君との恋は放物線を描くように

 翌朝。まったく眠れないまま朝練に向かった俺は、体育館倉庫の入り口でバレー部の後輩に声をかけられた。

「あっ、おはようございます。醒井先輩」
「おはよう。御原(みはら)さん、今日も早いね」

 御原さんは女子バレー部の一年生だ。朝練に力を入れているのか、最近はよく彼女と鉢合わせる。
 ショートヘアーでぱっちりとした目に俺よりも小柄な身長は、どことなく小動物を思わせた。

「普通、告白するなら、こういう子にするもんだろ……」

 そうぽつりと呟いたら、御原さんが何か言いましたか? と首を傾げた。

「ううん、なんでも。てか、最近よく頑張ってるよね、朝練」
「は、はい。その、好きな人も朝練頑張ってるので……」
「へぇ〜。健気〜。それってもしかして天津?」
「い、いや、そういうわけじゃ……!」

 わかりやすく顔を赤らめる御原さんに、天津も隅に置けないなぁ、と思う。
 天津ならもうすぐ来るんじゃないかな、と言えば、本当に違うんです、と困ったように彼女が俺を見上げた。

「本当に? まぁ、他にも格好いいヤツ多いけど、体育館の中では圧倒的に天津じゃない?」

 そんなことを言いながら体重をうまく使って、重たい鉄の引き戸を押し開く。
 朝の鍵開けは顧問がしてくれるけれど、扉を開いて風を入れ替えるのは最初に来た部員たちの仕事だ。鉄の扉は女子にはちょっとキツイようで、御原さんが何度も扉を引っ張っていた。

「そっちも俺が開けるよ」
「あ、ありがとうございます!」
「うん、どういたしまして」
「あの、醒井先輩、私……」

 御原さんが真っ赤な顔で俺を見上げる。大きな瞳が零れ落ちそうだな、と心配になっていたら、肩にズンとした重さを感じた。

「先輩、おはようございます」
「天津……」

 一応、俺、先輩なんだけど? と言葉が喉元まで出かかる。友だちと気安く肩を組むような感覚で、ぐいっと体を引き寄せられた。

「あ、御原さんもおはよ」
「う、うん。おはよう……」

 さっきまでのキラキラした表情はどこへやら、御原さんの笑顔が萎んでいく。
 そして、いつも【爽やか】【穏やか】【にこやか】の三拍子を揃えているはずの天津が、なぜか御原さんには鋭い視線を向けていた。

「えーっと、二人とも仲悪い……?」
「いえ、そんなことはないですよ。ただ醒井先輩は俺のものだから」
「は、はぁ!?」

 突然、爆弾を投下した天津に、俺は驚きを隠せない。素っ頓狂な声が出てしまったけれど、あいにく体育館には俺たち三人しかいなかった。

「御原さん、違うからね。てか、天津ならいくらでも差し出すから!」
「なに言ってんスか、先輩。俺は先輩のものですから」
「あーもう、話をややこしくすんな! 御原さんはお前のことが」
「あ、あの!」

 俺がすべてを言い終わる前に御原さんが声を上げる。彼女は真っ青な顔で、力なく笑った。

「私、そろそろ朝練始めますね」
「あ、うん……」

 パタパタと走っていく彼女に、俺は絶対に勘違いされた……と肩を落とす。
 今ここでひとつの恋を終わらせてしまったかもしれない事実に胸が痛んだ。

「天津、お前なぁ……」
「……先輩、ちょっときて」
「うわ、ちょっと……!」

 肩を組まれたままズンズンと歩いていく天津に、俺は成す術なくついていく。
 そのまま放り込まれたのは備品管理室だった。なんでこんなところに? と首を傾げている間に、天津がじりじりと迫ってくる。
 気付けば積み上がったマットの壁に背中をぺたりとくっつけていて、天津は怖い顔で俺に迫ると、頭上で大きな溜め息をついた。

「先輩、鈍すぎ」
「な、なにが?」
「御原が狙ってたの、明らかに先輩でしょ」
「いや、天津じゃないの……?」
「違うよ。先輩、本当に鈍感」

 もうどこにも下がれないというのに天津が向かってくるから、バッシュの先がコツンと触れ合ってしまう。
 大きな壁となって俺を見下ろす天津の表情には、どこか焦っているような、それでいて静かな怒りのようなものが滲んでいた。

「俺、先輩が心配」

 溜め息をついて、ぐりぐりと額を左肩に押し付けられる。天津の癖のない髪がさらさらと揺れて、くすぐったかった。

「先輩、俺がなんで告白したか、わかってないでしょ。本当は言うつもりなんて、これっぽっちもなかったのに」

 天津がゆっくりと顔を上げる。目線を合わせるためなのか、ちょっとだけ屈んだ天津に真正面から射抜かれて、息が詰まりそうだった。

「最近、外野の声が大きいんスよ」
「外野の声?」
「先輩の名前を呼ぶ女子が増えたってこと。練習試合のとき、名前呼ばれるでしょ?」
「あー……たまに? でも天津のほうが圧倒的に呼ばれてるだろ」
「わかってないなぁ。あれは周りが俺の名前を呼ぶから、他も適当に併せているだけだって。でも、先輩の名前を呼ぶヤツらはガチだから」
「ガチ、って……」
「それに、さっきの御原だって……」

 またしても左肩に額をめり込まれる。甘えているつもりなのか、天津はぐりぐりと額を押し付けてきた。

「昨日の告白、俺のもガチですからね」
「お、おう……」

 実を言うと、いまだにあの告白が信じられず、今日になったら天津から「冗談でした〜」って言われるのではないかと思っていた。
 だけど、天津は俺に本気らしい。そう思ったら、急に恥ずかしくなって、ドッ、と心臓がおかしな音を立てた。

「あ、いますぐ返事はしないでくださいね。俺、先輩の口からはイエスしか聞きたくないので」
「えぇ〜……」
「ただ、俺と付き合ってはもらいます」
「それ、順番おかしくない!?」
「勝負に勝ったんで。それに、何もしないで大事に大事にしまっておいた宝物を横から奪われるのは嫌だし」

 天津の理屈はよくわからないけれど、昨日勝負に負けてしまったのは俺だ。
 とりあえず、天津が飽きるまでは付き合ってやるのもいいかもしれない。
 それに、後輩に好かれるのは悪い気がしない。俺よりもデカくて、ちょっとだけワガママなところもあるけれど、いつも俺にくっついて「練習しましょー!」って誘ってくれる天津は可愛いのだ。
 なんというか、大型犬を手懐けたみたいな、そんな気持ちにさせられる。

「……わかった。天津が飽きるまでなら付き合ってやる」
「あ、本気にしてないでしょ。可愛い後輩が懐いてくれた〜みたいに思ってるんだったら、考えを改めてくださいね」

 天津がにっこりと爽やかな笑顔を浮かべる。
 あっと思った瞬間には天津の腕の中にいて、その五秒後に備品室の扉が誰かによって開けられるまで、天津の体温を体に刷り込まれたのだった。