歌舞伎町青宵ポリ



 朝のシェアハウスは、まだ雨の残り香と秋の空気が混ざり合っていた。


 キングサイズのベッドの上。シーツは四人の体温でくしゃくしゃに乱れたままだ。


 カイの派手なシャツとレンのネオンライトのコードが床に落ち、部屋の隅ではユウキの眼鏡が朝陽にきらめいている。


 MIUはカイの服である薄いタンクトップ一枚でキッチンに立ち、コーヒーを淹れていた。


 後ろから近づいてくる気配。

 振り返るより先に、背中へ熱が触れた。


「……ユウキくん?」


 ユウキは無言でMIUの腰へ腕を回し、額を肩へ預ける。

 いつものクールな吐息が、今日は少しだけ震えていた。

 眼鏡を外した素顔が、耳の後ろへ熱く押しつけられる。


「……カイとレン、出かけたな」


 低い声。


 いつもより、少し掠れている。


 MIUが小さく頷くと、ユウキの指がタンクトップの裾をゆっくり捲り上げ、素肌へ触れた。

 冷たい指先が、少しずつ体温を帯びていく。


「……っ」


 それだけで、体がびくりと跳ねた。

 いつもは冷静にMIUを抱くユウキの呼吸が、今日は耳の後ろで乱れている。


 ユウキは無言のままMIUをくるりと自分の方へ向かせた。


 眼鏡を外した素顔が近づく。

 黒髪の隙間から覗く瞳は、いつもよりずっと真剣で――けれど、その頬はゆっくりと赤く染まっていった。


「MIU……」


 名前を呼ぶ声が、喉の奥で震えている。

 MIUはその顔を見て、急に自分の頬まで熱くなるのを感じた。


 体はもう何度も知っているはずなのに。

 こんなふうに真正面から見つめられると、まるで初めて恋をしたみたいに胸が苦しくなる。


「……俺、ちゃんと伝えてなかった」


 ユウキの顔は耳まで真っ赤になっていた。

 クールなバーテンダーの仮面が、完全に剥がれ落ちている。


 指がMIUの腰をぎゅっと掴んだまま、視線を少し逸らし、それからまた勇気を出したみたいにMIUを見つめた。


「好きだ。MIU」


 一瞬、部屋の時間が止まった気がした。

 MIUはぱちぱちと瞬きを繰り返し、言葉が出てこない。

 耳の先まで熱くなっているのが、自分でもわかった。


「雨に濡れてBARに来た夜から……本当は、お前を誰にも渡したくなかった」


 ユウキの声が少しずつ小さくなる。

 それでも、腰を抱く腕だけは離れない。


 二人の胸が触れ合い、心臓の音がぶつかり合った。


「俺……ちゃんと、好きだって言いたかったんだ」


 ユウキは唇を軽く噛み、照れくさそうに目を伏せた。

 まるで告白するのが初めての男の子みたいだった。


 MIUも同じだった。

 嬉しいのに、嬉しすぎて、うまく息ができない。

 指先が震えて、ユウキのシャツの裾をぎゅっと握りしめる。


「……私も」


 声が少し上ずった。

 MIUは慌てて口元を押さえ、それから勇気を出してユウキを見上げる。


「私も……ユウキくんのこと、好き。こんなふうに言われると……照れちゃうけど」


 その瞬間、ユウキの表情が柔らかく崩れた。

 愛おしさを堪えきれないみたいに、目が細められる。


「好きだ。何から始まった関係かもわからない。でも俺は、たぶん、最初から……」


 その瞬間、ユウキの唇がMIUへ重なった。

 いつもは冷静に反応を観察しながら与えるキスが、今日は少し乱暴で、必死だった。


 甘い音が、朝の静かな部屋へ響く。


 MIUの背中へ回された手が、震えながらシャツの下の素肌を強く撫でた。


「ん……ユウキくん……」


 MIUが小さく喘ぐと、ユウキはさらに深くキスを貪りながら、そのままMIUを抱き上げてベッドへ押し倒した。


 シーツの上へ、ユウキの体が覆い被さる。

 眼鏡を外した素顔が朝陽に照らされ、普段見せない幼さと熱を晒していた。


「レンやカイがMIUに触れてるの、最初は苦しかった……」


 ユウキの指が、MIUの太ももをゆっくり這い上がる。


「でも今は、それ以上に……MIUが溶けていく顔も、仕草も、全部好きでたまらないんだ」


 指先が敏感な場所を優しく撫でる。


「……ちゃんと、愛してるって伝えたかった。言葉で。体で。全部で」


 湿った吐息が、MIUの首筋へ落ちた。

 真っ赤な頬のまま、ユウキが耳元で囁く。


「……好きだよ、MIU。これからも、ずっと……」


 二人きりの朝は、甘く溶け合うようにゆっくり深まっていった。





 その数時間後――。


 リビングには、歌舞伎町のネオンの光が差し込んでいた。


 MIUはまだ朝の余熱を頬へ残したまま。

 カップへ触れるたび、ユウキとのキスの感触が蘇ってしまう。


 ユウキはソファの端へ浅く腰掛け、何度も眼鏡を直しながら視線を逸らしていた。

 二人とも、朝の照れがまだ肌へ張りついている。

 目が合うたび、また熱がぶり返した。


 すると、レンがキッチンの入り口へ寄りかかり、ニヤニヤしながら目を細める。


「へぇ……お前ら、なんかあったろ?」


 一瞬、部屋の空気が甘く張りつめた。

 MIUは真っ赤になったまま俯いてしまう。


 ユウキの耳までみるみる赤く染まり、眼鏡の奥で瞳が泳いだ。


 カイが目を丸くする。


「え、なになに!? なんかあったの!?」


 その横で、レンは満足げに笑いながらMIUの腰へ腕を回してきた。

 熱い掌がタンクトップ越しに腰のラインをなぞる。

 吐息が耳へかかり、首筋が小さく震えた。


 そしてレンは、ユウキへ向かってゆっくり意味深にウインクする。

 午後の光の中で、その仕草だけがやけに妖しく見えた。


「ま、いいけどよ。真っ赤なその顔、めっちゃ可愛いぜ、MIU……」


 低い声と一緒に、唇が耳たぶへ軽く触れる。

 一瞬だけ残った感触に、MIUは小さく身をよじった。


 ユウキは照れ隠しみたいにクッションを抱きしめ、小さく舌打ちする。

 けれど耳の赤さだけは、どうしても隠しきれていなかった。


 その視線が、MIUとレンを交互に見つめる。


 嫉妬と甘い疼きが、まだ消えていない。


 MIUは胸の奥がくすぐったくて、嬉しいのに恥ずかしくて、

 ただ小さく微笑むことしかできなかった。


 この朝の甘い秘密は、なんとか秘密のままでいられたのだった。