僕が恋をしたのは――ひなたの恋と、春の影

 それから一週間後、もう一度春哉さんをデートに誘ってみた。
 でもやっぱり用事があると断られてしまう。じゃあ、と家に行きたいと伝えてみたけれど、それも同じように断られた。

 最近、妙に付き合いが悪い。

 これは……浮気されてる?

 そんな不安を見透かしたみたいに、春哉さんは僕を優しく抱きしめて、

「浮気とかじゃないから安心して。ただ、ちょっといろいろ忙しいんだ」

 少し気まずそうに笑った。

 どういう意味なんだろう。どう受け取ればいいんだろう。

 考えすぎてわからなくなった僕は、宏明に相談することにした。



 宏明の部屋で、一通り事情を話し終えた僕は、真剣な口調で尋ねた。

「ねえ、どう思う? やっぱりそうなのかなあ」

 不安でしかたがなかった。
 眉を寄せる僕とは対照的に、宏明はあっけらかんとした顔で言う。

「まあな。そうだと思うぜ」

 ずきっと胸が痛んだ。
 自分で考えるのと人からずばり言われるのとでは、ダメージがまるで違う。

「な、なんだよ。そんなはっきり……」

 のんきそうにジュースを飲んでいる彼を、じろりと睨みつける。
 すると宏明は、あきれたようにため息をついた。

「おまえが言ったんだろ?
 あのさ、その店長のこと信じられないわけ?」

 まっすぐな目でそう言われ、うっと言葉に詰まる。

「いや、もちろん……信じてるよ。春哉さんは真面目で、優しいし、浮気とかするような人じゃないし」

 もぞもぞと答えると、宏明は肩を竦めた。

「なら、信じるしかねえな」

「うん……」

 じとっとした目で見られる。

「なんなら、おまえも浮気する?」

 宏明はにやりと笑った。

「は? なに言って」

 次の瞬間、目の前に彼の顔が迫ってきた。

「え、なに?」

 慌てて視線を逸らす。
 ち、近いよ。ちょっと落ち着かないじゃん。告白されてるわけだし。

「あれ? もしかして緊張してるのか?」

 からかうような笑みを浮かべる宏明に、思わずむっとする。

「そんなわけないだろ? 宏明なんて」

「ふーん」

 さらに距離を詰められ、息が触れそうなほど顔が近づく。

 息ができない。っていうか、なんでこんなにドキドキするんだ?

 あれ? 宏明って、けっこう格好いい……。
 やばっ、なに考えてるんだ。

「やめろよ」

 体を押し返そうとしたけど、手首を掴まれてしまった。

「愛翔……」

 熱を帯びた眼差しで見つめられる。

「……え? ちょ、ちょっと」

 じわじわと迫ってくる宏明に、思わず後ずさる。けれど、彼は止まらない。

「や、やだ! 春哉さん!」

 気づけば、そう叫んでいた。

 ぴたりと宏明が動きを止め、ふっと笑う。

「ほら、やっぱり」

 にんまりと口元を緩め、さっと身を離した。

「いくら愚痴言ってたって、これだよ。はあ、やだやだ。ただの惚気じゃん」

 宏明は首を振りながら座り直し、ジュースを一口飲んだ。

「春哉さんのこと、信じてやれよ」

 真面目な顔でそんなことを言う彼は、いつもと少し雰囲気が違った。
 なんていうか、ちょっとイケメンに見えた。……って、いつもは違うみたいで失礼か。

「うん、わかってるよ。僕は春哉さんが好きだし、疑ってるわけじゃない。でも……不安になるんだよ」

「ああ、あの美女? 鞠さんだっけ?」

 そう言われて、彼女の姿が脳裏によみがえる。
 漫画から飛び出してきたみたいな色気ムンムンの女性だ。

「店長の気持ちは知らないけど、俺は愛翔のほうがいいかな」

 宏明は少し照れくさそうに視線をさまよわせた。

「え、な、なんだよ、急に……」

 ……嬉しいじゃないか。

「愛翔は可愛いよ」

 澄んだ瞳がまっすぐこちらを見つめていた。

「あ、ありがとう」

 どうしていいかわからなくて俯くと、部屋がしんと静まり返った。

 さっきから宏明の様子がおかしい。らしくないよ。

「まあ、あれだ。あんまり考え込むなよ」

 ふいに頭を撫でられ、気恥ずかしさをごまかすように小さく頷いた。

「そうだな……俺もちょっと調べてみるよ。あの店長のこと」

「え? やめてよ。変なことはしないでよ」

 余計なことされて、ややこしくなるのは嫌だった。

「わかってるって、任せとけ」

 自信ありげな笑みを向けられ、嫌な予感が胸をよぎった。

 いったい何を考えているのやら。……宏明のことだから、よからぬことをしでかしそうで怖いんだけど。

 そんな僕の心配をよそに、そのあとはまた他愛もない話で盛り上がった。

 やっぱり宏明といると楽でいい。
 昔からよく知っているし、彼の前では緊張しない。

 春哉さんは――。

 どうしてもいろいろ考えてしまって、いつもの自分でいられなくなる。
 こうして離れている今だって、心はずっとあの人に捉えられたままで、離してはくれない。

 恋って大変だなあ。