それからは、人の目が前ほど気にならなくなった。
それはきっと春哉さんのおかげだ。男だから女だからとか、僕はいったい何にこだわっていたんだろう。
こんな素敵な人を好きになるのは当たり前で。
この気持ちはもう消せない。何があっても僕は春哉さんが好きだ。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、気づけばもう夕方だった。
さよならの時間が近づいている。
家まで送ってもらった僕は、玄関の手前で立ち止まった。
辺りはもう薄暗く、街灯の灯りがぼんやりと春哉さんの顔を照らしている。見上げると、彼は微笑んだまま僕を見つめていた。
ゆっくりと顔が近づいてきて、もう少しで唇が触れそうになった、そのとき。
着信音が鳴った。
「あ……ごめん」
近づいていた体がさっと離れていく。温もりが消えて、寂しくなった。
ちぇ。もうちょっとだったのになあ。
ちらりと見ると、春哉さんは少し離れた場所で電話をしている。
真剣な表情。……いや、なんだか苦しそう? 眉間にしわが寄っている。
いったい誰からだろう。
しばらくして、電話を終えた彼がこちらに戻ってきた。
「待たせてごめんね。それじゃあ、またバイトで」
そう言って背を向けようとする。
僕は咄嗟に、その袖を掴んだ。
「え?」
驚いて振り返る春哉さん。
しまった。手が勝手に……でも、だってまだ。
見つめたままでいると、彼の表情がほんの少しゆるんだ。
そのまま顔が近づいてきて、唇が触れる。
あたたかくてやさしくて、とっても幸せな甘い時間が流れた。
離れたくない。
僕ったら、何を考えてるんだろう。ずっと一緒にはいられないのに。
でも、一緒にいたい。そんなわがままが頭に浮かんだ。
ゆっくりと顔が離れて、視線が再びからみ合う。
想いを込めると、春哉さんの瞳がわずかに揺れた。
「愛翔くん……今日はありがとう。すごく楽しかったよ。またデートしようね」
僕の頭を優しく撫で、にこりと笑うその顔はいつも通りに見えた。
けれど、なぜだろう。
わずかな違和感が胸に残る。
それは、さっきの電話――あの瞬間からはじまっていた。
春哉さんらしくない、妙な緊張感。
心配そうに見つめると、彼は優しく笑ってから僕の手をぎゅっと握った。
「大丈夫。大丈夫だよ。ありがとう」
なに? なにが大丈夫なの?
無言で問いかけるも、ふわりとかわされてしまう。
笑顔のまま、春哉さんは去っていった。
僕は、彼の背中が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。
さっきの「大丈夫」って、なに? なんだか、自分に言い聞かせるみたいだった。
春哉さんは何かを隠してる? それは、僕にも言えないことなのかな。
いったい何を抱えているの。
知りたい。彼のすべてを。
けれど、その違和感の正体がわからないまま、日々は過ぎていった。
それでも、春哉さんとのお付き合いは順調に続いていた。
毎日バイトに行くのが楽しみで、一週間のほとんどにシフトを入れていた。
祖父母は「そんなに働いて大丈夫か」って心配してくれるけど、
「いや、行かない方が元気出ないよ」
そう言ったら、不思議そうな顔をされた。
だって、店に行けば大好きな春哉さんに会えるから。
視線が合えばときめいて、触れ合えば心臓が落ち着かない。
休日には二人でデートして。
まるでラブラブなカップルみたいだった。
もう幸せすぎてこわいくらい。
――でもひとつだけ、頭から離れないことがあった。
宏明のことだ。彼とはいまだに仲直りできていない。
学校では避けられ、目が合えば視線を逸らされる。声をかけても無視とまではいかないけど、はぐらかされてばかり。
そりゃ、僕が悪いのかもしれない。
でも、そろそろ話してくれてもいいじゃないか。
宏明と気まずいままでいるのは、もう嫌だ。
そう思った日の放課後、僕は教室の出口で宏明を待っていた。
次々と生徒が出てくる中で、ようやくその姿を見つける。
「宏明!」
呼び止めるとこちらを見た。目が大きく開く。
「……愛翔」
くるりと背を向けられる。僕はそれを阻止するように彼の手を掴んだ。
今までなら、宏明の気持ちを尊重していた。そんなに嫌なら仕方ないって、どこかで遠慮してた。
でも、今日は違う。もう逃げない。
そっと振り返った彼と目が合う。その瞳は揺れていて、迷っているみたいだった。
しばしの沈黙。
そのあいだも、僕たちの様子をちらちらとうかがう生徒たちが横を通り過ぎていく。
やがてなにかを吹っ切るように、宏明が小さく笑った。
「わかった。わかったから、もう逃げないから」
ほっとして手を離すと、彼は気まずそうに視線を落とした。
それはきっと春哉さんのおかげだ。男だから女だからとか、僕はいったい何にこだわっていたんだろう。
こんな素敵な人を好きになるのは当たり前で。
この気持ちはもう消せない。何があっても僕は春哉さんが好きだ。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、気づけばもう夕方だった。
さよならの時間が近づいている。
家まで送ってもらった僕は、玄関の手前で立ち止まった。
辺りはもう薄暗く、街灯の灯りがぼんやりと春哉さんの顔を照らしている。見上げると、彼は微笑んだまま僕を見つめていた。
ゆっくりと顔が近づいてきて、もう少しで唇が触れそうになった、そのとき。
着信音が鳴った。
「あ……ごめん」
近づいていた体がさっと離れていく。温もりが消えて、寂しくなった。
ちぇ。もうちょっとだったのになあ。
ちらりと見ると、春哉さんは少し離れた場所で電話をしている。
真剣な表情。……いや、なんだか苦しそう? 眉間にしわが寄っている。
いったい誰からだろう。
しばらくして、電話を終えた彼がこちらに戻ってきた。
「待たせてごめんね。それじゃあ、またバイトで」
そう言って背を向けようとする。
僕は咄嗟に、その袖を掴んだ。
「え?」
驚いて振り返る春哉さん。
しまった。手が勝手に……でも、だってまだ。
見つめたままでいると、彼の表情がほんの少しゆるんだ。
そのまま顔が近づいてきて、唇が触れる。
あたたかくてやさしくて、とっても幸せな甘い時間が流れた。
離れたくない。
僕ったら、何を考えてるんだろう。ずっと一緒にはいられないのに。
でも、一緒にいたい。そんなわがままが頭に浮かんだ。
ゆっくりと顔が離れて、視線が再びからみ合う。
想いを込めると、春哉さんの瞳がわずかに揺れた。
「愛翔くん……今日はありがとう。すごく楽しかったよ。またデートしようね」
僕の頭を優しく撫で、にこりと笑うその顔はいつも通りに見えた。
けれど、なぜだろう。
わずかな違和感が胸に残る。
それは、さっきの電話――あの瞬間からはじまっていた。
春哉さんらしくない、妙な緊張感。
心配そうに見つめると、彼は優しく笑ってから僕の手をぎゅっと握った。
「大丈夫。大丈夫だよ。ありがとう」
なに? なにが大丈夫なの?
無言で問いかけるも、ふわりとかわされてしまう。
笑顔のまま、春哉さんは去っていった。
僕は、彼の背中が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。
さっきの「大丈夫」って、なに? なんだか、自分に言い聞かせるみたいだった。
春哉さんは何かを隠してる? それは、僕にも言えないことなのかな。
いったい何を抱えているの。
知りたい。彼のすべてを。
けれど、その違和感の正体がわからないまま、日々は過ぎていった。
それでも、春哉さんとのお付き合いは順調に続いていた。
毎日バイトに行くのが楽しみで、一週間のほとんどにシフトを入れていた。
祖父母は「そんなに働いて大丈夫か」って心配してくれるけど、
「いや、行かない方が元気出ないよ」
そう言ったら、不思議そうな顔をされた。
だって、店に行けば大好きな春哉さんに会えるから。
視線が合えばときめいて、触れ合えば心臓が落ち着かない。
休日には二人でデートして。
まるでラブラブなカップルみたいだった。
もう幸せすぎてこわいくらい。
――でもひとつだけ、頭から離れないことがあった。
宏明のことだ。彼とはいまだに仲直りできていない。
学校では避けられ、目が合えば視線を逸らされる。声をかけても無視とまではいかないけど、はぐらかされてばかり。
そりゃ、僕が悪いのかもしれない。
でも、そろそろ話してくれてもいいじゃないか。
宏明と気まずいままでいるのは、もう嫌だ。
そう思った日の放課後、僕は教室の出口で宏明を待っていた。
次々と生徒が出てくる中で、ようやくその姿を見つける。
「宏明!」
呼び止めるとこちらを見た。目が大きく開く。
「……愛翔」
くるりと背を向けられる。僕はそれを阻止するように彼の手を掴んだ。
今までなら、宏明の気持ちを尊重していた。そんなに嫌なら仕方ないって、どこかで遠慮してた。
でも、今日は違う。もう逃げない。
そっと振り返った彼と目が合う。その瞳は揺れていて、迷っているみたいだった。
しばしの沈黙。
そのあいだも、僕たちの様子をちらちらとうかがう生徒たちが横を通り過ぎていく。
やがてなにかを吹っ切るように、宏明が小さく笑った。
「わかった。わかったから、もう逃げないから」
ほっとして手を離すと、彼は気まずそうに視線を落とした。



