歌舞伎町青宵ポリ

 初めて三人で、歌舞伎町のクラブへ行くことになった。

 MIUが「行ったことない」と嬉しそうに声を弾ませたから、一度くらい経験させてやりたかったのだ。


 低く響くベース。

 紫と赤のネオンが、フロアを脈打つみたいに照らしている。


 MIUの華奢な身体は、黒いミニドレスへ包まれていた。

 汗で張り付いた黒髪が首筋へ絡み、薄い前髪が揺れるたび、その瞳が妖しく光る。


 レンが金髪を揺らしながら、彼女の腰へ腕を回す。

 ユウキは長身を背後へ重ねるみたいに立っていた。

 三人で飲んだカクテルが、甘く喉を滑り落ちていく。


「……MIU、顔赤いぞ」


 ユウキが耳元で囁く。

 熱い息が首筋を濡らし、MIUの身体がびくりと震えた。


 レンの指が、逃がさないみたいに腰を押さえる。


「……もっと飲めよ。今夜は、俺たちいるからさ」


 ユウキはドリンクを取りに、カウンターへ向かった。

 馴染みのバーテンダーと軽く言葉を交わしながら、ふとMIUの方を見る。


 なぜか、レンがいない。


 MIUだけが一人、どこか心細そうに立っていた。


 周囲を見回しても、レンの姿は見当たらない。


 そのときだった。

 知らない男がMIUへ話しかける。


 ユウキの視線が鋭く細まった。


「あ、ちょっとごめん」


 バーテンダーとの会話を切り上げ、駆け寄ろうとする。

 しかし、不意に腕を掴まれた。


 強引な感触に、足が止まる。

 レンだった。


 レンはユウキの瞳を覗き込み、「シーッ」と人差し指を唇へ立てる。


「見てろって……」


 ユウキは焦燥に駆られながら、MIUを目で追った。

 このままじゃ、また流される。


 危険な賭けだ。

 鋭く睨みつける。


 改めてMIUを見ると、男はまだ離れず、その距離は危ういほど近かった。

 笑顔で対応しているMIUを前に、ユウキは一歩を踏み出せずにいる。


 ──けれど。


 予想は外れた。

 MIUは男の手をはっきり払い除け、そのままこちらへ駆けてきたのだ。

 酔って少しふらつきながら、カウンターへ手をつく。


「ねぇ、見てたでしょ……」


 頬を膨らませる顔さえ愛らしい。


「うちのMIUちゃんは人気者だなーってさ」


 レンは笑っていた。

 けれど、目だけはまったく笑っていない。


 ユウキの胸には、説明できないざわめきが広がっていた。

 ドリンクを持ち、三人はフロアの暗がりへ移動する。


 自然と身体が密着した。

 音楽へ合わせて揺れるふりをしながら、レンの手が背中を滑り、ドレスの裾をわずかに持ち上げる。


「ごめんって」


 まだ拗ねているMIUの機嫌を取るみたいに、指先が太ももの内側をなぞった。

 吐息が漏れる。

 MIUはレンの首へ腕を絡ませた。

 レンは満足そうに笑い、そのまま唇を重ねる。


 暗がりの隅。


 顎を指で持ち上げられた瞬間、金髪が頬へ触れた。

 甘いカクテルの残り香と、MIUの蜜みたいな味が混ざり合う。

 湿った音が爆音へ紛れ、MIUの身体は震えながらレンへしがみついた。


 ユウキの胸には、さっき駆け出せなかった自分への苛立ちが渦巻いていた。

 まだ一歩踏み出しきれない。

 その事実が、やけに悔しかった。


 ユウキは長身の身体で、背後からMIUを抱きしめる。

 そのまま壁際へ押しつけるみたいに隠し、レンから奪うように唇を重ねた。


 メガネの冷たいフレームが肌へ触れる。

 長い指が首筋を撫で、執拗に口内を侵食していく。


 唾液が糸を引きながら唇が離れるたび、MIUの瞳はとろけ、

「……ユウキくん……」と掠れた声が漏れた。


 周囲の視線が、熱く刺さる。

 暗がりで絡み合う三人へ気づいた何人かが、じっとこちらを見ていた。

 男たちの視線がMIUの濡れた肌を舐め回し、女たちの視線が嫉妬と興奮で揺れている。


 視線が刺さるたび、MIUは少しだけ怖くなった。


 でも。

 二人へ触れられていると、その恐怖は遠のいていく。

 恥ずかしさが、疼くみたいな快楽へ変わっていた。


 レンの指が、ドレスの裾から滑り込む。

 太ももの内側をゆっくり這い上がり、蜜で濡れた場所を優しく押した。


「……レンくん……だめ……音、聞こえちゃう……」


 抗うような声。

 なのに身体は正直で、腰がレンの指を求めて押しつけられる。


「こんな爆音の中、聞こえるわけねぇだろ」


 レンの唇が耳へ触れる。


「見られてるほうが、興奮するだろ?」


 低い声と湿った吐息が、甘い痺れを全身へ広げていく。


 ネオンの逆光へ縁取られた三人のシルエットは、映画みたいに扇情的だった。


 その様子を、物陰から見つめる瞳がある。

 虹色の髪。

 スマホを構えようとして、その指が震えて止まった。


 ユウキの視線が、一瞬だけ鋭くその影を射抜く。


 虹色の髪の青年──カイは、咄嗟に目を逸らし、スマホを下ろした。

 心臓を押さえるみたいに、壁へ背中を預ける。


「……あ、カイじゃん。何してんの、こんなとこで」


 横から、ガラの悪い連れが声をかけた。

 遠慮のない拳が、カイの肩へ叩き込まれる。

 鈍い音。

 中性的な細い身体が大きくよろめいた。


「っ……もう、やめてよぉ」


 打たれた肩を押さえながら、カイはへらりと笑う。

 痛みも、屈辱も。

 全部、その笑顔の下へ塗り潰して。


 ユウキは、その様子を氷みたいな瞳で見据えていた。


 自尊心を削られながら笑う少年。

 それを消費する周囲の空気。


「……もういい。行くぞ」


 ユウキがレンを促し、MIUを庇うように引き寄せる。

 三人は、カイと、彼を取り巻く騒がしい日常を切り捨てるみたいに夜の闇へ消えていった。


 外の音も、視線も、全部遠ざかっていく。


 MIUは、二人へ挟まれているこの場所が、一番静かで安心できる気がしていた。


 ──それが、少しだけ怖かった。