◇
合宿二日目。今日も朝からランニングから始まり、ゲームメインの練習で一日が潰れた。
さすがにぶっ続けで試合に出るのは疲労が溜まりやすいのか、体が鉛のように重い。
なにより、昨日はあまり眠れなかった。天津のことばかり考えてしまって、目が冴えてしまったのだ。
「あー……ねむ……疲れた……お腹すいた……」
眠気と疲労と空腹が一気に押し寄せてきて、体育館の隅で寝転がる。
他の部員も夜更かしした影響なのか似たようなもので、床に伸びていた。さすがの天津も今日は伸びているらしい。
「ほらほら、今日は最終日の夜なんだから。これからお楽しみのバーベキューも花火もあるぞー」
そう言って、天津の次に体力があり余っている……というより、人を苛め抜くのが大好きなドS部長がパンパンと手を叩く。部長の声に被せて、「花火は女バスも女バレも一緒じゃー」と峪副部長が言ったことで、全員がむくりと起き上がった。
「よし、サクッとバーベキューやって花火しよ」
「むしろ花火からでもいい」
男たちの底なしの欲望に呆れつつ、一度着替えてバーベキューを楽しむことにする。
コーチや周りの大人たちの手を借りて火を起こし、肉を焼いていると、気付けば天津が俺からトングを奪っていた。
「ほら、先輩。食べて」
「ちょ、そんなに盛ったら食えないって!」
天津によって肉をどんどんと盛られ、すぐに皿がいっぱいになる。それを見ていた他の部員たちに、醒井だけズルいと言われてしまった。
「俺にも肉くれー」
「では、ピーマンをどうぞ」
そんなやり取りをして、周りを笑わせている。
なんだかんだ言ってサービス精神が旺盛なのか、トングで肉を焼き続ける天津の腕を横からつんつんと突いた。
「俺、変わるよ。天津ばっかり焼かせるの悪いし」
「本当に大丈夫ですって。あ、でも隣で食べさせてくれたら嬉しいな〜って」
軍手はめてるし、トングも持ってるし。と、天津が言う。
俺の皿にはすぐには食べ切れない量の肉が盛られている。冷めたら肉も固くなってしまうし……と、心の中で言い訳をして、そっと天津の口元に箸でつまんだ肉を差し出した。
「あ、あーん……」
「あーん」
パクッと肉を食べた天津がとろけるような笑みを浮かべる。
めっちゃおいしい、と喜ぶ天津についつい餌付けしてしまい、結局最後まで食べさせてしまった。
そうして用意していた肉も野菜も全部平らげ、むしろ足りないからと持ち寄ったお菓子を開けていたところで、他の部の生徒がぞろぞろと外に出てくる。その手には青いバケツが握られていた。
「男子たちー、海行くよー」
そんな女バスの掛け声で、みんなお菓子はそっちのけで浜辺へと向かっていく。
お菓子のゴミくらい片付けろよ、と空箱を集めていたら、スッと横から手が伸びてきた。
「花火、楽しみっスね」
「……うん」
なんだか昨日から俺の心臓がおかしい。いや、ずっと前からおかしかったけど。
だというのに、天津はいつも通りだから少しだけムカついた。なんだか、俺だけが意識しているみたいだ。
「いてっ、急にパンチしないでくださいよ」
「ぜんぶ天津が悪い」
「なんで!?」
残りのゴミを片付け、天津を置いて浜辺まで走っていく。
すぐに天津が俺のあとを追いかけてきたけれど、浜辺に着いた瞬間、あっという間に女子たちに捕まってしまった。そのせいで天津の周りだけ、女子率がおかしいことになっている。
「世の中って不公平だよな〜」
「あれは、いいんでしょうか。醒井クン」
「なんで俺に聞くんだよ……」
線香花火をパチパチと燃やしながら、青井が溜め息を吐く。
遅れてきたせいか派手な花火は既に他の人たちの手に渡ってしまったようで、ピンクやオレンジに光るカラフルな花火は、絶賛天津の近くで綺麗な火種を燃やしていた。
俺も仕方なく青井から線香花火を一本もらって、先端に火をつける。
「だって天津と醒井、ずーっと一緒じゃん」
「そうでもなくない?」
「いや、そうだろ。てか、天津が醒井に懐きすぎなんだよなぁ……」
ふと顔を上げた天津と目が合って、ニコッと笑いながら手を振ってくれる。そんな天津の笑顔に、たくさんの女子たちが釘付けになっていた。
「あ〜んなに選り取り見取りなのに浮いた話を聞かないし」
「それな〜。てかいいよな、あんなにモテて。自分のこと好きになってくれた子の中から自由に選べるじゃん」
「しかもその候補がたくさん。系統も豊富」
「めっちゃ人生イージーモードだろ」
そんなことを青井と佐々木が話している。
依然として、線香花火は手元でパチパチと弾けていた。
「てか、天津が好き♡って言えば、全員落ちるだろ」
「それよ。天津に好かれて応えないヤツいないだろ」
「……そんなことはないですけどね」
ふと、手元に影が落ちて顔を上げる。すると、ぞろぞろと女子たちを引き連れて新しい花火を取りに来た天津が立っていた。
「うわっ、嫌味か」
青井が苦い顔をする。
それもそのはずで、左右には女バレのアイドルと女バスの美人が天津にくっついている。女バスの子の方が積極的なのか、天津の腕にくっつきかねない勢いでつんつんとシャツの袖を引っ張っていた。
「ね、天津くん。あっちで線香花火しよ」
「私も……次にいいかな?」
まさに両手に花状態の天津を見て、俺は急激に体の熱が引いていく。
気付けば線香花火の火種が足元に落ちていて、天津も女子たちに引っ張られて波打ち際まで移動していた。
俺のことが好きって言うなら、女子のことなんか構わず、こっちに来てくれたらいいのに。
「……俺、もう戻るわ」
どうにも女子たちと一緒にいる天津を見ていられなくて、ひとり合宿所へと戻っていく。
案の定、合宿所の館内には誰もおらず、俺はむしゃくしゃした気持ちを昇華させるために体育館へ向かった。……のだけれど。
「あーもう、ぜんっぜん入んない」
苛立ちと焦りが募るほど、ボールがリングから離れていく。
こんなにもむしゃくしゃしてしまうのは、天津が女子たちの前でデレデレしているからだ。
……いや、違う。本当は自分が天津に釣り合わないとわかっているからだ。
天津が俺のことを好きだと言ってくれたことは嬉しい。だけど心のどこかでは、なんで俺なんかを? と天津の気持ちを疑う自分がいる。それと同時に自分みたいなヤツが天津の隣にいるのは相応しくない、選ばれていいはずがないと思ってしまうのだ。
天津はバスケが上手くて、性格も明るくて、絵に描いたようなイケメンで、勉強もできて、おまけに努力家で。そんな誰もが羨む星だというのに、一方の俺はバスケをするには小さな体だし、見た目もパッとしない平々凡々な男だ。
こんな俺より、さっきの子を選んだほうがよっぽどいいのに……。
「あ、こんなとこにいたんスか、先輩」
俺しかいない体育館に天津の声が響いた。
放ったボールがバックボードに弾かれたタイミングで、天津が体育館に入ってくる。
バスケすんなら一言声かけてくださいよ〜と笑う天津に、俺はシュートし損ねたボールを回収すると、キツめのパスを放った。
「先輩……?」
「女子たちのとこ、行かなくていいのかよ」
「あー……もう大丈夫ですよ。それに俺は先輩と一緒に居たいし」
迷いなく言い切ってしまう天津の強さに、いじけてた自分が恥ずかしくなる。
――あぁ、だから、もっと嫌になるんだ。
俺は新たなボールを持ってくると、無心でボールを放った。
「先輩、なんか怒ってます?」
「怒ってない」
「嘘。なんか機嫌悪い」
シュートモーション中の手元から強引にボールをカットされて、目の前に立たれる。
俺をじっと見つめる天津の力強い眼光に、何もかも見透かされそうな気がして、怖かった。
「ねぇ、教えて。なんかしたなら謝るから」
「別に……天津は何もしてないよ。ただ、俺じゃなくてさっきの女子たちの方がいいんじゃないのかなって」
「なんでそんなこと言うんですか」
「だって俺なんて、天津に好かれる要素がないし……」
あぁ、もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。
天津に好きって言われて嬉しい気持ち。
なのに、どうして俺なんかを、と疑ってしまう気持ち。
天津に何一つ応えられていないのに、天津が他の女子と絡んでいるのを見るのは嫌だなって気持ち。
もっと俺だけを見てほしいって思う欲張りな気持ち。
いろんな気持ちがぐるぐるして苦しい。こんな気持ち、天津には知られたくない。
自分の中に泥のような薄暗い感情があることに気付き、怖くなって俯いたら、天津の手が俺の背中に回った。そのまま壊れ物を扱うような丁寧さで抱き締められる。
天津は「なんだ、そんなこと」と言って、俺の耳に唇を寄せた。
「好かれる要素ならたくさんありますよ。先輩、俺が三年の人たちと揉めたとき、止めてくれたじゃないですか」
「あー……。確かそんなこと……あったっけ」
「俺が三年生を差し置いてコーチからゼッケン渡されて。それを面白くないヤツ等にいろいろ言われて」
「先輩に譲れよ、だっけ」
「そーそー。んで、朝練すんなとか言われて。お前の練習量に周りがついていけないから、って理由でさ。足並み揃えろよ、なんて言われてた俺に、先輩がガツンと言ってくれたんです。人より努力して何が悪いんだ、って」
確かにそんなことを言った。だって、天津の気持ちが痛いほどわかったからだ。
俺も身長が低かったから、人よりもたくさん努力した。
そもそも俺がバスケを始めたのは、病弱な体を少しでも強くするためだ。体を動かして体力をつけたほうがいいという親の判断で始めたのだ。
きっかけは自分からではなかったけれど、俺はすぐにバスケを好きになった。だけど、体が小さいという理由でよくチームの人たちに揶揄われた。
だから、俺は絶対にそいつ等を見返してやろうと努力した。
自分がそうだったから、天津みたいに努力してる人をズルいなんて思わなかったし、むしろ格好いいと思った。
だけど結局、三年生たちは天津を無視した。だから、俺だけは天津と一緒に努力しようと思ったのだ。
そうして天津がやっていた朝練に加わるようになり、いまではそれが日課になっている。参加する人も徐々に増えて、いまでは当たり前のルーティンになっていた。
「俺ね、嬉しかったです。みんな努力は格好悪いって言うし。なにより、誰もついてきてくれないし。でも……」
天津が腕の力をぎゅっと強める。苦しいぐらいなのに、これが天津からの愛の重さなのかもと思ったら不思議と心地よかった。
「先輩はいつも俺の隣に居てくれたから。だから、俺は先輩が好き」
「天津……」
「ね、先輩は? 俺のこと、いつか好きになってくれますか?」
何事にも自信たっぷりで生意気な天津が、こんなときだけ弱々しく尋ねてくる。
あぁ、ダメだ。
きっとこんなにも劣等感に苛まれるのは、天津と隣に立ちたいと思う自分がいるからだ。
ずっと俺のことを選んでいてほしいという気持ちがあるから。
だからどうか、釣り合っていてほしい。少なくとも、好きという気持ちだけは。
俺は吹っ切れたように、ふふっと腕の中で笑うと、天津の顔を見上げた。
「……俺たちもう、とっくに恋人同士じゃん」
「え」
「付き合ってるんじゃなかったの?」
「いや、そうですけど……えっ?」
天津が面白いくらい慌てて、勢いよく体を離される。真偽を確かめるためなのか、じっと見つめられて、その視線だけでどうにかなりそうだった。
「俺さ、たぶんさっき怒ってた」
「あ、やっぱり……?」
「うん。女子に囲まれてる天津のこと見てたらむしゃくしゃして。でもそれをどうにもできない自分にもむしゃくしゃして」
「それって、嫉妬してくれたってこと?」
「そう……なのかも?」
今まで誰かに嫉妬したことがなくて、自分でも確証が持てない。だけど、俺だけを見てほしいと思ったのは確かだった。
「マジか、嬉しすぎてどうにかなりそう」
「俺のほうが、どうにかなりそう……ですけど」
「なんで先輩が敬語」
「だって、こんなこと始めて……だし」
誰かに好かれることも、こんなふうに想いをぶつけ合うことも始めてだ。そして、こんなにドキドキするのも。
天津は、うーっと唸るとまた俺の体を抱き締めてきた。
「ダメだ、どうしよう。暴走しそう」
「それは困るかな……」
「あっ、てか先輩、俺にちゃんと言ってくださいよ。好きだって」
「えぇ〜、いまので伝わってない?」
「伝わってるけど、言葉もほしいですぅー」
大きな図体でぶうぶう文句を言う天津が可愛いらしい。だけど可愛いだけではなくて、時々とんでもない色気を見せてくるから困ったもので。
「ね、言って」
耳元に唇を寄せて囁く天津の声に、ぷるりと体が震える。待つのが焦れったいのか、俺の反応を楽しむように天津の手が背骨の凹凸を辿っていって、俺はハッと短く息を吐いた。
「……好きだよ、渉」
「俺も。鳴のこと、大好き」
二人きりの体育館に、二つ分の好きが響く。
天津は何度も好き、大好き、と呟くと、さっきよりも強く俺の体を抱き締めてくれた。
合宿二日目。今日も朝からランニングから始まり、ゲームメインの練習で一日が潰れた。
さすがにぶっ続けで試合に出るのは疲労が溜まりやすいのか、体が鉛のように重い。
なにより、昨日はあまり眠れなかった。天津のことばかり考えてしまって、目が冴えてしまったのだ。
「あー……ねむ……疲れた……お腹すいた……」
眠気と疲労と空腹が一気に押し寄せてきて、体育館の隅で寝転がる。
他の部員も夜更かしした影響なのか似たようなもので、床に伸びていた。さすがの天津も今日は伸びているらしい。
「ほらほら、今日は最終日の夜なんだから。これからお楽しみのバーベキューも花火もあるぞー」
そう言って、天津の次に体力があり余っている……というより、人を苛め抜くのが大好きなドS部長がパンパンと手を叩く。部長の声に被せて、「花火は女バスも女バレも一緒じゃー」と峪副部長が言ったことで、全員がむくりと起き上がった。
「よし、サクッとバーベキューやって花火しよ」
「むしろ花火からでもいい」
男たちの底なしの欲望に呆れつつ、一度着替えてバーベキューを楽しむことにする。
コーチや周りの大人たちの手を借りて火を起こし、肉を焼いていると、気付けば天津が俺からトングを奪っていた。
「ほら、先輩。食べて」
「ちょ、そんなに盛ったら食えないって!」
天津によって肉をどんどんと盛られ、すぐに皿がいっぱいになる。それを見ていた他の部員たちに、醒井だけズルいと言われてしまった。
「俺にも肉くれー」
「では、ピーマンをどうぞ」
そんなやり取りをして、周りを笑わせている。
なんだかんだ言ってサービス精神が旺盛なのか、トングで肉を焼き続ける天津の腕を横からつんつんと突いた。
「俺、変わるよ。天津ばっかり焼かせるの悪いし」
「本当に大丈夫ですって。あ、でも隣で食べさせてくれたら嬉しいな〜って」
軍手はめてるし、トングも持ってるし。と、天津が言う。
俺の皿にはすぐには食べ切れない量の肉が盛られている。冷めたら肉も固くなってしまうし……と、心の中で言い訳をして、そっと天津の口元に箸でつまんだ肉を差し出した。
「あ、あーん……」
「あーん」
パクッと肉を食べた天津がとろけるような笑みを浮かべる。
めっちゃおいしい、と喜ぶ天津についつい餌付けしてしまい、結局最後まで食べさせてしまった。
そうして用意していた肉も野菜も全部平らげ、むしろ足りないからと持ち寄ったお菓子を開けていたところで、他の部の生徒がぞろぞろと外に出てくる。その手には青いバケツが握られていた。
「男子たちー、海行くよー」
そんな女バスの掛け声で、みんなお菓子はそっちのけで浜辺へと向かっていく。
お菓子のゴミくらい片付けろよ、と空箱を集めていたら、スッと横から手が伸びてきた。
「花火、楽しみっスね」
「……うん」
なんだか昨日から俺の心臓がおかしい。いや、ずっと前からおかしかったけど。
だというのに、天津はいつも通りだから少しだけムカついた。なんだか、俺だけが意識しているみたいだ。
「いてっ、急にパンチしないでくださいよ」
「ぜんぶ天津が悪い」
「なんで!?」
残りのゴミを片付け、天津を置いて浜辺まで走っていく。
すぐに天津が俺のあとを追いかけてきたけれど、浜辺に着いた瞬間、あっという間に女子たちに捕まってしまった。そのせいで天津の周りだけ、女子率がおかしいことになっている。
「世の中って不公平だよな〜」
「あれは、いいんでしょうか。醒井クン」
「なんで俺に聞くんだよ……」
線香花火をパチパチと燃やしながら、青井が溜め息を吐く。
遅れてきたせいか派手な花火は既に他の人たちの手に渡ってしまったようで、ピンクやオレンジに光るカラフルな花火は、絶賛天津の近くで綺麗な火種を燃やしていた。
俺も仕方なく青井から線香花火を一本もらって、先端に火をつける。
「だって天津と醒井、ずーっと一緒じゃん」
「そうでもなくない?」
「いや、そうだろ。てか、天津が醒井に懐きすぎなんだよなぁ……」
ふと顔を上げた天津と目が合って、ニコッと笑いながら手を振ってくれる。そんな天津の笑顔に、たくさんの女子たちが釘付けになっていた。
「あ〜んなに選り取り見取りなのに浮いた話を聞かないし」
「それな〜。てかいいよな、あんなにモテて。自分のこと好きになってくれた子の中から自由に選べるじゃん」
「しかもその候補がたくさん。系統も豊富」
「めっちゃ人生イージーモードだろ」
そんなことを青井と佐々木が話している。
依然として、線香花火は手元でパチパチと弾けていた。
「てか、天津が好き♡って言えば、全員落ちるだろ」
「それよ。天津に好かれて応えないヤツいないだろ」
「……そんなことはないですけどね」
ふと、手元に影が落ちて顔を上げる。すると、ぞろぞろと女子たちを引き連れて新しい花火を取りに来た天津が立っていた。
「うわっ、嫌味か」
青井が苦い顔をする。
それもそのはずで、左右には女バレのアイドルと女バスの美人が天津にくっついている。女バスの子の方が積極的なのか、天津の腕にくっつきかねない勢いでつんつんとシャツの袖を引っ張っていた。
「ね、天津くん。あっちで線香花火しよ」
「私も……次にいいかな?」
まさに両手に花状態の天津を見て、俺は急激に体の熱が引いていく。
気付けば線香花火の火種が足元に落ちていて、天津も女子たちに引っ張られて波打ち際まで移動していた。
俺のことが好きって言うなら、女子のことなんか構わず、こっちに来てくれたらいいのに。
「……俺、もう戻るわ」
どうにも女子たちと一緒にいる天津を見ていられなくて、ひとり合宿所へと戻っていく。
案の定、合宿所の館内には誰もおらず、俺はむしゃくしゃした気持ちを昇華させるために体育館へ向かった。……のだけれど。
「あーもう、ぜんっぜん入んない」
苛立ちと焦りが募るほど、ボールがリングから離れていく。
こんなにもむしゃくしゃしてしまうのは、天津が女子たちの前でデレデレしているからだ。
……いや、違う。本当は自分が天津に釣り合わないとわかっているからだ。
天津が俺のことを好きだと言ってくれたことは嬉しい。だけど心のどこかでは、なんで俺なんかを? と天津の気持ちを疑う自分がいる。それと同時に自分みたいなヤツが天津の隣にいるのは相応しくない、選ばれていいはずがないと思ってしまうのだ。
天津はバスケが上手くて、性格も明るくて、絵に描いたようなイケメンで、勉強もできて、おまけに努力家で。そんな誰もが羨む星だというのに、一方の俺はバスケをするには小さな体だし、見た目もパッとしない平々凡々な男だ。
こんな俺より、さっきの子を選んだほうがよっぽどいいのに……。
「あ、こんなとこにいたんスか、先輩」
俺しかいない体育館に天津の声が響いた。
放ったボールがバックボードに弾かれたタイミングで、天津が体育館に入ってくる。
バスケすんなら一言声かけてくださいよ〜と笑う天津に、俺はシュートし損ねたボールを回収すると、キツめのパスを放った。
「先輩……?」
「女子たちのとこ、行かなくていいのかよ」
「あー……もう大丈夫ですよ。それに俺は先輩と一緒に居たいし」
迷いなく言い切ってしまう天津の強さに、いじけてた自分が恥ずかしくなる。
――あぁ、だから、もっと嫌になるんだ。
俺は新たなボールを持ってくると、無心でボールを放った。
「先輩、なんか怒ってます?」
「怒ってない」
「嘘。なんか機嫌悪い」
シュートモーション中の手元から強引にボールをカットされて、目の前に立たれる。
俺をじっと見つめる天津の力強い眼光に、何もかも見透かされそうな気がして、怖かった。
「ねぇ、教えて。なんかしたなら謝るから」
「別に……天津は何もしてないよ。ただ、俺じゃなくてさっきの女子たちの方がいいんじゃないのかなって」
「なんでそんなこと言うんですか」
「だって俺なんて、天津に好かれる要素がないし……」
あぁ、もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。
天津に好きって言われて嬉しい気持ち。
なのに、どうして俺なんかを、と疑ってしまう気持ち。
天津に何一つ応えられていないのに、天津が他の女子と絡んでいるのを見るのは嫌だなって気持ち。
もっと俺だけを見てほしいって思う欲張りな気持ち。
いろんな気持ちがぐるぐるして苦しい。こんな気持ち、天津には知られたくない。
自分の中に泥のような薄暗い感情があることに気付き、怖くなって俯いたら、天津の手が俺の背中に回った。そのまま壊れ物を扱うような丁寧さで抱き締められる。
天津は「なんだ、そんなこと」と言って、俺の耳に唇を寄せた。
「好かれる要素ならたくさんありますよ。先輩、俺が三年の人たちと揉めたとき、止めてくれたじゃないですか」
「あー……。確かそんなこと……あったっけ」
「俺が三年生を差し置いてコーチからゼッケン渡されて。それを面白くないヤツ等にいろいろ言われて」
「先輩に譲れよ、だっけ」
「そーそー。んで、朝練すんなとか言われて。お前の練習量に周りがついていけないから、って理由でさ。足並み揃えろよ、なんて言われてた俺に、先輩がガツンと言ってくれたんです。人より努力して何が悪いんだ、って」
確かにそんなことを言った。だって、天津の気持ちが痛いほどわかったからだ。
俺も身長が低かったから、人よりもたくさん努力した。
そもそも俺がバスケを始めたのは、病弱な体を少しでも強くするためだ。体を動かして体力をつけたほうがいいという親の判断で始めたのだ。
きっかけは自分からではなかったけれど、俺はすぐにバスケを好きになった。だけど、体が小さいという理由でよくチームの人たちに揶揄われた。
だから、俺は絶対にそいつ等を見返してやろうと努力した。
自分がそうだったから、天津みたいに努力してる人をズルいなんて思わなかったし、むしろ格好いいと思った。
だけど結局、三年生たちは天津を無視した。だから、俺だけは天津と一緒に努力しようと思ったのだ。
そうして天津がやっていた朝練に加わるようになり、いまではそれが日課になっている。参加する人も徐々に増えて、いまでは当たり前のルーティンになっていた。
「俺ね、嬉しかったです。みんな努力は格好悪いって言うし。なにより、誰もついてきてくれないし。でも……」
天津が腕の力をぎゅっと強める。苦しいぐらいなのに、これが天津からの愛の重さなのかもと思ったら不思議と心地よかった。
「先輩はいつも俺の隣に居てくれたから。だから、俺は先輩が好き」
「天津……」
「ね、先輩は? 俺のこと、いつか好きになってくれますか?」
何事にも自信たっぷりで生意気な天津が、こんなときだけ弱々しく尋ねてくる。
あぁ、ダメだ。
きっとこんなにも劣等感に苛まれるのは、天津と隣に立ちたいと思う自分がいるからだ。
ずっと俺のことを選んでいてほしいという気持ちがあるから。
だからどうか、釣り合っていてほしい。少なくとも、好きという気持ちだけは。
俺は吹っ切れたように、ふふっと腕の中で笑うと、天津の顔を見上げた。
「……俺たちもう、とっくに恋人同士じゃん」
「え」
「付き合ってるんじゃなかったの?」
「いや、そうですけど……えっ?」
天津が面白いくらい慌てて、勢いよく体を離される。真偽を確かめるためなのか、じっと見つめられて、その視線だけでどうにかなりそうだった。
「俺さ、たぶんさっき怒ってた」
「あ、やっぱり……?」
「うん。女子に囲まれてる天津のこと見てたらむしゃくしゃして。でもそれをどうにもできない自分にもむしゃくしゃして」
「それって、嫉妬してくれたってこと?」
「そう……なのかも?」
今まで誰かに嫉妬したことがなくて、自分でも確証が持てない。だけど、俺だけを見てほしいと思ったのは確かだった。
「マジか、嬉しすぎてどうにかなりそう」
「俺のほうが、どうにかなりそう……ですけど」
「なんで先輩が敬語」
「だって、こんなこと始めて……だし」
誰かに好かれることも、こんなふうに想いをぶつけ合うことも始めてだ。そして、こんなにドキドキするのも。
天津は、うーっと唸るとまた俺の体を抱き締めてきた。
「ダメだ、どうしよう。暴走しそう」
「それは困るかな……」
「あっ、てか先輩、俺にちゃんと言ってくださいよ。好きだって」
「えぇ〜、いまので伝わってない?」
「伝わってるけど、言葉もほしいですぅー」
大きな図体でぶうぶう文句を言う天津が可愛いらしい。だけど可愛いだけではなくて、時々とんでもない色気を見せてくるから困ったもので。
「ね、言って」
耳元に唇を寄せて囁く天津の声に、ぷるりと体が震える。待つのが焦れったいのか、俺の反応を楽しむように天津の手が背骨の凹凸を辿っていって、俺はハッと短く息を吐いた。
「……好きだよ、渉」
「俺も。鳴のこと、大好き」
二人きりの体育館に、二つ分の好きが響く。
天津は何度も好き、大好き、と呟くと、さっきよりも強く俺の体を抱き締めてくれた。



