歌舞伎町青宵ポリ

 MIUは、歌舞伎町のネオンが滲む裏路地のワンルームマンションの前へ立ち尽くしていた。


 レンに嘘をつきたくない。

 でも、ユウキの指の感触も、熱い唇の記憶も、頭から離れなかった。


 その夜。


 MIUは首筋と鎖骨へ赤い花を咲かせたまま、レンの部屋へ帰った。


 レンは、その姿を見た瞬間だけ動きを止めた。

 けれど何も言わず、静かに引き寄せる。

 そのまま膝の上へ座らせた。


 金髪が、MIUの頬をくすぐる。


「一人で悩んでんな? なにがあった?」


 MIUの瞳が揺れた。

 大きな黒い瞳へ涙が滲み、ぽたりとレンの肩へ落ちる。


「……ユウキくん……」


 レンの腕が、一瞬だけ固くなった。

 でも、すぐにMIUの髪を優しく撫でる。


「……あのBARのユウキか。あのメガネ野郎」


 ──アイツなら、やるか。


 レンの胸の奥がざわついていた。

 MIUは首を振る。


「違うの、無理矢理とかじゃなくて……私、寒くて……また、ダメなのに……」


 ぽろぽろと涙が溢れていく。


「ユウキくんとレンくんのケンカ、見たくないよ……

 でも、私がいたから、二人の仲まで……ごめんなさい」


 レンはMIUを抱きしめた。

 熱い体温。

 いつもみたいに優しくて、少し狂った匂い。


「……怒ってない。MIUが欲しいって思ったなら、それでいい」


 レンの声は静かだった。


「ユウキのこと、好きか?」


 問いかけながら、奥歯を噛み締める。

 MIUの鎖骨へ残る赤い痕が、ナイフみたいに視界へ刺さっていた。

 あの冷静なユウキが、どんな顔でMIUを貪ったのか。

 想像するだけで、胃の奥が真っ黒な嫉妬で煮え返りそうになる。


 MIUの涙は止まらない。

 それでも、小さく頷いた。


「でも、わかんない……自分で決められない。二人がいない世界は怖いよ」


 掠れた声が、レンの理性を辛うじて繋ぎ止める。


 ──そうだ。


 こいつは、一人じゃ立てない。


 そして、自分も。

 いつまでもこいつの隣へいられる保証なんてなかった。

 クローゼットの奥へ詰め込まれた「商品」。

 あれがいつか、自分をMIUから引き離す未来を、レンは嫌になるほど理解していた。


 ──俺だけじゃ、支えきれねぇ。


 ユウキを「共犯者」にする。

 MIUをこの街の闇へ沈めないための、分散投資だった。


 汚い計算だ。


 それでもレンは、MIUの涙を指先で拭った。


「……いいよ、それで。楽なほうでいけよ」


 耳元で囁いた声は、自分でも驚くほど低く震えていた。

 細い指先をなぞりながら、レンは心の中で呟く。


 ──一人じゃ、足りねぇんだよな。


 MIUが欲しがっているのは、愛なんて綺麗な言葉じゃない。

 脳の芯まで痺れさせ、泥みたいな過去を焼き尽くしてくれる圧倒的な熱量。


 なら、自分一人の体温で足りない分は、あいつにも払わせればいい。


 汚いやり方だった。

 最悪の愛し方だ。


 それでも。


 あの日、自分を泥沼へ突き落とした大人たちとは違うやり方で。


 地獄の底でも、俺はこいつを温め続けてやる。