僕が恋をしたのは――ひなたの恋と、春の影

 デート当日がやってきた。
 駅前のロータリーは日曜ということもあり、待ち合わせの人たちで混み合っていた。

 けっこう早く着いちゃったな。

 きょろきょろと辺りを見回す。

 あ、いた。
 人混みの中でも、すぐ春哉さんだとわかった。

「はる――」

 呼びかけようとして、ためらった。

 好奇の目にさらされた記憶がよみがえり、足がすくむ。
 こんなに大勢の前で、もし僕たちのことがバレたらどんなふうに見られるんだろう。

 いやだ。
 また傷つくのは、もう嫌だ。

 ぎゅっとまぶたを閉じた、そのとき。

「愛翔くん!」

 よく通る声が耳に届いた。

 そっと目を開けると、春哉さんがこちらへ駆け寄ってくる。
 目の前で立ち止まった彼は、僕を見て目元を緩めた。

「早いね。……あ、可愛い」

 かあっと顔が熱くなる。

 春哉さんは、僕の姿を上から下まで眺めた。

 張り切ってお洒落してきてよかった。鏡の前で相当悩んだんだよね。
 ……って、可愛いって。
 まあいいか。春哉さんに言われるのは嫌じゃない。

 もじもじしていると、彼が嬉しそうに笑い、ふわりと抱きしめてきた。

「ひえっ」

 変な声が出る。
 コロンの匂いが鼻先をかすめて、体の奥がふわっと浮いた。

 温もりと匂いにくらくらする。気が遠くなりそう。

 っていうか、それより。
 勢いよく身を引くと、春哉さんは驚いたようにこちらを見つめていた。

 こんな公衆の面前で男ふたりが抱き合ってたら、また変な目で見られる。

 ……わかってるのかな。

 じっと見ると、からりと爽やかな笑みを向けられた。

「どうしたの? さ、行こう」

 春哉さんは僕の手を握ると、そのまま手を繋いで歩きだす。

「あ、あの……」

 振り払うわけにもいかず戸惑っていると、

「大丈夫、俺がついてるから。今日はおもいきり楽しもう」

 まっすぐそう言われて、どきっとした。

 なんでかな。
 春哉さんがいれば平気な気がしてきた。

 まあ、いいか。なんて。

 いやいや、だめだろ。……だめ、だよね?

 頭の中でぐるぐる悩んでいるうちに、僕は春哉さんに手を引かれていった。


 やってきたのは映画館。

「どれが観たい?」

 上映作品が並ぶ画面を見ながら、春哉さんが聞いてくる。繋いだ手は、そのままだ。

「……別に。春哉さんが観たいものでいいです」

 思ったより声が小さくなってしまう。
 僕の返事を聞くと、彼はすぐに答えた。

「そっか。なら、これにしよう。ちょっと待ってて、チケット買ってくる」

 春哉さんは上映作品のひとつを指さすと、ようやく僕の手を離し、チケット売り場へ向かった。

 ちょっとほっとしたような……でも、寂しいような。
 あーもう、矛盾してるなあ。

 楽しそうにおしゃべりしながら、何人かの客が通り過ぎていく。僕たちのほうを見ている人なんて誰もいない。

 そうだよ。アイドルじゃあるまいし。
 はあ、何してるんだろう。
 せっかくの初デートなのに人の目ばかり気にして。

 最低だよ。春哉さんはそんなこと気にしてないのに。

 よし、もっと楽しむぞ。

 なんて気合いを入れ直していると、

「お待たせ」

 春哉さんが戻ってきた。

 その手には、チケットが二枚とポップコーンとジュース。

「買ってきてくれたんですか?」

「うん。さ、楽しもう」

 やさしくウインクされて、どう反応していいかわからなかった。



 ……って、映画に集中できないよ!

 隣を見ると、春哉さんの横顔がある。
 暗がりだけど、スクリーンの光に照らされてうっすら表情が見えた。

 かっこいいなあ。
 ぼーっと見つめていたら、目が合った。

「あ、あの、その」

 なんで慌ててるんだろう。
 別にいいじゃん、恋人同士なんだから。

 ……そう。でも、まだ実感がわかないんだよ。ずっと夢心地だから。

「ふふっ、どうしたの?」

 笑われてしまった。

「なんでもないです……いや、その。格好いいなって思って」

 言った途端、めちゃくちゃ恥ずかしくなって、顔がかあっと熱くなる。

 春哉さんはきょとんとした顔で、数秒だけ黙っていた。

「……そんな可愛いこと言うの、ずるい」

 そう言って、やさしく口づけられた。

 息が止まる。

 な、なんだ、これー!
 びっくりしすぎて目を見開いたまま固まってしまう。

 静かな空間で、映画の音と僕の鼓動だけがやけにうるさかった。

 唇が離れて、ようやく息ができる。
 乱れた呼吸を整えながら春哉さんを見ると、彼はもう前を向いていて、その表情からは何も読み取れなかった。

 なんなの。なんでいつもそんなに余裕なの?
 僕ばっかりわたわたして、恥ずかしいよぉ。

 周りを見渡しても、みんな映画に夢中で、やっぱりこちらを気にしている人なんていなかった。

 とりあえず、ほっとする。

 なんて言えばいいかわからず、そのまま下を向いて黙り込んだ。
 すると、膝の上に置いていた手に、春哉さんの指先が重なってきた。

 肩がぴくりと揺れる。

 ぎゅっと握られる。
 その温もりと感触に、もうどうにかなってしまいそうだった。

 おろおろと視線をさまよわせることしかできない。

 さっきから、いったいどういうつもりなの?

 次の瞬間、肩を抱かれて引き寄せられる。身体がぴたりと寄り添った。

 今度はそれかよ!

 全身に熱が駆け巡った。

 キス、手つなぎの次は、肩を抱いて寄り添う。
 この暗闇で誰もこちらを見ていないとはいえ……さすがに身がもたないよ。

 でも、嬉しい。

 その体温を感じながら、目を閉じた。

 好き。好き。大好き。
 この想いはもう止められない。

 そっと隣をうかがうと、ちょうど目が合って、また心臓が破裂しそうなくらい跳ねた。
 耐えられなくなって慌てて前を向くのに、気になって、またこっそり横目で追ってしまう。

 結局、映画なんてろくに見られなかった。