歌舞伎町青宵ポリ



 シェアハウスを始めて数日。まだ段ボールが転がる未完成のリビングを見て、

 レンが「よし、例のブツを買いに行くぞ」と号令をかけた。


 向かったのは、色鮮やかな巨大クッションが並ぶショップだった。

 MIUは店内に一歩足を踏み入れた瞬間、子供みたいに声を弾ませる。


「わあ……! 本物だ、いっぱいある!」


 真っ先に、鮮やかなフラミンゴ・ピンクの巨大クッションへ飛び込み、そのまま沈み込んだ。


「んふふ、すごい! 溶けちゃう……! 私、絶対このピンクがいい!」

「MIUちゃん、めっちゃ似合ってる! 苺のアイスみたい」


 カイがへらへら笑いながら、隣のビタミンオレンジのクッションを叩く。


「俺はこれ! 元気出そうじゃん?」


 ユウキは少し離れた場所で、落ち着いたディープブルーのクッションを見つめた。


「……俺は、これかな」


 静かに呟く。


 そこでユウキは、腕組みをして三人を見ているレンへ視線を向ける。


「レン、君のはいいのか? まだグレーやブラックもある」


 レンは鼻を鳴らし、MIUが埋もれているピンクのクッションを横目で見た。


「……いや。このデカさなら三つありゃ全員座れるだろ。俺の分はいらねぇよ」

「……合理的じゃないな。四人いるんだから、四つあった方がいい」

「普通のソファも買ったじゃねぇか。それが空くだろ、もったいねぇ」


 ユウキが怪訝そうに目を細めるが、レンは知らんぷりでMIUの頭を撫でた。


 レンの頭の中には、明確な「策」があった。


 自分のクッションがなければ、自然とMIUの隣、そのピンクの柔らかい隙間へ身体をねじ込む口実ができる。


 独占欲を、「節約」という薄い皮で包んで隠し持っていた。


「いいから今日はこの三つだ。ほら、運ぶぞ」


 レジを済ませると、歌舞伎町でも一際目立つ集団が出来上がった。


 金髪のレンを先頭に、高身長のユウキ、中性的なカイ。

 そしてその中心で、幸せそうに笑うMIU。


 大柄な男たちが、自分たちの胴体ほどもある巨大クッション――ピンク、ブルー、オレンジを抱えて歩く姿は、どこか滑稽で、それなのに奇妙なほど幸福に満ちていた。


「これ、家に着いたらすぐ並べようね!」

「MIUちゃん、オレンジのも貸してあげるからねー」


 抱えたクッションの柔らかさと、MIUの明るい笑い声。


 信号待ちの最中、ユウキはふと、自分たちが抱えているのはクッションではなく、ようやく手に入れた「壊れやすい安らぎ」そのもののような気がした。


 四人の足取りは、夕暮れの街へ軽やかに吸い込まれていった。





 カイが威勢よくドアを蹴開け、両手に抱えたオレンジの巨大な物体をリビングの真ん中へ放り出した。


 ユウキとレンも、それぞれブルーとピンクを床へ下ろす。


 MIUは靴を脱ぐのももどかしい様子で、念願のフラミンゴ・ピンクのクッションへ飛び込んだ。


「んんっ……あぁ、幸せ……!

 本当に沈んじゃう……。みんな、私もうここから一生動かないからね」


 顔半分を埋めたまま、とろんとした目で見上げてくる。

 その無防備な姿に、レンが苦笑しながら歩み寄った。


「おいおい、まだ早いぜ。沈むのは食ってからにしろ」


「え……?」


「コンビニで食いもんと飲みもん買い込んで、これからパーティだ!」


 カイがMIUの両脇へ手を入れ、ひょいっと抱き立たせる。

 MIUは宙に浮いた足をパタパタさせながら、驚きに目を丸くした。


「パーティ……!?」


「ああ。MIUの夢が一個叶った記念だからな」


 ユウキが自然な動作で、MIUの華奢な手を取る。


 その静かで体温のある掌に、MIUの胸が小さく跳ねた。


「コンビニにあるものなら、どれを選んでもいい。お菓子もアイスも、普段なら買わないような贅沢なやつも全部だ」


「全部……? ……いいの? 本当に?」


 MIUの声が少しだけ震える。


 これまでの人生、彼女が何かを「選ぶ」ときは、常に誰かの機嫌を伺うか、生き延びるために最低限を選ぶしかなかった。


 レンが彼女の頭を乱暴に、けれど慈しむみたいに撫でた。


「当たり前だろ。俺らの姫さんがお望みならよ。ほら、行くぞ」





 歌舞伎町のコンビニは夜でも相変わらず騒がしかった。

 けれど今のMIUには、そこが魔法の宝物庫みたいに見えていた。


「よし、カゴ担当は俺な!」


 カイが入り口でカゴをひったくり、MIUの背中を軽く押す。

 コンビニの白い光が、四人の髪や肌を無機質に照らしていた。

 けれど彼らが棚から手に取るものは、驚くほど色鮮やかだった。


「MIU、ほら、今度こそ食ってみろよ」


 レンが棚の奥から無造作に掴み取ったのは、わさびの効いた柿の種。


「うわ、レンくんまたそれ? 鼻ツーンってするやつじゃん」


「これがいいんだよ、酒が進む。……あ、ほらMIU、お前はこっちだろ」


 レンは、自分の辛党とは真逆の、生チョコ仕立てのアイスやクリームたっぷりのエクレアを次々とMIUへ差し出す。

 MIUは「あ、それも! あと、この期間限定のグミもいい?」とはしゃぎながら、カゴの中を甘いお菓子で埋めていった。


「MIUちゃん、お菓子ばっかじゃん! 体に悪いよー」


 カイはへらへら笑いながら、ホットスナックコーナーへ向かう。


「これこれ。唐揚げと、シュウマイもみんなでつまめるじゃん。あ、カルビ弁当は俺の~」


 育ち盛りみたいなチョイスで、カイはカゴへ「食事」の重量感を足していく。


 一方、ユウキは酒類コーナーで足を止めていた。


「……アルコール度数、調整できた方がいいな。MIUにはこれを」


 ユウキが手に取ったのは、カルーアのリキュールと牛乳。


「リキュールと割り材を買えば、家でも店と同じ味が作れる。あとはレン。お前のわさびに合うように、少しキレのあるウイスキーも選んでおいた」


 バーテンダーらしい手際で、お酒と、それを割るための炭酸水や牛乳をスマートに選んでいく。


「わぁ、ユウキくんが作ってくれるの? 楽しみ……!」

「ああ。君の好きな甘さに調整しよう」


 ユウキが穏やかに微笑むと、レンが少しだけ面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「おいカイ。そんな詰め込むとカゴ重くてMIUが持てねぇだろ」

「あはは! 運ぶのは俺ら男子の役目っしょ!」


 甘いもの、辛いもの、酒、そしてガッツリした飯。

 バラバラな四人の好みが、一つのカゴの中でぐちゃぐちゃに混ざっていく。


「……ねえ、これ全部買っていいの? 本当に?」


 レジ前で、MIUが少し不安そうにレンを見上げた。

 レンはレジ袋を広げながら、当然みたいに頷く。


「言ったろ。MIUの夢が一個叶った記念だ。全部持って帰って、全部食うんだよ」


 レジ袋の中で、牛乳と缶がぶつかって小さく鳴った。


 その音だけで、なぜか少し笑えた。





 四つの重たいレジ袋をぶら下げて、四人は再び夜の街へ踏み出した。

 袋の中で揺れる唐揚げの匂い。お菓子の擦れる音。MIUの笑い声。


 それらを抱えたまま部屋へ戻り、三つのビーズクッションを連結させるように並べる。

 その上へ、四人で折り重なるように座り込んだ。


 テーブルの上には、コンビニとは思えないほど豪華で、少しジャンクな宴が広がっている。


「よし、それじゃ。……俺らのどうしようもねえ生活に仲間入りした、ビーズクッションに」


 レンが缶を高く掲げた。


「「「「かんぱーい!」」」」


 アルミの弾ける音が重なる。


 MIUの口いっぱいに、甘い酒とジャンクな幸福が広がった。


 ピンク、ブルー、オレンジ。


 レンはクッションがないのをいいことに、当然みたいにピンクの縁へ腰掛け、MIUを腕の中へ囲い込む。


「……ねえ。私、本当に幸せすぎて、明日死んじゃうんじゃないかな」


 MIUがぽつりと零した言葉に、ユウキが冷えた缶を彼女の頬へ当てながら静かに返した。


「死なせない。明日も、明後日も、このクッションはここにあるから」


 MIUは頷き、三人の温もりに挟まれながら、

 初めて「眠るのがもったいない」と思う夜を過ごしていた。