君との恋は放物線を描くように

 ◇

「せーんぱい! 今日こそは一緒に帰りまょ!」

 放課後、練習を終えて部室で着替えていると、スーッと天津が傍に寄ってきた。
 どうやら、昨日のことを相当根に持っているらしい。逃げるのはなしですからね、と釘を刺されたら頷くしかなかった。

「わかった。わかったから近いって」
「先輩、すぐ逃げちゃいそうなんだもん。首輪でもつけて、ずっとリード握っていたい」

 さらりと物騒なことを言われて顔が引き攣る。天津はすぐに冗談だと言って笑ったけれど、冗談には聞こえなかった。

「てか、自分のところ戻れよ」
「ヤダ。ここで着替える」

 天津と俺のロッカーは部室の中央にあるベンチを挟んで真反対だ。だというのに、天津がそのまま隣で着替え始める。
 勢いよくシャツを脱ぎ捨てた天津の、均整のとれた体を見て、途端にシャツを脱ぐのが恥ずかしくなった。
 俺も、もうちょっと筋トレして、腹筋とか腕力とかつけたいな……。

「先輩、手が止まってますよ。俺が手伝いましょーか?」
「いい! 自分で脱げるから!」

 さっき、俺に首輪をつけてリードを握りたいだなんて言っていたヤツに着替えを手伝われるなんてもってのほかだ。
 いそいそと着替えていると、制汗剤を使い切っていたことに気付いた。

「あっ」
「どうしたんですか?」
「制汗剤、終わってた……」
「あー、じゃあ、帰りに買って行きます? とりあえず今は俺のどうぞ」
「いいの?」
「もちろん。一回や二回、使われたところで大して減りませんし」

 それに。と、天津が意味深に言葉を切って、俺の耳元に唇を寄せる。内緒話をするときみたいに天津の声が低く鼓膜の奥で響いて、ぷるりと体が震えた。

「同じ匂いすんの、なんかよくないですか? 恋人同士、って感じで」
「な、なに言って……!」

 バッと天津のほうを見ながら耳元を押さえる。急に大きな声を出したからか、なんだなんだと部員たちが俺のほうを見た。

「ごめん、みんな。なんでもない」

 気にしないでと言えば、特に深くツッコむこともなくみんな着替えに戻っていく。
 俺は天津のことを睨みながら、手渡された制汗剤を受け取った。

「いっぱい使ってやる」
「どーぞ」

 ちょっとした嫌がらせのつもりだったけれど、天津には効果がなかったらしい。
 手早く着替えを済ませた俺たちは、部室を出ると、駐輪場に向かった。

「先輩って確か家近いんですよね?」
「うん。天津は電車だっけ」
「そうなんスよ〜。だから地味に朝が辛くて」
「全然、そんなふうには見えないけど。いつも朝早いじゃん」
「これでもバスケのために頑張ってるんですよ。あとは、早く来たらそれだけ先輩と一緒にいられるし」

 隙あらば口説こうとしてくる天津に、俺はじわじわと頬に熱を感じながら、自分の自転車を駐輪場から引っこ抜く。場所によっては自転車がなぎ倒されていることもあるので、今日も詰まってはいたけれどまだマシなほうだった。

「あのさ、天津」
「なんですか?」
「その、隙あらば俺のこと口説こうとすんのやめて。恥ずかしくなるから」
「それは無理です。だって、先輩の口からはイエスしか聞きたくないって言ったじゃないですか。だから、俺のこと好きになってもらわないと。絶対に好きにさせてみせます」

 背中に後光でも差してるのかってくらい光属性の笑顔を向けられて、じゅわっと溶けそうになる。
 そんな男が、さっきは仄かな嫉妬心らしきものを見せるのだから、ギャップでおかしくなりそうだった。
 いや、あれは独占欲? 支配欲?
 なんて思いながら自転車を押して歩いていると、天津がナチュラルに俺を歩道の内側へと誘導する。


 そうして駅まで向かっていくうちに、段々と帰宅途中の生徒や他校の制服を着た学生の姿が目立ってくる。
 女子たちに至っては天津を見た瞬間、ひらひらと手を振っていた。天津もひらひらと手を振り返しているから、きっと同じクラスの子とか知り合いとかそんなところだろう。
 彼女たちの目がキラキラしているのを見ると、絶対に俺が天津の隣を歩くべきじゃないよなぁ、と罪悪感に駆られた。

「あのさ、天津ってめちゃくちゃモテるよね」
「えー、それ先輩が言います? 先輩も密かにモテるタイプじゃないですか。それもみーんなガチ」
「いや、天津の方がすごいだろ」
「そんなことないですよ。みんな俺に大しての好意はライクみたいな感じですから。重さがない、みたいな。でも、先輩を好きになる人たちはみんなガチっていうか、湿度高めっていうか……」

 天津の足が止まる。気付けばドラッグストアの前だった。
 夜だから、店内の照明が歩道にまで煌々と漏れ出している。その光が天津の美しい輪郭を浮き上がらせるのと同時に、顔半分に濃い影を作った。

「俺も、先輩のことを好きだーって思ってる人たちと同じように重いタイプの人間なので」
「えっ……」
「むしろ、一番重いかもしんないです」

 次の瞬間には天津がいつも通りニコッと笑っている。
 天津は俺の手から自転車を奪うと、店の脇にある駐輪スペースに自転車を置いた。

「行きましょ、先輩」
「お、おう」

 天津に手を引かれ、軽快な入店メロディーと共にドラッグストアに入っていく。
 天津はもういつも通りの顔で隣を歩いていて、少しだけ安心した。

「ね、買うなら俺と同じやつにしましょうよ」
「そしたら匂いが被るだろ」

 制汗剤コーナーの前でしゃがみ込み、値段と匂いと効果を吟味しながらスプレーを手に取る。天津も同じようにしゃがみ込むと、トンと肩をぶつけてきた。

「いまみたいに?」
「……」
「先輩は俺と一緒なの、嫌?」
「その聞き方はズルい」

 そんなふうに可愛い後輩ムーブをされてしまうとついつい天津と同じスプレーを手に取りたくなってしまう。
 けれど最後の意地で、天津が使っているレモンの香りにするかシャボンの匂いにするかで迷っていたら、レモンの方を奪われた。

「絶対、こっち買って」
「わかった。わかったから俺を置いて行こうとするな」

 俺が取り替える隙を与えずにレジへ直行しようとする天津を追いかける。
 無事に支払いを終えた俺の手には、天津とまったく同じ香りの制汗剤があった。

「やった、先輩とお揃いだ」

 子どもみたいに喜ぶ天津がなんだか可愛いなぁ、と思ってしまう。いや、元から天津は可愛い後輩って感じで、お気に入りではあった。
 調子に乗ってるときも多いし、強引なところもあるけれど、誰よりもバスケに対しては真面目だ。自分の能力におごることもなく、毎朝誰よりも早く体育館に来て練習をしている。片付けも率先してやってくれるし、意見もハッキリと言うタイプだ。
 これで顔もよくて、性格もよくて、それなりに勉強もできるのだからモテないわけがないよなぁ、と天津のモテっぷりに納得してしまう。
 だからこそ、どうして俺が、という思いがつきまとってしまうのだ。

「なぁ、天津」

 再び自転車を押して、駅に向かって歩きながら天津を見上げる。
 するとバチッと目が合って、咄嗟に視線を逸らしてしまった。

「なんですか?」
「いや……なんでもない」

 心底嬉しそうな顔をしないでほしい。俺に対してマジなんだ、って意識してしまうから。
 自分のことを好きになってもらえたから、天津のことを好きになる……わけではないけれど、ここまで好き好きオーラを出されたら、おかしくなりそうだった。

「じゃ、俺、こっちなんで」
「あ、うん」

 どうやら最寄り駅まで着いたらしい。俺はこの駅の裏を少し行けば家だ。
 大きく手を振る天津に、ちょっとだけ人の視線が集まって恥ずかしいな……と思いながら手を振り返す。

 天津の姿が見えなくなってから、やっと自転車を漕ぎ出したけれど、風が吹くたびにふわっとレモンの香りが舞って、いつまでも隣に天津がいるような気がして落ち着かなかった。