僕が恋をしたのは――ひなたの恋と、春の影

 頷き返すと、春哉さんはコーヒーを一口飲み、ゆっくりと息を吐いた。

「何から話そうか。
 組織については、鞠からだいたい聞いてるよね。詳しいことより、愛翔には俺の想いを聞いてほしい」

 僕に向けられる瞳がわずかに揺れている。

 怖いのかな。まだ不安なんだろうか、僕がどう思うのかって。

 でも、心はもう決まっている。
 大丈夫だよ。そう伝えるつもりで、もう一度しっかり頷いた。

 春哉さんはほっとしたように表情を緩める。

「まずは、ごめん。心から謝らせてほしい」

 そう言って、深く頭を下げた。

「え? な、なに?」

「いや……ほら。君のご両親のこと」

 頭を下げたまま。その声は低く、どこか掠れている。

 ああ、そうか。ずっと気にしていたんだ。

 安心させてあげたい。そんな気持ちが自然に湧いてきて、胸の奥に愛しさが広がっていく。

「うん……。両親が亡くなったことはずっと引っかかってた。
 事故だって聞かされてたから。
 ただ、組織の名前だけは知らされて、それに関係した事故だったって。
 もちろん直接殺されたわけじゃないけど……やっぱり許せない気持ちもあってさ。
 そんな組織があるから、父さんも母さんも死んだんだって。どこかで恨んでたと思う」

 ずっと心に残っていたわだかまり。
 忘れようとしても、簡単には消えてくれない。

 春哉さんは静かに頷いた。少しだけ顔を上げたけれど、目はまだ伏せられていた。

 自分を責めている。
 彼の父親が立ち上げた組織だから。

 でも、それは春哉さんにはどうしようもないことだ。

「春哉さんが組織に関わっているかもって聞いたとき、びっくりした。
 もしかしたら、両親の死にも関係してるのかもしれないって思って、怖くなったんだ。目の前が暗くなって、胸が苦しくて、何日も気持ちが落ち着かなくてさ。

 鞠さんから真実を聞かされて、本当のことがわかって……。
 だけど、僕は春哉さんのことを嫌いになったり、恨んだりしたこと、一度もなかったよ」

 顔を上げた春哉さんの瞳が、戸惑うように揺れた。

「……愛翔」

 かすれた声で、僕の名前を呼ぶ。

 視線を逸らさず、まっすぐ見つめ返した。

「鞠さんから話を聞いて、自分の気持ちがはっきりしたんだ。
 ――僕は春哉さんのことが好き。
 父親のことも、組織のことも、そこにいる人たちのことも大切にしている、そんな優しい春哉さんが大好き」

 言い終える頃には、自然と笑っていた。

 春哉さんは何も言わず、ただ僕を見つめていた。
 次の瞬間、ふいに身体を引き寄せられ、きつく抱きしめられた。

「……っ、愛翔、愛翔……好きだ。俺も愛翔が好きだ。
 ありがとう……ごめん、ありがとう」

 感謝と謝罪の言葉を、何度も繰り返す。

 そっと彼の背中に手を添えた。

「春哉さんは優しいから。お父さんのことも、組織の人たちのことも、放っておけなかったんだよね。
 謝ることなんてない。春哉さんは、悪いことなんてしてないじゃん。
 春哉さんの父親がしてきたことは僕にはわからないし、両親の死の真相だって、本当のところはわからない。
 でも、それは全部、春哉さんのせいじゃないでしょ。

 僕は僕が出会った春哉さんを信じる。
 優しくて、みんなを大切に想ってる、そんなあなたを。
 だから……もう、自分を責めないでよ」

 言い終えると、部屋に静けさが満ちた。

 しばらく沈黙が続いたあと、春哉さんがゆっくり口を開いた。

「ああ……愛翔が信じてくれるなら、それだけでいい。何もいらない」

 そっと口づけられる。

 触れた唇から、あたたかくてやさしい想いがじんわりと胸に広がっていく。

 ふと目が合い、ふたりで小さく笑い合った。


 それから春哉さんは、組織への想い、父親への想いを語ってくれた。
 感謝も後悔も、いろんな感情をひとつひとつ、丁寧に。

 その間、僕たちはずっと手を繋いでいた。

 重なった指のあたたかさに、心は落ち着き、満たされていく。

 繋がっている。
 確かに、そう感じられた。

 僕は前よりずっと、春哉さんのことが好きになっていた。