歌舞伎町青宵ポリ

 昼過ぎのシェアハウスは、海の底みたいに静まり返っていた。

 キングサイズのベッドの上では、夜の仕事に備えてユウキが深い眠りに就いている。


 その隣で、レンが気怠げにスマホをいじり、MIUは彼の腕の中に収まってうとうとしていた。


 その静寂を破ったのは、けたたましいインターホンの音だった。


「……あ、届いた!」


 MIUが弾かれたように起き上がる。

 届いたのは、引っ越し初日に注文していたミラーボール。


 そしてもう一つ。

 レンが「絶対に必要だ」と言い張って選んだ、一番厚手の遮光カーテンだった。


「見て、レンくん! すっごいキラキラ」

「おー、意外と本格的じゃねぇか。……おい、先にこっちのカーテン付けちまおうぜ」


 レンが、窓から差し込む午後の光を忌々しげに睨みながら言った。


 今までこの部屋には、

 前の住人が残していった薄汚れたレースカーテンが一枚かかっているだけだった。

 外からはバルコニー越しに歌舞伎町の雑居ビルが見え、こちら側の生活も薄らと透けていた。


「これがあれば、もう外のゴミみたいな景色も見なくて済むし、

 俺らが何してても誰にもバレねぇ。ここが俺らの世界の果てだ」


 レンが不器用な手つきで、真っ黒なカーテンをレールへ滑らせていく。

 一枚、また一枚と闇が窓を覆い、外の世界が切り取られていく。

 最後の一枚を閉め切った瞬間、部屋は完全な夜へ沈んだ。


「……」


 MIUはしばらく、その暗闇を見つめていた。


「……暗いね」


「だろ? 外から何も見えねぇ。完璧だろ」


「……なんか、狭くない?」


「あ?」


「部屋、ちっちゃくなった気がする。息苦しいというか……」


 MIUが眉をひそめ、くるりと部屋を見回す。


「壁みたいじゃん、これ。なんか、閉じ込められてる感じ」


 レンが絶句した。


「……お前、俺が選んできたんだぞこれ」

「うん。でも……やっぱり、外の光が少し入ってるくらいの方がよくない?」

「よくない。外から見えんだろが」

「レースカーテンあるじゃん、前の」


 MIUは迷いなく遮光カーテンを端へ寄せ始める。


 レンが止めようとするが、MIUはもう、前の住人が残していったくたびれたレースカーテンをレールへ戻し始めていた。


「……お前な」

「ほら、これくらいがちょうどいい。ねえ、レンくん」


 レースカーテン一枚越しに、歌舞伎町の雑居ビルがぼんやり滲んで見える。

 午後の光がやわらかく濁って、部屋へ差し込んでくる。

 レンはしばらく黙って、その光を見ていた。


「……まあ。悪くはねぇな」


 悔しそうに、けれどどこか納得したように認める。


 二人はミラーボールの取り付けへ移った。


「どこにつけるの?」

「そりゃあ、ここしかないだろ」


 ターゲットはキングサイズのベッドの真上。


 そこには、ユウキがまだ微動だにせず眠っている。


「ユウキくん、起きちゃうよ?」

「大丈夫。こいつは一度寝りゃ死んだも同然だから」


 ユウキが眠るすぐ横で、レンは器用にベッドの縁へ足をかけ、ドライバー片手に天井へネジを突き刺していく。


 ミラーボールを吊るそうと手を伸ばした、その時だった。


「……あ、やべ」


 ガチャン。


 嫌な音と共に、ミラーボールが重力へ従って落下した。

 落ちた先は、運悪くユウキの後頭部だった。


「…………ッ」


 数秒の沈黙。


 そのあと、地を這うみたいな低い声が響いた。


「……何、やってる」


 ユウキがゆっくり起き上がる。

 寝起きの頭を片手で押さえ、鋭い視線でレンを射抜いた。


「わりぃわりぃ。手が滑った。あぶねぇ、プラスチックの軽いやつでよかったな」

「笑い事か……死んだかと思った」


 ユウキはため息をつき、頭を擦りながらも立ち上がる。

 四人の中で最も背が高いユウキが立つと、その指先は悠々と天井へ届いた。


「貸せ。俺がやる」


 ユウキは手際よくミラーボールを固定し、電源を入れる。

 しかし、本来くるくる回るはずのミラーボールは、ぴくりとも動かなかった。

 落下の衝撃で、モーターが壊れてしまったらしい。


「……回んねぇな。ハズレか?」


「まぁいいじゃん。キラキラしてるのは変わんねぇし」


 レンがスイッチを切り替えると、ミラーボールの表面が数色の光を跳ね返した。


 レースカーテン越しに差し込む午後の光と、静止したミラーボールの反射が混ざり合い、部屋の中へぼんやりした斑模様を作る。


 寝起きのユウキ。

 笑うレン。

 そしてMIUの白い肌を、柔らかく染め上げていく。


「……」


 ユウキが、その光の中で端へ寄せられたカーテンを見た。


「遮光カーテンは?」

「MIUに却下された」


 レンが淡々と報告する。


 ユウキは少し考えてから、「……まあ」と呟いた。


「ビルの隙間の太陽で起きて、夜はネオンの光で過ごす。それも悪くなかったしな」


 昼夜逆転しているユウキにとって、太陽が出ていようが爆睡できるのは元から変わらない。

 それでも、この街から差し込んでくる光と共に生活が動いていく感覚を、気に入り始めていたところだった。


「回らねぇミラーボールに、くたびれたレースカーテン」


 レンが開き直ったみたいに笑う。


「いかにも俺らっぽくていいじゃねぇか」


 MIUも「そうだね」と、くすくす笑い出した。


 レンは冷蔵庫から酒を取り出し、天井へ張り付いたまま動かない光を見上げる。


「今日はミラーボール・パーティーだな。カイ、帰ってきたら驚くぜ」


 ユウキが出勤するまでの短い時間。


 歌舞伎町の光がレースカーテン越しに滲む部屋で、三人は再び身を寄せ合った。


 回らない光の下で。