歌舞伎町青宵ポリ

 五階の角部屋の扉が、初めて四人で開かれた日。


 鍵を回す音が、カチリと響く。


 埃っぽい空気が、外のネオンの匂いと混ざりながら部屋へ流れ込んだ。

 まだ、何もない。


 白い壁に、窓から漏れる青とピンクの光だけが淡い影を落としている。


 部屋の真ん中には、キングサイズのベッドが一つ。


 白いシーツがわずかに皺を寄せ、まるで「ここで四人で溶け合え」と待っているみたいに静かに息づいていた。


 最初に入ってきたのはMIUだった。


 少し大きめの黒いトートバッグを片手に、部屋の真ん中へぽつんと立つ。

 バッグの中身は、黒のレースミニドレスが二着と下着数枚。

 赤いリップと、甘い香りのボディミスト。


 それだけだった。

 MIUは、ほとんど何も持っていなかった。


 空っぽの部屋を映した瞳が、少しだけ虚ろに揺れる。


「……ここが、私たちの……?」


 小さく呟き、ベッドの端へそっと腰掛けた。

 黒髪が肩へ落ち、ネオンに濡れて光る。


 まだ誰も触れていないシーツへ、MIUの細い指が触れた。

 布が微かに沈み込み、そこへ彼女の体温がゆっくり染みていく。


 次にカイが、両手いっぱいの紙袋を抱えて入ってきた。


「よっ、遅れた〜!」


 シューズボックスを玄関へどさっと下ろし、軽い足音を響かせながら部屋へ入ってくる。

 その笑顔だけで、部屋の空気が一瞬明るくなった。


 袋からは、服が溢れそうになっていた。

 ピンクのジャケット。

 シルバーのラメ入りシャツ。

 黒のレザーパンツ。

 キラキラしたアクセサリー。


 カイはベッドの反対側へ荷物を置くと、自然にMIUの隣へ腰を下ろした。


「MIUちゃん、これ着てみてよ」


 黒地へ金色の刺繍が入ったスカジャンを肩へかける。

 白い肌とのコントラストが、妙に綺麗だった。


「カイくん……派手すぎ……」


 MIUは笑いながら呟く。

 けれど袖をまくる仕草は、少し嬉しそうだった。


 レンは静かに部屋へ入ってきた。


 持ってきたのは、リュック一つと段ボール一箱だけ。


 中身はダーツの矢とボード。

 青と紫のネオン管。

 灰皿。

 それから、ネオン看板らしき小物。


「……これでいいだろ」


 低く呟き、窓際へ看板を置く。


『I♡歌舞伎町』。


 真っ白だった部屋で、そのピンク色だけが妙に強く主張し始める。

 スイッチを入れると、柔らかなネオン光が壁を走り、四人の顔を優しく照らした。


 レンはMIUの隣へ腰を下ろし、黒髪を指先で梳きながら囁く。


「MIU……ここが、俺たちの場所だ」


 MIUの瞳が潤む。

 そっとレンの肩へ頭を預けると、湿った吐息が首筋へ触れた。


 最後に入ってきたのはユウキだった。


 BARの制服が入ったスーツケース。

 シェイカー。

 ボトルオープナー。

 黒いベスト一式。


 それ以外は、寝間着くらいしか入っていない。


「これで全部だ」


 ユウキは淡々と荷物を置き、先に配送していた段ボールを玄関先から引き込む。

 箱を開け、ワードローブの説明書を広げた。


「よし、組み立てるぞ」


 その一言で、四人が工具を手にする。

 ネジを回す音が、カチカチと部屋へ響いた。


「これ、俺のピンクジャケット置くスペースも作ってよ」


 カイが笑いながら、レンへジャケットを押しつける。


 レンは無言で羽織ってみて、

「……悪くねぇ」

 と、小さく呟いた。


 MIUが頬を赤くしながら見つめる。


「レンくん……似合う……」


 レンは照れ隠しみたいにMIUの腰を引き寄せた。


「MIUのほうが似合う」


 耳元で囁かれた声に、MIUの身体がびくっと震える。

 甘い吐息が、小さく漏れた。


 ユウキはスマホを操作しながら、

「……こういう飾り付けなら、ミラーボールもいるな」

 と呟く。


 そのまま通販サイトで小さなミラーボールを購入した。


「届いたら天井へ吊るそう」


 みんなが頷き、自然に笑い合う。


 部屋の空気が、少しずつ四人の匂いと体温で満たされていく。


 カイの甘い香水。

 レンの煙草と汗が混じった匂い。

 ユウキのクールなコロン。

 MIUの蜜みたいに甘いボディミスト。


 それらが混ざり合いながら、キングサイズのベッドへゆっくり沈んでいった。


 組み立て終わったワードローブへ、四人の服が少しずつ掛けられていく。

 ピンクのジャケットが、レンのジャージの隣へ。

 レンの、年中しまう場所がなかった季節外れのダウンが、ユウキのスーツの横へ。

 MIUの黒いレースワンピースが、カイのラメシャツへ寄り添うように並ぶ。


 季節も趣味も全部バラバラだった。

 それなのに、不思議と馴染んで見えた。

 四人でベッドへ腰掛け、ネオンに照らされた部屋を見回す。


 まだ何もないはずなのに。


 もうここが、自分たちの“巣窟”なのだと肌でわかっていた。

 MIUがみんなの手を握る。


「……これから、ずっと一緒なんだね……」


 震える声だった。


 四人の指が絡まり、温度がゆっくり混ざり合う。


 部屋の空気が、甘く湿っていく。


 まるで、小さなオルゴールを巻き終えた後みたいに。

 静かな生活の音が、ゆっくり鳴り始めていた。


 窓の外では、誰かの笑い声とサイレンが遠く流れている。