バスだけだ。他の部員たちはぞろぞろと食堂へ向かう中、俺たちはキッチンへ向かった。
「さ、全員野菜の皮を剥け! 俺は味見に徹する!」
「馬鹿野郎。お前もやるんだよ」
早速、峪副部長が西田部長に怒られるというコントを見せられて、和やかな雰囲気の中、夕飯作りが始まる。
当たり前のように隣に天津がやってきたけれど、包丁を握る手が怪しかった。
「あぁ、もう、危なっかしい……。食材を切るときは猫の手!」
「ねこ……」
「ちゃんと野菜を抑えないと……」
どうにも不安で見ていられない。俺は天津の背中側に回ると、包丁を持つ手に自分の手を添えた。
「握り方はこう。で、野菜をしっかり持って……って天津?」
気付けば天津の手が震えている。見上げたら、何故か顔を真っ赤に染めていた。
「あ、あの、近いっス……」
「うわぁ! ごめん、つい夢中になって……」
「いや、俺は嬉し……じゃないや、全然嫌じゃないですけど、ただ好きな人に抱き締められた状態だと集中できないっていうか……」
天津の口から好きな人という単語が出てきて、俺まで赤面してしまう。
俺は天津から手を離すと、逃げるように自分の持ち場へと向かった。
そのあとはみんなで協力しながらカレーを作ったけれど、結果的にカレー作りは大成功だった。
副部長みたいに「俺は味見係になる!」と言って、スキル的にもあまり戦力にならなかったヤツがいたけれど、それなりに料理ができる部員たちで美味しいカレーができた。
運動部の男子が集まれば鍋の中は一瞬で空になってしまって、残りは片付けだけだ。それぞれが食べた皿を洗うという流れになり、さほど時間もかからずに片付けが終わる。
そのあとは自由時間だったけれど、ほとんどが風呂に行く中、天津だけは体育館へ行こうとしていた。
「天津ー。練習はほどほどにな」
「そーそー。みんな天津についていけないから」
「わかってますって! ちょっとだけですから」
風呂へ向かう二年生たちに頭を撫でられた天津が、一瞬寂しそうな顔をする。
俺も風呂へ行く予定だったけれど、天津の隣に並んだ。
「先輩……?」
「一人じゃ寂しいだろ。だから、一緒にやろう」
「いいんスか……?」
「いいもなにも朝練だって一緒にやってんだから」
元々は今の朝練も天津が先に始めていたことだ。それをたまたま俺が朝早く登校したときに知って、混ざることになった。だから、いまさら練習量が少し増えるくらい問題ない。
俺は天津の背を叩くと、体育館まで走った。
「先輩、こういうときだけ速すぎ!」
「こういうときは余計だっての!」
天津と軽口を叩きながら体育館まで走り、二人で1 on 1をする。
体力的にはもう限界なのに、天津との練習は楽しい。いつまでも二人でボールを追いかけていたくなる。
天津もそう思ってくれているのか、なんだかんだ一時間以上練習してしまって、最後は二人で体育館の床に伸びた。
「そろそろ、風呂行くか……」
「ですね」
俺は風呂の準備をしたまま体育館に来たから、このまま風呂場へ直行できる。
天津は一度部屋に戻るとのことで、俺は天津と途中で別れて大浴場に向かった。
「てか、天津も風呂に来るよな……」
この合宿所には大浴場が一つしかない。ということは、かならず天津も来るわけで。
暫く待っていると、案の定天津が中に入ってきた。
だけど、天津は俺に声をかけることなくシャワーを浴びに行ってしまう。いくつかある浴槽のうち、俺から一番離れた浴槽に浸かっていた。
もしかして、俺に気付いてない……?
「天津」
いくつもの浴槽を移動して、ぼんやりと視線を落としたまま水面を見つめる天津に声を掛ける。すると、天津は大袈裟に肩を跳ね上げて、「わー!」っと叫びながら手で顔を覆った。
「なにその反応」
「いや、アンタがだよ!!」
「は……?」
「も〜、わざと気付かないフリしてたのに! 見れるわけないだろ、先輩の裸」
じわじわと耳たぶを赤く染めた天津が、指の隙間から俺を睨む。目が合った瞬間、ぎゅっと目を閉じられた。
「俺、先輩のこと好きだって言いましたよね? あと、恋人として先輩としたいことも言いましたよね?」
ちくちくと攻撃するような声音で言われて、天津の言葉がフラッシュバックする。
確かに天津は言っていた。キスしたいとかなんとか。そのあともいろいろ続きそうだったことを思い出して、俺はぼんっと脳みそが爆発しそうになった。
「思い出しました?」
「お、思い出した……」
「なら、どうすればいいか、わかりますよね?」
「ご、ごめん。もう出るわ」
「そうしてください。俺が暴走する前に……」
お互いに真っ赤な顔をしたままじりじりと距離を取り、俺は急いで風呂から出る。
なるべく無心でいようと努力するも、天津の真っ赤な顔と揺れる水面でぼやける体を思い出してしまって汗が噴き出た。
「お、おかえり醒井……って、なんか汗だくじゃね?」
「ちょっとのぼせた……」
二年生たちで固められた六人部屋に戻れば、青井が俺の滝汗を見て、うわっ……とドン引きする。
俺はわいわいと盛り上がる部員たちを残して、雑念を振り払うように布団の中に潜り込んだ。
「もうっ、……ほんとに、マジで、なんで合宿初日からこんなキツイの……」
「あははは! ほら、まだまだ夜はこれからだぞー。このあとは飯だ! ただし自炊だけど」
「えぇ〜!!」
体育館の床に寝転がった一年生たちが死にそうな顔で悲鳴を上げる。というのも、彼らが合宿に参加するのは今回が始めてだからだ。
うちの部では春と秋にそれぞれ一回ずつ合宿が行われる。春の合宿はインターハイに向けて、秋の合宿は夏の大会が終わって弛んだ気持ちを引き締めるために行われるものだ。
暑さや寒さが厳しい夏と冬は除外されるため、一年生は実質この秋からの参加となる。
うちの部では三日間の合宿のうち、昼ご飯しか仕出し弁当を取らない。つまり、夜は自炊だ。
なんでも自分の身の回りのことは自分でせよ、というのが男バスのモットーらしい。堅牢な精神と自制心を養うのが目的とかなんとか言っていたけれど、たくさん練習したあとに自炊するのは、一度それを経験している二年でも堪えるものだった。
「天津ー、そろそろ夕飯の準備だってー」
「んー」
「てか、よく立っていられるな……」
ほとんどの一年が床で伸びてる中、天津だけは最後まで立ってシュートを打ち続けている。それを見た二年も、ほどほどにしとけよーと声を掛けていた。
「……天津、そろそろキッチンに行こう」
「あと一本だけ」
そう言って最後に放ったボールが、綺麗にリングの中へと吸い込まれていく。
やっとバスケから意識が離れた天津は、俺を見るなりニコッと笑顔を見せた。
「よし、行きましょう! 確か今日はカレーでしたっけ?」
「うん」
「やったー! 今なら三杯は余裕で食えそう」
「わかる。ただこれから作らなきゃだけどな」
ちなみに、このシステムを取っているのは男バスだけだ。他の部員たちはぞろぞろと食堂へ向かう中、俺たちはキッチンへ向かった。
「さ、全員野菜の皮を剥け! 俺は味見に徹する!」
「馬鹿野郎。お前もやるんだよ」
早速、峪副部長が西田部長に怒られるというコントを見せられて、和やかな雰囲気の中、夕飯作りが始まる。
当たり前のように隣に天津がやってきたけれど、包丁を握る手が怪しかった。
「あぁ、もう、危なっかしい……。食材を切るときは猫の手!」
「ねこ……」
「ちゃんと野菜を抑えないと……」
どうにも不安で見ていられない。俺は天津の背中側に回ると、包丁を持つ手に自分の手を添えた。
「握り方はこう。で、野菜をしっかり持って……って天津?」
気付けば天津の手が震えている。見上げたら、何故か顔を真っ赤に染めていた。
「あ、あの、近いっス……」
「うわぁ! ごめん、つい夢中になって……」
「いや、俺は嬉し……じゃないや、全然嫌じゃないですけど、ただ好きな人に抱き締められた状態だと集中できないっていうか……」
天津の口から好きな人という単語が出てきて、俺まで赤面してしまう。
俺は天津から手を離すと、逃げるように自分の持ち場へと向かった。
そのあとはみんなで協力しながらカレーを作ったけれど、結果的にカレー作りは大成功だった。
副部長みたいに「俺は味見係になる!」と言って、スキル的にもあまり戦力にならなかったヤツがいたけれど、それなりに料理ができる部員たちで美味しいカレーができた。
運動部の男子が集まれば鍋の中は一瞬で空になってしまって、残りは片付けだけだ。それぞれが食べた皿を洗うという流れになり、さほど時間もかからずに片付けが終わる。
そのあとは自由時間だったけれど、ほとんどが風呂に行く中、天津だけは体育館へ行こうとしていた。
「天津ー。練習はほどほどにな」
「そーそー。みんな天津についていけないから」
「わかってますって! ちょっとだけですから」
風呂へ向かう二年生たちに頭を撫でられた天津が、一瞬寂しそうな顔をする。
俺も風呂へ行く予定だったけれど、天津の隣に並んだ。
「先輩……?」
「一人じゃ寂しいだろ。だから、一緒にやろう」
「いいんスか……?」
「いいもなにも朝練だって一緒にやってんだから」
元々は今の朝練も天津が先に始めていたことだ。それをたまたま俺が朝早く登校したときに知って、混ざることになった。だから、いまさら練習量が少し増えるくらい問題ない。
俺は天津の背を叩くと、体育館まで走った。
「先輩、こういうときだけ速すぎ!」
「こういうときは余計だっての!」
天津と軽口を叩きながら体育館まで走り、二人で1 on 1をする。
体力的にはもう限界なのに、天津との練習は楽しい。いつまでも二人でボールを追いかけていたくなる。
天津もそう思ってくれているのか、なんだかんだ一時間以上練習してしまって、最後は二人で体育館の床に伸びた。
「そろそろ、風呂行くか……」
「ですね」
俺は風呂の準備をしたまま体育館に来たから、このまま風呂場へ直行できる。
天津は一度部屋に戻るとのことで、俺は天津と途中で別れて大浴場に向かった。
「てか、天津も風呂に来るよな……」
この合宿所には大浴場が一つしかない。ということは、かならず天津も来るわけで。
暫く待っていると、案の定天津が中に入ってきた。
だけど、天津は俺に声をかけることなくシャワーを浴びに行ってしまう。いくつかある浴槽のうち、俺から一番離れた浴槽に浸かっていた。
もしかして、俺に気付いてない……?
「天津」
いくつもの浴槽を移動して、ぼんやりと視線を落としたまま水面を見つめる天津に声を掛ける。すると、天津は大袈裟に肩を跳ね上げて、「わー!」っと叫びながら手で顔を覆った。
「なにその反応」
「いや、アンタがだよ!!」
「は……?」
「も〜、わざと気付かないフリしてたのに! 見れるわけないだろ、先輩の裸」
じわじわと耳たぶを赤く染めた天津が、指の隙間から俺を睨む。目が合った瞬間、ぎゅっと目を閉じられた。
「俺、先輩のこと好きだって言いましたよね? あと、恋人として先輩としたいことも言いましたよね?」
ちくちくと攻撃するような声音で言われて、天津の言葉がフラッシュバックする。
確かに天津は言っていた。キスしたいとかなんとか。そのあともいろいろ続きそうだったことを思い出して、俺はぼんっと脳みそが爆発しそうになった。
「思い出しました?」
「お、思い出した……」
「なら、どうすればいいか、わかりますよね?」
「ご、ごめん。もう出るわ」
「そうしてください。俺が暴走する前に……」
お互いに真っ赤な顔をしたままじりじりと距離を取り、俺は急いで風呂から出る。
なるべく無心でいようと努力するも、天津の真っ赤な顔と揺れる水面でぼやける体を思い出してしまって汗が噴き出た。
「お、おかえり醒井……って、なんか汗だくじゃね?」
「ちょっとのぼせた……」
二年生たちで固められた六人部屋に戻れば、青井が俺の滝汗を見て、うわっ……とドン引きする。
俺はわいわいと盛り上がる部員たちを残して、雑念を振り払うように布団の中に潜り込んだ。



