歌舞伎町青宵ポリ

 歌舞伎町のカラオケボックス。

 多色刷りのライトが、安っぽいテーブルの上で回っている。


 レンはソファへ深く腰掛け、MIUを自分の腕の中へ囲い込むみたいに座らせていた。


 その目は、楽しげなカイや冷静なユウキを見ているようでいて、頭の中では冷徹な“計算”を弾いている。


 シェアハウス生活を始めるための計算だけじゃない。

 自分がもし逮捕されても、MIUを生活させられるだけの金を残せるか。

 そんな最悪の未来まで含めた計算だった。


 レンは、自分がプッシャーであることは死んでも口にしないと決めている。

 ユウキには「夜の仕事のマネジメント」とだけ濁してあるが、その裏にある危うい橋を、この連中へ渡らせるつもりはなかった。


「……いいか、よく聞け」


 レンが低く、重みのある声で場を制した。


「物件はユウキが言ったところで決める。

 ……カイ。お前も一緒に住むなら、中途半端な遊びは許さねぇぞ」


 レンの目が鋭く細まる。


「MIUを一人にするな。俺やユウキが動けないときは、お前がちゃんと見てろ」


 ぶっきらぼうな言い方だった。

 けれどそれは、“四人の生活”を何より優先する、レンなりの覚悟でもあった。


 カイはMIUの膝へ頭を乗せたまま、レンを眩しそうに見上げる。


「わかってますって! 任せてください、本気っすから!」


 それから、ぱっと笑った。


「俺の給料も、全部レンくんに預けますよ」


「……バカか。お前は自分の分だけ出しときゃいい。足りねぇ分は俺がなんとかする」


 レンは煙草を咥え直し、呆れたように続ける。


「……あと、“さん付け”も敬語もやめろ。キモい」


「それより、部屋に入るなり『膝枕いいですか?』って言ってくる距離感のほうがキモいだろ」


 ユウキの言葉に、レンが鼻で笑う。


 そのまま乱暴に、カイの虹色の髪を撫で回した。

 レンにとって、カイやユウキは“MIUを預けられる数少ない保険”だった。

 同時に、自分が守らなければならない“まだまともな側”の人間でもある。


 ユウキがメガネを押し上げ、淡々と付け加える。


「……物件の手続きは俺が進める。家賃は三人で割るから、MIUはなにも心配しなくていい」


「ごめんね。カイくん、出会ったばっかりなのに……。ほんとにシェアハウスでいいの?」


 MIUが不安そうに尋ねる。

 カイはすぐに首を振った。


「俺、今の仕事場辞めるから寮も出たくて、ちょうどいい感じなんです」


 それから、目を輝かせる。


「それに、皆さんと一緒なら、毎日が映画みたいに楽しくなりそうじゃないですか」


 そこでハッとしたように言い直した。


「……じゃなかった。楽しくなりそうじゃん」


 レンが鼻で笑い、MIUの肩を抱き寄せる。


「楽しくなる、だと? めでてぇガキだな」


 煙草の煙を吐きながら、低く続けた。


「俺らと一緒にいるってことは、まともな人生を捨てるってことだぞ」


「まともとか、そういうの、ちょっとわかんないんすよね。俺、バカだから」


 カイは、あっけらかんと笑う。

 その笑顔の奥にある空っぽな瞳を見て、レンもユウキも悟っていた。

 このガキもまた、自分たちと同じ“欠落”を抱えた人間なのだと。


 MIUがレンとユウキを交互に見つめ、それからカイの虹色の髪を優しく撫でた。


「……四人なら、もっと遠くまで行ける気がするね」


 その一言で、個室の空気は決まった。


 レンは舌打ちしながら、ハイボールを煽る。


「……好きにしろ。その代わり、余計な真似したら、その虹色の頭引っこ抜くからな」


「わぁ、怖〜い! オッケーです!」


 カイは弾かれたみたいに立ち上がった。


 狭いソファ。

 四人の肩が触れ合い、膝が重なる。

 カイは、初対面のときとは別人みたいに伸び伸びしていた。


 個室へ、カイが勝手に入れた明るいデュエット曲が流れ始める。

 彼はマイクをMIUへ差し出した。

 二人で歌う気満々らしい。


「はいはーい! じゃあ会議終了!」


 カイがぱん、と手を叩く。


「ほら、レンくんもユウキくんも、そんな怖い顔してないで。せっかく四人で住むんだから、お祝いしよ?」


 カイは立ち上がると、テーブルに置かれていた半分溶けかけのソフトクリームを、宝物みたいに四人の真ん中へ置いた。


「これ、みんなで分けよ」


 それから、スプーンをすくってMIUへ向ける。


「はい、MIUちゃん。あーん」


 MIUが少し驚きながら口を開ける。

 甘いクリームが舌へ触れた瞬間、頬が自然に緩んだ。


 それを見たカイは、今度はレンへスプーンを向ける。


「レンくんも。甘いもの食べないと、怖い顔そのまま固まっちゃうよ?」


「……んなもん食えるか。どけ」


「えぇー! じゃあユウキくんは? 先生、糖分足りてますかー?」


 ユウキはメガネを押し上げ、「俺もいい」と冷たく返そうとした。

 だが、カイは「ダメダメ」と笑いながらスプーンを押しつける。

 根負けしたユウキが、眉間へ皺を寄せたまま一口食べた。


「……甘すぎる」


「あはは、でしょ?」


 カイが嬉しそうに笑う。


「でも、これくらいがちょうどいいって。

 たぶん、今まで苦いものばっか食べてきた感じするからさ」


 その瞬間。

 レンとユウキの間にあった“打算”や“警戒”という壁が、少しだけ低くなった。

 レンはため息を吐きながら、乱暴にカイの髪を掻き回す。


「……ガキだな、お前は」


「えへへ、いいもん」


 カイはMIUへ身体を預けながら笑った。


「俺、このチームの“弟”になるんだ」


 指折り数えるみたいに続ける。


「レンくんが王様で、ユウキくんが参謀で、MIUちゃんがお姫様」


 それから、自分を指差した。


「……で、僕がみんなに甘える役。完璧じゃん」


 カイがMIUの肩へ頭を預け、甘えるみたいに鼻歌を歌い出す。


 一人で全部背負おうとするレン。

 理屈で自分を縛るユウキ。

 その二人が作れなかった、“ただ楽しいだけの時間”を、カイは軽やかに持ち込んできた。

 レンはソファへ深く背を預け、ようやく肩の力を抜く。


 MIUは、自分の両隣で繰り広げられる男たちのやり取りを、宝物を見るみたいな目で見つめていた。


 四人の影が、安っぽいミラーボールの光の下で、ゆっくり一つに混ざり合っていく。


「……乾杯くらい、しようか」


 ユウキがグラスを掲げる。


 四人でなければ埋められなかった“隙間”が、初めてカチリと音を立てて繋がった。