僕が恋をしたのは――ひなたの恋と、春の影

 そして、次のバイトの日。

 店のドアを開けた瞬間から、なんだか落ち着かなかった。
 春哉さんの姿を視界に捉えただけで、宏明とのやり取りが頭をよぎる。

 さらに、ちょっと自覚しはじめたこの感情。

 僕は春哉さんのことが……。
 えーい、考えるな! このままじゃ、仕事が手につかなくなるじゃないか。

 慌てて首を横に振っていると、近くで小さな笑い声がした。

「どうしたの?」

 その声を聞いただけで、胸がきゅっと疼いた。
 ゆっくり振り返ると、春哉さんがいつもの優しい笑顔で立っていた。

「お、おはようございます!」

 うまく顔を見られない。声も少し裏返ってしまい、ごまかすように咳払いをした。

「大丈夫? もしかして疲れてるのかな。無理しないでね」

 変わらない、やさしい声。
 そっと視線を上げると、綺麗な瞳がこちらを見ていて、心臓がばくばくと音を立てた。

 だ、だめだ。もたない。

「平気です」

 それだけ言って、さっさとバックヤードへ向かった。

 ……これはかなり重症だ。
 普通にしないとって思えば思うほど、体のどこかに力が入る。

 営業中も、春哉さんの声が聞こえるたびに、ついそちらを見てしまう。
 ふと目が合えば、手元が怪しくなる。

 すれ違うとき、わずかに手が触れただけで心臓が跳ねて、息の仕方までわからなくなりそうだった。

 その日は、たぶんずっと変だった。
 周りのスタッフからも「大丈夫?」と心配される始末だ。

 うーん、反省。

 けれど反省したところで、春哉さんを前にするとまた体が固まってしまう。

 結局、そのあとも調子は戻らなくて、また本人から心配されてしまった。

 休憩室で一息ついていると、

「……愛翔くん」

 控えめな声がして、顔を上げる。
 入口のところに佇む春哉さんと目が合った。

「入ってもいい?」

「は、はいっ」

 思わず背筋が伸びる。

 春哉さんはゆっくりと歩み寄ってきて、そのまま僕の隣に腰を下ろした。
 距離が近い。それだけでどきどきが止まらなくなる。

 こんなの、顔を向けられないじゃん。

「あのさ……どうかした? もしかして俺なにかしたかな」

 その言葉に驚いて、目を見開いた。
 ばっちり見つめ合う形になってしまい、頬に熱が集まる。

「い、いえ。春哉さんは何も」

 しまった。誤解されている。
 そりゃそうか、あんな態度ばかり取っていたら。

 春哉さんは少し困ったように笑って、首をかしげた。

「そっか。ならいいんだけど……でも、なんか避けられてる気がしてさ」

「そんなことは絶対ないです!」

 強い声が出てしまった。
 避けてるといえば、そうなのかもしれない。でも、その意味は全然違う。

 彼はほっと息をついて、やさしく笑った。

「よかった。俺は君のことが好きだから、嫌われたらどうしようかと思って」

「……え?」

 何を言われたのか、すぐには理解できなかった。

 好き?

 その一言が頭の中で何度も反響した。
 冗談なのか本気なのか、判断がつかない。

 春哉さんはいつも通り穏やかな表情のままだった。

「あ……えっと」

 声がうまく出なくて、耳まで熱くなる。沸騰しそう。

「ごめん。変なこと言ったかな」

 春哉さんは軽く笑いながら立ち上がった。

「さ、もうちょっとだ。がんばろう」

 何事もなかったみたいに声をかけられて、僕はぎこちなくうなずいた。

 心がざわつく。
 好きって……どういう意味だろう。

 聞きたいのに、どうしても聞けなかった。


 フロアに戻っても、その疑問が頭から離れなかった。

 前よりもっと、彼のことが気になって目で追ってしまう。
 もう、仕事にならないよ。

 その後も予想通り、失敗ばかりで、みんなに迷惑をかけちゃった。

 しっかりしろって思うのに――

 春哉さんを見るたび、さっきのことを思い出して、苦しくなる。