歌舞伎町青宵ポリ

 ラブホテルの部屋には、柔らかな間接照明だけが灯っていた。

 二人の熱へ挟まれるみたいにして、気づけばMIUはこの部屋にいた。


 黒い革張りのソファへ、小さく身を寄せて座る。

 向かい側にはユウキとレン。

 まるで囲い込むみたいに、並んで腰を下ろしていた。


 ユウキは銀縁メガネの奥の瞳を、わずかに細める。


「……MIU」


 低く落ち着いた声。

 いつも通り感情を抑えたトーンなのに、今日はどこか熱を帯びていた。


 隣のレンが、金髪を軽くかき上げながら、にやりと笑う。


「俺たち、さっき二人で話したんだよ。MIUのこと、ユウキと俺で……愛しちゃおうかって」


 MIUの瞳が、かすかに揺れた。


 レンの声は軽い。

 でも、その奥にある熱だけは妙に重かった。


「つまりさ……俺とユウキ、二人ともMIUの彼氏だったら。MIUはどう思う?」


 一瞬、沈黙が落ちる。

 エアコンの低い稼働音だけが、静かに響いていた。


「MIUが嫌なら、俺たちはすぐ引く」


 ユウキが静かに言葉を重ねる。

 メガネへ指をかけ、ゆっくり押し上げた。


「でも……もしMIUが少しでも“いい”って思ってくれるなら。俺たちは本気で、お前のそばにいたいと思ってる」


 二人の視線が、優しく絡みつく。

 守るみたいに。

 それでいて、逃がさないみたいに。


「MIU。お前がどうしたいか……聞かせてくれ」


 部屋の空気は甘く重く、それでいて妙に張りつめていた。


 照明を浴びた黒髪が、MIUの表情を半分隠している。

 彼女は膝の上で、両手をぎゅっと握りしめていた。


「……私……」


 掠れた声。

 MIUは一度目を伏せ、深く息を吸ってから、ようやく言葉を押し出す。


「私に、何ができるの……? 二人を満足させるなんて、私にはできないよ」


 声が震えていた。

 自信なんて、どこにもない。


 レンが思わず身を乗り出しかける。

 けれど、ユウキが軽く手を上げ、それを制した。

 長身を少しだけ低くし、MIUの目線へ合わせる。


「私……いつも、流されてばっかりで……」


 消えてしまいそうな声。


「幸せにするって言われても……私、幸せな未来なんて想像できない。どうしたらいいか、わからないの……」


 最後は、ほとんど吐息だった。

 潤んだ瞳。

 それでも涙だけは零さない。

 唇を噛み、必死に耐えている。


 ユウキが、ゆっくり息を吐いた。


「……無理に答えなくていい」


 低く静かな声。


「わからないままでも、今はここにいればいい」


 その言葉は慰めというより、暗い水の中へ沈める体温みたいだった。

 レンも柔らかく笑う。


「そうそう。未来とか、今は考えなくていいんだって。俺たちも、別に完璧なこと言いたいわけじゃねーし」


 レンがそっと手を伸ばしかける。

 けれど、触れずに止めた。


「今日、ここに来てくれただけで嬉しいよ」


 部屋の空気が、静かに溶け始めていた。


 ──やっぱりユウキは適任だな。


 レンは心の中で呟く。

 隣のユウキを横目で見る。

 落ち着いた佇まい。

 相手が欲しがる言葉を、優しく選べる男。


 MIUはまだ膝の上で手を握りしめ、小さく震えている。


 “どうしたらいいかわからない”。


 それこそが、今の彼女の本音なんだろう。


 レンは、さっきユウキと交わした約束を思い出していた。


 ──俺はMIUの狂気を肯定して、壊す側に回る。

 お前はMIUの傷を癒して、包む側に回れ。


 二人でMIUを守ろうぜ。


 MIUを納得させる方法は、もうわかっていた。

 レンは口角を小さく上げ、ソファから腰を浮かせる。

 そのまま、MIUのすぐ隣へ距離を詰めた。


「MIU……」


 低く甘い声。

 こめかみへ、そっと唇を落とす。

 柔らかい熱が伝わった瞬間、MIUの身体がびくりと跳ねた。


「こういう楽しみ方もあるんだよ……怖がらなくていい。俺たちが、ちゃんと気持ちよくしてやるから」


 MIUの頬が、じわじわ桜色へ染まっていく。

 レンは細い腰へ腕を回し、優しく引き寄せた。


「……流されちゃうみたいで嫌?」


 耳元へ熱い息が落ちる。


「でもさ、MIUはいつも、こうやって流されてきたんだろ?」


 指先が、ゆっくり腰のくぼみを撫でる。


「だったら、俺たちに流されるのも……悪くないよな」


 甘く低い声。


「俺は、お前の壊れてるとこも可愛がるぜ?」


 MIUの呼吸が浅くなる。

 触れられた場所から熱が広がり、小さな身体が細かく震えていた。


 ユウキは、わずかに眉をひそめる。

 胸の奥へ焦燥が走った。


 けれど、レンは悪びれもせず、不敵に笑う。


「はじめてみてからでもいいよな? 反応見てるだけで……俺、止められそうにねぇよ」


 レンは首筋へゆっくり唇を押し当てた。

 ユウキが残した痕をなぞるみたいに、舌先で湿らせていく。


「ん……っ」


 小さな吐息が漏れる。

 潤んだ瞳。

 熱を帯びた頬。

 触れられるたび、身体が敏感に跳ねていく。

 どうしたらいいかわからないまま、MIUは流されるように身を委ね始めていた。


 その様子を、ユウキは真正面から見せつけられる。

 ソファの上で、長身がわずかに身じろいだ。

 胸の奥で、静かな焦燥が一気に燃え上がる。


 人生を俯瞰し続けてきた感覚。


「わたしのこと別に好きじゃないでしょ」


 昔、元恋人へ言われた言葉。


 あのときも、自分は何も止められなかった。

 ただ黙って見送ることしかできなかった。


 ──今まで、こんなに欲しいと思ったものはなかった。


 銀縁の奥の瞳が、暗い熱を帯びて揺れる。


「……MIU」


 抑えた声。


 けれど、伸ばした指先には冷静さを超えた執着が滲んでいた。

 ユウキは、MIUの手をそっと包み込む。

 MIUは無意識に、その手をぎゅっと握り返していた。


 乱れた黒髪。

 熱を帯び、前へ傾く華奢な身体。

 レンは満足そうに笑いながら、首筋をねっとり舐め上げた。


「ん……っ、あ……」


 甘い声が零れる。

 快楽と羞恥で、細い腰が震えていた。


 自然と、MIUの顔がユウキへ向く。

 真っ赤な頬。

 潤んだ瞳。


 その儚い表情が、ユウキの胸を強く刺した。

 もう我慢できなかった。

 ユウキは彼女の顔を引き寄せ、深く唇を重ねる。

 柔らかいのに、強い執着を含んだ口づけ。


 首筋へ落ちるレンの熱。


 ユウキの深いキス。


 MIUはもう、逃れられない熱へ飲み込まれていた。

 身体が溶けるみたいに痺れ、思考が白く塗り潰されていく。


 やがて唇が離れる。


 朦朧とした瞳が、ユウキを映していた。


 その瞬間。


 MIUの唇から、思いもよらない言葉が零れる。


「……気持ちよくなってるうちに、死にたいの……」


 一瞬で、空気が止まった。


 レンの動きが止まる。

 ユウキは握った手へ力を込めた。

 MIU自身も、自分の本音へ驚いたみたいに目を瞬かせている。


 ユウキの胸へ、痛いほどの切なさが広がった。

 自分を大切にしたことのない彼女が、この甘い瞬間にすら“死”を願ってしまう。

 その脆さが、守りたくて、壊したくて、全部飲み込んでしまいたくなるほど愛おしかった。


 レンも、首筋へ顔を寄せたまま低く息を吐く。

 それから、腰を抱く腕へ力を込め、耳元へ囁いた。


「いいぜ……死ぬまで溶かしてやるよ」


 甘い快楽と、脆い本音。


 それらが混ざり合った濃密な空気が、ラブホテルの部屋をどこまでも重く満たしていた。