僕が恋をしたのは――ひなたの恋と、春の影

 昼食をとるため、僕たちは近くのお洒落なカフェへやってきた。

 まだ新しそうなお店で、店内は大勢の人で賑わっている。

「へえ、いいところだね。ま、俺の店のほうがいいけど」

 なんて軽口をたたきながら、ウインクされる。
 動揺しながらも、ほわっと胸があたたかくなった。

 こんなことも言うんだ。ちょっと意外かも。

 新しい一面が見られてなんだか嬉しい。春哉さんっていつも完璧で欠点が見えないから。
 すごいなって思う反面、僕だけに見せる顔があったらいいな……なんて考えてしまう。

 席に着いて注文を済ませる。

 僕はオムライスを頼み、春哉さんはカレーライス。

「俺、カレー好きなんだ」

「へえ、そうなんですね」

 好きな食べ物を知れたのが嬉しくて、自然と笑顔になる。
 すると、うかがうようにじっと見つめられた。

「えっと、なにか?」

 いつまでも視線が外れなくて、ちょっと照れくさい。

「うーん、愛翔くんの作ったカレーが食べたいなあって思って」

 にっこり微笑まれて、あ、そういうことかと納得する。

 でも、困ったな。

「僕、そんなに料理得意じゃないんですけど。でも……春哉さんのためなら、がんばります」

 ぐっと握りこぶしを作ると、彼はくすっと笑った。

「嬉しいな。待ってるね」

 本当に幸せそうに笑うものだから、僕までつられて頬が緩む。
 というか、格好よすぎてまともに見られないよ。

「は、はい……」

 もじもじしていると、ちょうどいいタイミングで店員さんが食事を運んできた。

「お待たせいたしました」

 ささっと料理を並べた女性店員は、ちらりと春哉さんを見て頬を染めた。
 彼がにこりと微笑むと、店員は顔を真っ赤にしたまま「ご、ごゆっくりどうぞ」と言い、いそいそと去っていった。

「……モテますね」

 ちょっと嫌味っぽくなってしまった。

 だって、やっぱり焼きもちやいちゃうよ。あんなにわかりやすい態度を見せられたら。
 でも仕方ない。本当に格好いいから。

「なに? 妬いてくれてるの?」

「なっ、ま、まあそうですね」

 悔しいけど本当のことだから、小さくこくりと頷いた。

「ほんと可愛いなあ。でも、愛翔くんだってモテるじゃない?」

 その言葉にぽかんと口を開けた。

 僕がモテる? 女性から? そんな、まさか。
 それとも――

 嫌な記憶がよぎって、気分が沈んだ。

「それって、男性からってことですか?」

「いや、そうとは限らないよ」

 意味深な笑みを残したまま、春哉さんは目の前の料理に視線を落とした。

「さ、食べよう。おいしそうだね」

 そう言って、スプーンを手に取る。

 なんだか誤魔化された気がする。
 でも、僕もお腹が空いていたからオムライスに目を向けた。

 うん、おいしそう。

「いただきます」

 ぱくりとひと口。
 卵がとろとろで、僕好みだ。

 夢中で食べ進めていると、途中で声をかけられた。

「ねえ、僕にも一口ちょうだい」

「え!?」

 ちょうどすくったばかりのスプーンを持ったまま、固まってしまう。
 それをじっと見つめながら、にこにこと微笑む春哉さん。

 こ、これ?

 僕は自分の手元を凝視する。

 かあっと顔が熱くなった。
 は、恥ずかしい。
 それに、こんなところを見られたら、またどんな反応をされるかわからない。

 周りに視線を向けると、

「あーん」

 春哉さんが口を開けて、目で合図してきた。

 ええ!?

 驚きで目をぱちぱちと瞬かせる。
 でも、やめる気なんてまったくなさそうだ。このまま放っておくわけにもいかないし……ええい、こうなったらもうやけだ。

 勢いよく、スプーンを差し出した。

 それをぱくっと頬張った春哉さんは、もぐもぐ味わってから、

「うん、おいしい」

 頬をゆるめて笑う彼に、つい見惚れてしまう。

 嬉しい。喜んでくれた。
 じーんと胸が熱くなった、そのとき。

「ねえ、あれ……」

 こそこそとした話し声が耳に入った。

 僕たちのことを話してるのかな。そう思うと不安になって、あたりを見回してしまう。

 こちらに視線が向いている気がしてならない。
 男同士であーんなんて、やっぱり目立つよね。

 視線を落とす。さっきまでの楽しい気分がしぼんでしまった。

「愛翔くん」

 そっとやさしい声が落ちる。
 目を向けると、春哉さんが穏やかに微笑んでいた。

「気にしないの。前から思ってたけど、愛翔くんって周りの目を気にするよね?
 うーん、なんていうか、人からどう見られるか、かな」

「え……そう、ですか」

 わかってる。
 でも、認めたくなかった。そこは僕の嫌いな部分だったから。

「それは愛翔くんのいいところでもあるよ。些細な変化にも気づけて、それが優しさにも繋がっている。
 ただ、そのせいで生きづらくなってるのかな、とも思うんだ」

 僕は黙り込んだ。

 痛いところを突かれた気がした。
 ずっと直したいと思っていたことだし、それを大好きな人に知られたのが恥ずかしくて、少し悔しかった。

「たった一度きりの人生だよ。
 人の目や評価なんて気にしなくていいんじゃないかな。
 君のその優しさは、とても大切で貴重なものだけど……それで愛翔くん自身が苦しくなったら、元も子もない。
 愛翔くんはそのままで素敵だよ。自分の思うままに生きればいい」

 にこりと笑う春哉さんは、眩しいくらいに輝いて見えた。

 なんて素敵な人なんだろう。
 胸の奥がふわっとあたたまって、熱いものが込み上げてくる。

 僕も春哉さんのように、強くて、あたたかくて、人のことを思いやれる人になりたい。

「……はい」

 うなずくと、彼はくすっと笑った。

「そんな真面目に捉えないで。
 そういうところも含めて、ぜんぶ愛しいんだけどね」

「え!」

 目を丸くする。胸がどきんと跳ねた。

「さ、今は何も気にしないで、デートを楽しもう」

 そう言うと、今度は春哉さんがカレーをすくい、僕に差し出した。

 切り替え早いなあ。
 せっかく感動してたのに。でも、こんなところも好きなんだよなあ。

 スプーンにぱくっとかぶりつくと、春哉さんは目を細めて嬉しそうに笑った。

 そうだよ。彼と一緒にいれば大丈夫。
 なにも気にすることなんてない。そんなふうに自然と思えた。

 春哉さんといると、僕は変わっていける。

 強くなれる。

 恋って、不思議だ。人を変えるみたいだ。