ある日のシェアハウス。
レンがなにやらユウキへ、こそこそとスマホの画面を見せてニヤニヤしているのを、MIUは見つけた。
なんだか自分だけ仲間外れにされているみたいで、MIUはすぐ二人の元へ近づく。
「なに見てるの、ふたりで」
「おう、なんでもねぇよ」
レンにはぐらかされる。
けれど、そのスマホはユウキの手元にあった。
「えいっ」
MIUは勢いよくスマホを奪い、そのまま画面を覗き込む。
そして、みるみるうちに顔を赤くした。
「な、なにこれ……」
画面に映っていたのは、畳の部屋で真っ赤な麻縄に縛られた女性たちの写真だった。
あられもない姿。
けれど、不思議と下品というより、どこか作品みたいな空気がある。
「あーあ、見ちゃったな、MIU」
レンが軽やかにスマホを取り返す。
「二人でエッチなお店行こうとしてたの?」
MIUは頬を膨らませ、信じられないという顔でレンとユウキを睨んだ。
「違う違う。この店は風俗店じゃねぇよ」
「ここは、サブカルチャーを純粋に楽しむ体験スペースなんだ」
ユウキは声色一つ変えずに言う。
レンはMIUの隣へ回り込み、改めてスマホを見せた。
「ほら、写真は女の人ばっかだろ? 俺らが行ってどうすんだ」
確かに、レンの言う通りだった。
「MIUは緊縛、知らないのか?」
「え……MIUわかんないよ」
どぎまぎした様子のまま、それでも視線は画面へ釘付けだった。
レンが意味ありげに笑う。
「そうか。もったいないな」
「え?」
「せっかく歌舞伎町に住んでるのに、緊縛の体験もしたことないなんて」
「か、歌舞伎町と……関係ないじゃん」
「いや、それは違うぞ、MIU」
ユウキが静かに言葉を遮る。
「歌舞伎町は、そういう人たちを受け入れてきた場所なんだ」
「そういう人?」
「……そういうひとだ」
レンも続ける。
「要はサブカルだろ。エロだけじゃねぇってこと」
「そ、そんなこと言われても、MIU知らないもん」
ユウキは優しい声で言い、目線を合わせた。
「MIUだって、悪くないと思ったから、今も歌舞伎町にいるんだろ?」
「それは……ユウキくんのお店のお客さんも、みんな優しかったし……」
「そういうことだ」
MIUはまだ少し困った顔をしていた。
レンはわざと声を落として続ける。
「ああいうのもOKだから、俺たちもここに住めてるってこと」
「え?」
「女一人、男三人。……他でバレたらボコられるぜ」
「え、やだ。怖い」
「歌舞伎町だから、安心してドンキにも行けるんだ」
レンの演技っぽい口調に、ユウキが横で少し肩を震わせている。
MIUは、地元で道端に集まって延々と噂話をしていたおばさんたちを思い出していた。
『あの子、やぁね、恥ずかしい』
『あそこの家の子よ、あのいっつも怒鳴ってる……』
『やっぱり荒んじゃうのねぇ』
何も聞こえないふりをして、足早に通り過ぎた帰り道。
確かに歌舞伎町では、ナンパはあっても、知らない誰かに噂されたことはなかった。
MIUは勝手に話を脳内補完する。
「そうだったんだ……私ほんとに知らなかった」
「知らなくて普通、普通」
「レンは、MIUを連れていきたいみたいだぞ」
「おい、ユウキ」
レンが舌打ちする。
ユウキは、ふっと口元を緩めた。
「MIUも、そろそろ歌舞伎町に慣れてきただろ」
「う、うん」
「じゃあ、そろそろ挨拶に行かないとな」
「挨拶?」
「ああ。様々なカルチャーを受け入れてきた、先輩方にな」
レンは固まった。
(……最初から連れてく気だったのか、こいつ)
MIUはユウキのブレないプレゼンに、「そういうものなんだ」と普通に緊張していた。
レンはもう笑いを堪えきれず、トイレへ逃げ込んだ。
◇
四人の休みが合った日。
勝手に「歌舞伎町」という概念を背負わされた緊縛師へ、“挨拶”に行くことになった。
もちろん、本人たちはそんなつもりは毛頭ない。
けれどMIUだけは、まだ少し信じているみたいだった。
カイが「何で緊縛?」と聞いてきたが、
レンもユウキも「さぁ」と、意味深な顔をしておいた。
店の中は驚くほど清潔感があり、中央の畳が静かな存在感を放っている。
ユウキが受付を済ませた。
「本日はよろしくお願いします」
その横で、MIUも緊張した面持ちのまま頭を下げる。
「よろしくお願いします……」
ユウキのはそういう挨拶じゃねぇだろ、とレンは思ったが、面白かったので言わなかった。
◇
やがてショーの時間が始まる。
最初は、ベテランらしい女性が畳の中央へ座り、静かに縄を掛けられていった。
両手の自由が奪われ、赤い麻縄が体の曲線を強調していく。
やがて彼女の身体は、ゆっくりと宙へ浮かび上がった。
MIUは息を呑む。
もっと暴力的で、恐ろしいものだと思っていた。
けれど実際は、とても静かだった。
空気が止まったみたいに、誰も息をしていないみたいな時間。
「……綺麗」
思わず、小さく呟いていた。
◇
ショーが終わり、今度は体験の時間がやってくる。
「怖かったら無理しなくて大丈夫ですからね」
緊縛師の声は驚くほど穏やかだった。
四人の中から一人だけ体験できるらしく、皆に背中を押され、MIUが前へ出る。
縄が身体へ這う。
カイが興味津々で尋ねた。
「どんな気分?」
「えっと……まだ、わかんない」
MIUの目は少し伏せ目がちだった。
「これで完成です」
「お連れ様も前へどうぞ」
そう促され、レンとユウキとカイが畳の前へ並ぶ。
「ど、どうかな」
MIUは恐る恐る顔を上げ、三人を見た。
その瞬間、一気に身体が熱くなる。
あ、今、私。
三人がこんな顔をするくらい、恥ずかしい格好なんだ。
MIUは視線を泳がせた。
レンもカイも、畳の前で動けない。
すると、ユウキが一歩前へ出た。
その手が、MIUの太ももへ触れる。
MIUは反射的に身体へ力を入れた。
また、あの淫らな空気が始まってしまうのだと思った。
だが次の瞬間。
ユウキはMIUの脚を高く持ち上げ、そのまま空中へ腰を振り始めた。
MIUは目を丸くしたまま、揺らされるがままユウキを見る。
レンとカイも、一瞬何が起きたかわからなかった。
そして次の瞬間。
「っ、はははははっ!!」
レンとカイは店内へ響き渡るほど大笑いした。
レンは何かがツボに入りすぎたのか、その場へ膝から崩れ落ちる。
ユウキだけは相変わらず真顔だった。
「これが正式な男側の緊縛体験だろう」
その瞳には、一切の迷いがなかった。
MIUの人生初の緊縛体験には、真顔のユウキの奇行と、レンとカイの笑い声だけが残った。
◇
帰り道。
カイが突然「あっ!」と声を上げた。
「写真、一枚も撮ってない!」
本気で悔しがるカイの横で、レンはまだ思い出し笑いをしている。
MIUは縄の跡が残った手首を見つめ、少しだけ笑った。
帰り道にいたのは、いつもの「一人の女の子と、三人の男の子」じゃなかった。
思い切り変な体験をして、腹を抱えて笑い合った、四人のグループだった。
レンがなにやらユウキへ、こそこそとスマホの画面を見せてニヤニヤしているのを、MIUは見つけた。
なんだか自分だけ仲間外れにされているみたいで、MIUはすぐ二人の元へ近づく。
「なに見てるの、ふたりで」
「おう、なんでもねぇよ」
レンにはぐらかされる。
けれど、そのスマホはユウキの手元にあった。
「えいっ」
MIUは勢いよくスマホを奪い、そのまま画面を覗き込む。
そして、みるみるうちに顔を赤くした。
「な、なにこれ……」
画面に映っていたのは、畳の部屋で真っ赤な麻縄に縛られた女性たちの写真だった。
あられもない姿。
けれど、不思議と下品というより、どこか作品みたいな空気がある。
「あーあ、見ちゃったな、MIU」
レンが軽やかにスマホを取り返す。
「二人でエッチなお店行こうとしてたの?」
MIUは頬を膨らませ、信じられないという顔でレンとユウキを睨んだ。
「違う違う。この店は風俗店じゃねぇよ」
「ここは、サブカルチャーを純粋に楽しむ体験スペースなんだ」
ユウキは声色一つ変えずに言う。
レンはMIUの隣へ回り込み、改めてスマホを見せた。
「ほら、写真は女の人ばっかだろ? 俺らが行ってどうすんだ」
確かに、レンの言う通りだった。
「MIUは緊縛、知らないのか?」
「え……MIUわかんないよ」
どぎまぎした様子のまま、それでも視線は画面へ釘付けだった。
レンが意味ありげに笑う。
「そうか。もったいないな」
「え?」
「せっかく歌舞伎町に住んでるのに、緊縛の体験もしたことないなんて」
「か、歌舞伎町と……関係ないじゃん」
「いや、それは違うぞ、MIU」
ユウキが静かに言葉を遮る。
「歌舞伎町は、そういう人たちを受け入れてきた場所なんだ」
「そういう人?」
「……そういうひとだ」
レンも続ける。
「要はサブカルだろ。エロだけじゃねぇってこと」
「そ、そんなこと言われても、MIU知らないもん」
ユウキは優しい声で言い、目線を合わせた。
「MIUだって、悪くないと思ったから、今も歌舞伎町にいるんだろ?」
「それは……ユウキくんのお店のお客さんも、みんな優しかったし……」
「そういうことだ」
MIUはまだ少し困った顔をしていた。
レンはわざと声を落として続ける。
「ああいうのもOKだから、俺たちもここに住めてるってこと」
「え?」
「女一人、男三人。……他でバレたらボコられるぜ」
「え、やだ。怖い」
「歌舞伎町だから、安心してドンキにも行けるんだ」
レンの演技っぽい口調に、ユウキが横で少し肩を震わせている。
MIUは、地元で道端に集まって延々と噂話をしていたおばさんたちを思い出していた。
『あの子、やぁね、恥ずかしい』
『あそこの家の子よ、あのいっつも怒鳴ってる……』
『やっぱり荒んじゃうのねぇ』
何も聞こえないふりをして、足早に通り過ぎた帰り道。
確かに歌舞伎町では、ナンパはあっても、知らない誰かに噂されたことはなかった。
MIUは勝手に話を脳内補完する。
「そうだったんだ……私ほんとに知らなかった」
「知らなくて普通、普通」
「レンは、MIUを連れていきたいみたいだぞ」
「おい、ユウキ」
レンが舌打ちする。
ユウキは、ふっと口元を緩めた。
「MIUも、そろそろ歌舞伎町に慣れてきただろ」
「う、うん」
「じゃあ、そろそろ挨拶に行かないとな」
「挨拶?」
「ああ。様々なカルチャーを受け入れてきた、先輩方にな」
レンは固まった。
(……最初から連れてく気だったのか、こいつ)
MIUはユウキのブレないプレゼンに、「そういうものなんだ」と普通に緊張していた。
レンはもう笑いを堪えきれず、トイレへ逃げ込んだ。
◇
四人の休みが合った日。
勝手に「歌舞伎町」という概念を背負わされた緊縛師へ、“挨拶”に行くことになった。
もちろん、本人たちはそんなつもりは毛頭ない。
けれどMIUだけは、まだ少し信じているみたいだった。
カイが「何で緊縛?」と聞いてきたが、
レンもユウキも「さぁ」と、意味深な顔をしておいた。
店の中は驚くほど清潔感があり、中央の畳が静かな存在感を放っている。
ユウキが受付を済ませた。
「本日はよろしくお願いします」
その横で、MIUも緊張した面持ちのまま頭を下げる。
「よろしくお願いします……」
ユウキのはそういう挨拶じゃねぇだろ、とレンは思ったが、面白かったので言わなかった。
◇
やがてショーの時間が始まる。
最初は、ベテランらしい女性が畳の中央へ座り、静かに縄を掛けられていった。
両手の自由が奪われ、赤い麻縄が体の曲線を強調していく。
やがて彼女の身体は、ゆっくりと宙へ浮かび上がった。
MIUは息を呑む。
もっと暴力的で、恐ろしいものだと思っていた。
けれど実際は、とても静かだった。
空気が止まったみたいに、誰も息をしていないみたいな時間。
「……綺麗」
思わず、小さく呟いていた。
◇
ショーが終わり、今度は体験の時間がやってくる。
「怖かったら無理しなくて大丈夫ですからね」
緊縛師の声は驚くほど穏やかだった。
四人の中から一人だけ体験できるらしく、皆に背中を押され、MIUが前へ出る。
縄が身体へ這う。
カイが興味津々で尋ねた。
「どんな気分?」
「えっと……まだ、わかんない」
MIUの目は少し伏せ目がちだった。
「これで完成です」
「お連れ様も前へどうぞ」
そう促され、レンとユウキとカイが畳の前へ並ぶ。
「ど、どうかな」
MIUは恐る恐る顔を上げ、三人を見た。
その瞬間、一気に身体が熱くなる。
あ、今、私。
三人がこんな顔をするくらい、恥ずかしい格好なんだ。
MIUは視線を泳がせた。
レンもカイも、畳の前で動けない。
すると、ユウキが一歩前へ出た。
その手が、MIUの太ももへ触れる。
MIUは反射的に身体へ力を入れた。
また、あの淫らな空気が始まってしまうのだと思った。
だが次の瞬間。
ユウキはMIUの脚を高く持ち上げ、そのまま空中へ腰を振り始めた。
MIUは目を丸くしたまま、揺らされるがままユウキを見る。
レンとカイも、一瞬何が起きたかわからなかった。
そして次の瞬間。
「っ、はははははっ!!」
レンとカイは店内へ響き渡るほど大笑いした。
レンは何かがツボに入りすぎたのか、その場へ膝から崩れ落ちる。
ユウキだけは相変わらず真顔だった。
「これが正式な男側の緊縛体験だろう」
その瞳には、一切の迷いがなかった。
MIUの人生初の緊縛体験には、真顔のユウキの奇行と、レンとカイの笑い声だけが残った。
◇
帰り道。
カイが突然「あっ!」と声を上げた。
「写真、一枚も撮ってない!」
本気で悔しがるカイの横で、レンはまだ思い出し笑いをしている。
MIUは縄の跡が残った手首を見つめ、少しだけ笑った。
帰り道にいたのは、いつもの「一人の女の子と、三人の男の子」じゃなかった。
思い切り変な体験をして、腹を抱えて笑い合った、四人のグループだった。

