「ねぇ、先輩。俺と先輩で順番にシュート打って、俺が最後までミスらなかったら、付き合ってくれませんか?」
部活終わりの静かな体育館に、後輩――天津渉の声が静かに響いた。
既に時刻は七時を回っていて、今日の片付け当番である俺――醒井鳴とひとつ下の後輩、天津しか体育館にはいない。
俺も天津も同じバスケ部だ。俺が二年生で、天津はぴちぴちの一年生。そして、よく一緒に朝練をしている仲でもある。
本格的な夏が始まる前に県大会が終わり、最後の最後で負けてしまった俺たちは、少し前に三年生を見送ったばかりだった。
そんな中、選手層の厚い隼風高校バスケ部では早くもレギュラー争いが勃発している。俺はぎりぎりレギュラーメンバーに入れるかもしれないという立ち位置だけど、一方の天津は早くもコーチから期待され、ゼッケンを渡されていた。
なんでも、中学の頃は負けなしだったらしい。
特に天津が打つスリーポイントシュートは絶対に外れない。惚れ惚れするほど綺麗な放物線を描いて、小さなリングにボールが勝手に吸い込まれていく。
いまも天津はボールを放つと、当たり前みたいな顔でシュートを決めていた。
「先輩、ダメですか?」
リングの下でバウンドするボールを回収し、爽やかな笑顔でそう尋ねる天津に、バスケも上手けりゃ、顔も格好いいなんてズルいだろ、と心の中で悪態をつく。
天津は汗ばんだ前髪をかきあげると、俺にボールをパスした。
「えっと、付き合うって、どこに?」
「ヤダな、先輩。どこかに行くってことじゃないですよ」
天津が甘ったるい笑顔を向けて、俺の前に立つ。
スッと通った鼻筋と涼やかな目元は、アイドルみたいな格好良さだ。性格も申し分なく、後輩たちが言うには勉強もそれなりにできるらしい。
バスケをするために鍛えられた体には無駄な肉が一切ついておらず、それでいて高身長ときたらモテないわけがなかった。
そんな男が目の前に立ち、目尻を甘ったるく緩めて俺を見下ろしている。
もしかして、付き合って、そういうこと……?
いやでも選び放題、選り取り見取りな中、俺を選ぶ理由がなくない……?
と思っていると、ボールを持っていた俺の手に天津の手が重なった。
「俺、先輩のことが好きなんですけど」
「は……?」
「だから、俺と順番にスリー決めて、最後まで落ちなかったら付き合ってほしいなぁ、って」
ダメですか? と、念押しのように手の甲をするりと撫でられて、パッとボールから手を離してしまう。
天津は「あはは、顔真っ赤!」と無邪気に笑うと、俺が落としてしまったボールを拾いに走った。
「とりあえず勝負しましょ。まずは先輩から」
「うわっ」
いきなりボールをパスされて、咄嗟に胸で受け止める。
天津はボールが入ったカゴの中から自分の分のボールを選ぶと、俺の真横に並んだ。
「ほら、早く打って!」
「あぁ、もう! 急かすな!」
天津の言葉が衝撃的すぎて、まったく集中できないけれど、勝負となったら受けないわけにはいかない。というより、急かされたこともあり、気付けばボールを放っていた。
「先輩、ナイス!」
「よかった……」
フォームもへったくれもないまま勢いでボールを放ったけれど、なんとかリングの中に収まってくれたらしい。ホッと胸をなで下ろす俺の横で、天津が難なくシュートを決める。
それから二回、三回、と互いにシュートを決めたけれど、四回目にして俺のボールが落ちた。
「あっ」
「やった。もーらいっ!」
ニカッと天津が笑って、隣でピースアサインをする。かと思ったら、シュートフォームに入るとスッと笑顔が消えるのだから、そのギャップに魅入ってしまった。
だけど、天津はなかなかボールを離さない。
「……俺、決めちゃいますけど、いいですか?」
「なんでそんなこと聞くの?」
「だってこのボールが入ったら、先輩、俺と付き合うことになりますけど。今ならまだ妨害ありですよ」
真剣な目でリングを見つめたまま言う天津に、俺はやっと事態の重さを理解する。
さすがに付き合うってのは冗談だよな?
でも本当にそうなったら、それはそれでどうすればいいんだ?
「やっぱり待って!」
「ヤダ、待たない」
天津がニヤリと笑って舌を出す。
とにかく俺は妨害しようと天津に飛びついた……けれど。
ボールは綺麗な孤を描いてリングに吸い込まれていった。それと同時に天津に覆いかぶさる形で一緒に床に倒れ込む。
体勢を崩していても綺麗なスリーが打てる男、というのが天津の異名だったことをいま思い出した。
「先輩ってば、いきなり大胆ですね」
「違う! これは、スリーを止めるためだから!」
「だとしても勝負は勝負なので、俺と付き合ってください♡」
天津がどさくさに紛れて、俺の体をぎゅうっと抱く。
さすがにこれはまずいのでは? と、天津の体を押したタイミングで体育館の扉が開いた。
「おーい、醒井、天津。体育館の使用時間過ぎてるぞー」
「はーい! すぐにボールを片付けます!」
何事もなかったかのように顧問に返事をして立ち上がる天津を見て、俺は安堵の息を吐く。
どうやら俺は、顧問の登場に救われたらしい。
顧問も一緒になってせっせとボールを片付けていると、体育館の入り口が騒がしくなった。
「こんばんはー」
「ちわーっす」
「お疲れ様です」
俺たちを見るなり元気な挨拶をして体育館に入ってきたのは、男子バレー部の部員たちだ。
男バレはインターハイまで進んだらしく、部活が終わる六時半から七時半までの間に休憩を挟み、このあとまた一時間ほど練習するらしい。
これからさらに練習なんて大変だなぁ、なんて憐れみつつ、ぞろぞろとやってきた顔見知りのバレー部員とハイタッチして体育館を出る。
一方の天津もバレー部に知り合いがいたみたいで、男子数人に捕まっていた。
「……よし、帰るなら今だよな」
天津には悪いけれど、部室の施錠はアイツに任せてしまえ、と練習着のまま荷物だけを持って部室を出る。だけど、逃さないとばかりに部室を出てすぐのところで天津に捕まった。
「せーんぱい。逃げるのはナシですよ。今日はお付き合い記念日になるんですから」
「……俺は了承してない」
「だとしても、勝負受けてくれたじゃないっスか」
「それは、そうだけど……」
じりじりとにじり寄ってくる天津に腕を掴まれたら逃げられない。
だって、向こうは一八◯センチで、こっちは一七◯センチだ。バスケをするにはあまりにも不利な身長差だと言ってもいい。天津に進路を塞がれたら、それだけでアウトだ。
だけど、これでも持ち前の俊敏さとコート全体を俯瞰する目で、試合を組み立てる司令塔として頑張ってきたのだ。
俺は、獲物を捕まえて安心しきっている天津の一瞬の隙をついて腕の拘束から逃れた。
「じゃあな、天津!」
「あ、先輩! ズルい!」
俺のことを追いかけようとする天津をなんとか振り切って、駐輪場へ駆け込む。
さすがの天津もここまでは追いかけてこないようで気配が消えた。
「はぁ……。マジでびびった……」
だって、あの天津が俺のことを好きだなんて。天地がひっくり返ってもありえない話だ。
天津は学年問わず女子からモテモテで、大会のときには女子の集団が応援にくるほどだ。一応、バスケ部全体の応援ということになっているけれど、そのほとんどが天津目当てであることはバスケ部において周知の事実である。
たまーに他のヤツの名前を呼んでいたり、ありがたいことに俺の名前を呼んでくれたりする子もいるけれど、あくまで天津のついでだ。
でなければ、俺の名前を呼んでくれるはずがない。
バスケ部だけれど身長に恵まれず、顔も至って普通の俺に好意を寄せてくれる女子なんていないのだから。
「てか、なんで俺なんだよ……」
たとえ男を選ぶのだとしても、もっと他にあるだろ、なんて思いながら自転車を漕ぐ。
夏の夜とはいえ、肌にぶつかる空気が暑い。
そういえば天津に触れられた指先も腕の中も熱かったなぁ……と思い出して頭を振った。途端に心臓がバクバクと五月蝿く鳴り始めて苦しくなる。
俺は爆ぜそうになる胸を手で押さえながら家まで一目散に自転車を漕いだ。
部活終わりの静かな体育館に、後輩――天津渉の声が静かに響いた。
既に時刻は七時を回っていて、今日の片付け当番である俺――醒井鳴とひとつ下の後輩、天津しか体育館にはいない。
俺も天津も同じバスケ部だ。俺が二年生で、天津はぴちぴちの一年生。そして、よく一緒に朝練をしている仲でもある。
本格的な夏が始まる前に県大会が終わり、最後の最後で負けてしまった俺たちは、少し前に三年生を見送ったばかりだった。
そんな中、選手層の厚い隼風高校バスケ部では早くもレギュラー争いが勃発している。俺はぎりぎりレギュラーメンバーに入れるかもしれないという立ち位置だけど、一方の天津は早くもコーチから期待され、ゼッケンを渡されていた。
なんでも、中学の頃は負けなしだったらしい。
特に天津が打つスリーポイントシュートは絶対に外れない。惚れ惚れするほど綺麗な放物線を描いて、小さなリングにボールが勝手に吸い込まれていく。
いまも天津はボールを放つと、当たり前みたいな顔でシュートを決めていた。
「先輩、ダメですか?」
リングの下でバウンドするボールを回収し、爽やかな笑顔でそう尋ねる天津に、バスケも上手けりゃ、顔も格好いいなんてズルいだろ、と心の中で悪態をつく。
天津は汗ばんだ前髪をかきあげると、俺にボールをパスした。
「えっと、付き合うって、どこに?」
「ヤダな、先輩。どこかに行くってことじゃないですよ」
天津が甘ったるい笑顔を向けて、俺の前に立つ。
スッと通った鼻筋と涼やかな目元は、アイドルみたいな格好良さだ。性格も申し分なく、後輩たちが言うには勉強もそれなりにできるらしい。
バスケをするために鍛えられた体には無駄な肉が一切ついておらず、それでいて高身長ときたらモテないわけがなかった。
そんな男が目の前に立ち、目尻を甘ったるく緩めて俺を見下ろしている。
もしかして、付き合って、そういうこと……?
いやでも選び放題、選り取り見取りな中、俺を選ぶ理由がなくない……?
と思っていると、ボールを持っていた俺の手に天津の手が重なった。
「俺、先輩のことが好きなんですけど」
「は……?」
「だから、俺と順番にスリー決めて、最後まで落ちなかったら付き合ってほしいなぁ、って」
ダメですか? と、念押しのように手の甲をするりと撫でられて、パッとボールから手を離してしまう。
天津は「あはは、顔真っ赤!」と無邪気に笑うと、俺が落としてしまったボールを拾いに走った。
「とりあえず勝負しましょ。まずは先輩から」
「うわっ」
いきなりボールをパスされて、咄嗟に胸で受け止める。
天津はボールが入ったカゴの中から自分の分のボールを選ぶと、俺の真横に並んだ。
「ほら、早く打って!」
「あぁ、もう! 急かすな!」
天津の言葉が衝撃的すぎて、まったく集中できないけれど、勝負となったら受けないわけにはいかない。というより、急かされたこともあり、気付けばボールを放っていた。
「先輩、ナイス!」
「よかった……」
フォームもへったくれもないまま勢いでボールを放ったけれど、なんとかリングの中に収まってくれたらしい。ホッと胸をなで下ろす俺の横で、天津が難なくシュートを決める。
それから二回、三回、と互いにシュートを決めたけれど、四回目にして俺のボールが落ちた。
「あっ」
「やった。もーらいっ!」
ニカッと天津が笑って、隣でピースアサインをする。かと思ったら、シュートフォームに入るとスッと笑顔が消えるのだから、そのギャップに魅入ってしまった。
だけど、天津はなかなかボールを離さない。
「……俺、決めちゃいますけど、いいですか?」
「なんでそんなこと聞くの?」
「だってこのボールが入ったら、先輩、俺と付き合うことになりますけど。今ならまだ妨害ありですよ」
真剣な目でリングを見つめたまま言う天津に、俺はやっと事態の重さを理解する。
さすがに付き合うってのは冗談だよな?
でも本当にそうなったら、それはそれでどうすればいいんだ?
「やっぱり待って!」
「ヤダ、待たない」
天津がニヤリと笑って舌を出す。
とにかく俺は妨害しようと天津に飛びついた……けれど。
ボールは綺麗な孤を描いてリングに吸い込まれていった。それと同時に天津に覆いかぶさる形で一緒に床に倒れ込む。
体勢を崩していても綺麗なスリーが打てる男、というのが天津の異名だったことをいま思い出した。
「先輩ってば、いきなり大胆ですね」
「違う! これは、スリーを止めるためだから!」
「だとしても勝負は勝負なので、俺と付き合ってください♡」
天津がどさくさに紛れて、俺の体をぎゅうっと抱く。
さすがにこれはまずいのでは? と、天津の体を押したタイミングで体育館の扉が開いた。
「おーい、醒井、天津。体育館の使用時間過ぎてるぞー」
「はーい! すぐにボールを片付けます!」
何事もなかったかのように顧問に返事をして立ち上がる天津を見て、俺は安堵の息を吐く。
どうやら俺は、顧問の登場に救われたらしい。
顧問も一緒になってせっせとボールを片付けていると、体育館の入り口が騒がしくなった。
「こんばんはー」
「ちわーっす」
「お疲れ様です」
俺たちを見るなり元気な挨拶をして体育館に入ってきたのは、男子バレー部の部員たちだ。
男バレはインターハイまで進んだらしく、部活が終わる六時半から七時半までの間に休憩を挟み、このあとまた一時間ほど練習するらしい。
これからさらに練習なんて大変だなぁ、なんて憐れみつつ、ぞろぞろとやってきた顔見知りのバレー部員とハイタッチして体育館を出る。
一方の天津もバレー部に知り合いがいたみたいで、男子数人に捕まっていた。
「……よし、帰るなら今だよな」
天津には悪いけれど、部室の施錠はアイツに任せてしまえ、と練習着のまま荷物だけを持って部室を出る。だけど、逃さないとばかりに部室を出てすぐのところで天津に捕まった。
「せーんぱい。逃げるのはナシですよ。今日はお付き合い記念日になるんですから」
「……俺は了承してない」
「だとしても、勝負受けてくれたじゃないっスか」
「それは、そうだけど……」
じりじりとにじり寄ってくる天津に腕を掴まれたら逃げられない。
だって、向こうは一八◯センチで、こっちは一七◯センチだ。バスケをするにはあまりにも不利な身長差だと言ってもいい。天津に進路を塞がれたら、それだけでアウトだ。
だけど、これでも持ち前の俊敏さとコート全体を俯瞰する目で、試合を組み立てる司令塔として頑張ってきたのだ。
俺は、獲物を捕まえて安心しきっている天津の一瞬の隙をついて腕の拘束から逃れた。
「じゃあな、天津!」
「あ、先輩! ズルい!」
俺のことを追いかけようとする天津をなんとか振り切って、駐輪場へ駆け込む。
さすがの天津もここまでは追いかけてこないようで気配が消えた。
「はぁ……。マジでびびった……」
だって、あの天津が俺のことを好きだなんて。天地がひっくり返ってもありえない話だ。
天津は学年問わず女子からモテモテで、大会のときには女子の集団が応援にくるほどだ。一応、バスケ部全体の応援ということになっているけれど、そのほとんどが天津目当てであることはバスケ部において周知の事実である。
たまーに他のヤツの名前を呼んでいたり、ありがたいことに俺の名前を呼んでくれたりする子もいるけれど、あくまで天津のついでだ。
でなければ、俺の名前を呼んでくれるはずがない。
バスケ部だけれど身長に恵まれず、顔も至って普通の俺に好意を寄せてくれる女子なんていないのだから。
「てか、なんで俺なんだよ……」
たとえ男を選ぶのだとしても、もっと他にあるだろ、なんて思いながら自転車を漕ぐ。
夏の夜とはいえ、肌にぶつかる空気が暑い。
そういえば天津に触れられた指先も腕の中も熱かったなぁ……と思い出して頭を振った。途端に心臓がバクバクと五月蝿く鳴り始めて苦しくなる。
俺は爆ぜそうになる胸を手で押さえながら家まで一目散に自転車を漕いだ。



