僕が恋をしたのは――ひなたの恋と、春の影

 翌朝――
 ふと目を覚ますと、すぐ目の前に春哉さんの顔があった。

「ひぇ……」

 勢いよく飛び起きた拍子に体勢を崩し、少しよろめく。そのとき、肌に触れる感触がいつもと違うことに気づいた。

 ……あれ?

 そっと布団の下を覗くと、自分があられもない姿になっている。

 な、なんで僕は真っ裸なんだ?

 首を傾げたとき、また別の違和感を覚えた。
 恐る恐る隣を見ると、裸の春哉さんが穏やかな寝息を立てていた。

 えええ!?

 頭の中が真っ白になる。

 僕、いったいどうしたんだっけ。き、記憶がない。

 落ち着け、落ち着くんだ。昨日は……そうだ。春哉さんを探していて、やっと見つけて。
 それから想いを伝えて、そのあと――。

 そこで全身がぼっと熱くなり、耐えきれず枕に顔をうずめた。

 ひ、ひえ~。ぼ、僕……あれから春哉さんと、そ、そういうことをしたのか?
 いやまあ、うっすら記憶は残っている気がするけど、必死すぎてあんまり覚えてないよ。

 どうしよう。は、恥ずかしい。

 枕に顔を押しつけたまま悶絶していると、隣でもぞりと動く気配がした。

「……ん。起きたの?」

 春哉さんがゆっくり身体を起こすと、布団が肩から滑り落ち、引き締まった上半身があらわになった。

 ぎょっとしたけど、なぜか目をそらせない。
 細身なのにしっかりと筋肉がついた、しなやかなライン……って、いや、そんな場合じゃないだろ。

 心の中で軽く突っ込んでから、慌てて視線をさまよわせた。

「あ、あの、その」

「どうしたの? 愛翔は朝から可愛いね」

 腕が回され、ふわりと抱き寄せられる。

「昨日は、あんなに大胆で激しかったのに」

「ええ!!」

 さらっととんでもないことを言われて、目を丸くする。
 春哉さんはくすりと笑い、耳元に唇を寄せてくる。

「ひどいなあ、覚えてないの? だったら、これからもう一回」

 口づけられた。

「んっ……」

 熱がじわりと押し寄せる。
 次第に深くなるキスと、肌をなぞる手の動きに耐えきれなくなり、身体を押し返した。

「やっ、やだ」

 春哉さんは一瞬きょとんとしたあと、にやりと口元を緩める。

「そんな顔をされると、よけいに燃えるな」

 その視線がやたらと色っぽくて、心臓が破裂しそうなくらい暴れた。

 ていうか、なんかキャラ変わってない? こんな人だったっけ。

「あ、あの……」

「愛翔、好きだよ」

 また口づけられ、僕はベッドに押し倒された。


 ――それから、数十分後。

 いそいそとシャツに袖を通す。さっきの余韻がまだ残っていて、全身がじんわり熱を帯びている。

 は、恥ずかしい。朝から何してるんだ。

 押し倒された僕は、また春哉さんに抱かれてしまった。
 先ほど、やっと腕の中から解放されたばかり。

 なかなか離してくれないんだもん。いや、別に嫌じゃなかったし。嬉しかったけど。

 僕にはハードすぎるよ。

 思い返すと顔が熱くなる。
 キスされて、愛撫されて……って、あー! もう、やめやめ。

 今度ははっきり覚えているぶん、耐えられなかった。
 すべてが初めてのことばかりで。いや、初めてじゃないのか。昨夜もそうだったし。

 頭の中がぐるぐるしてきて、思いきり頭を振った。

「なにしてるの? 愛翔はコーヒーにミルクや砂糖は入れる?」

 キッチンのほうから、春哉さんの声が聞こえた。

 彼のコーヒーは絶品だ。
 お店で大人気のあの味も、すべて春哉さんが淹れている。味も香りもよくて、飲むたびに心がほわっとあたたまる。

 こっちはまだ落ち着かないっていうのに、彼はずいぶん余裕そうだ。
 こういうことに慣れてるのかな。

「どっちもお願いします」

「ふふ、わかった」

 にこりと微笑まれて、どきっと胸が跳ねる。

 視線を逸らし、手早く着替えを済ませた。

 そう。僕はブラックコーヒーが飲めない。
 喫茶店で働いているのに情けないと思うけど、いつかきっと克服してみせる。

 だって、春哉さんの淹れたコーヒーを、そのまま味わってみたいから。

 ソファに腰を下ろすと、彼がやってきて、カップを差し出してくる。

「はい、熱いから気をつけてね」

「ありがとう」

 受け取ると、春哉さんはそのまま隣に腰掛け、自分のコーヒーをひと口飲んだ。

 もちろんブラック、それがやけに似合っている。

 僕も早く、ブラックの似合う大人になってみせるんだ。
 そう誓いながら、立ち上る香りに誘われてカップに口をつけた。

 おいしい。やっぱり春哉さんの淹れるコーヒーは格別だ。まあ、好きな人が淹れてくれたっていうのも大きいんだけど。

「……愛翔」

 振り向くと、春哉さんが真剣な面持ちでこちらを見つめていた。

「その……昨日は、嬉しかった。ありがとう」

 ふっと緩んだその表情を見て、昨日の出来事が次々と蘇る。

「いえ。僕も、嬉しかったです」

 本当に。

 もう会えないかもしれないと思って、正直かなり焦っていた。
 再会できたこと、そして気持ちが通じ合えたことが、なにより嬉しかった。

 カップを持ったまま、そっと彼を見つめ返す。

「昨日は、ゆっくり話せなかったから。
 俺のこと、愛翔にはすべて知ってもらいたいんだ。聞いてくれる?」

 少しだけ不安そうな瞳が、まっすぐこちらに向けられる。

 そうだ。まだ、ちゃんと話を聞けていなかった。

 僕も、春哉さんのことをもっと知りたい。過去も、今も、すべて受け止めたい。