僕が恋をしたのは――ひなたの恋と、春の影

 放課後。
 落ち込んだ気持ちを引きずったまま、ゆっくりと校門をくぐり、大きなため息をこぼした。

 隣へ目を向けるけど、そこにいつもの姿はない。

 ――宏明。

 あれ以来、ずっと気まずいままだ。

 学校ですれ違うことはある。ちらりとこちらを見ることはあっても、目が合う前にすぐ逸らされてしまう。
 声をかけても返ってくるのは短い言葉だけで、そのまま足早に行ってしまう。

 無視されているわけじゃない。でも、明らかに今までとは違っていた。

 いちばんの変化は、笑顔が見られなくなったこと。
 宏明の、あの笑った顔が好きだった。もう僕には向けてもらえないのだろうか。
 ……なんて、そんな馬鹿なと思うけど。

 バイトの帰りも、迎えに来てくれなくなった。
 僕を見つけると目を輝かせて飛んできてくれた彼の姿が脳裏に浮かぶ。

 なんでこうなっちゃったんだろう。相談したのがいけなかったのかな。それとも、言い方が悪かった?
 怒っている理由がわからないから、どうしていいのかもわからないよ。

 大きく息を吐いて、空を見上げた。

 少し曇った空。
 まるで、今の僕の気持ちみたい。

 ……また、相談したかったのにな。春哉さんのこと。

 この悩み、一人で抱えるには重たかった。

 宏明に頼りたい。
 そうやって、いつも頼ってばかりだからあきれてしまったのかな。

 足元にあった小石を蹴る。
 もやもやとした気持ちが腹の底にへばりついていて、なんだか無性に春哉さんに会いたくなった。

「よしっ」

 気持ちを切り替えるように顔を上げ、僕はバイト先へ向かった。


 出勤してすぐ、綺麗な女性が目に飛び込んできた。

 あれ? 誰だろう。
 カウンター越しに春哉さんと楽しそうに談笑している。

 お客さんかな。

 二人とも自然な笑顔で、空気までやわらいでいる。

 初めて見る顔だ。あんな美人、一度見たら忘れないはず。

 つい目を奪われていると、彼女と目が合ってしまった。

 はっとして視線を逸らす。
 けれど、もう遅かったような気がした。

「愛翔くん」

 呼ばれて振り向くと、春哉さんがおいでと手招きしている。

 うっ、行きづらいなあ。でも逆らうわけにもいかないし。
 足取りは重いけど、二人のもとへ歩み寄っていく。

 近づくにつれて、彼女の魅力がはっきりとわかってきた。

 ……やっぱり美人だ。
 モデルとか、そういう関係の人なのかな。
 光沢のあるロングヘアはゆるく波打っていて、透き通るような肌も、艶のある唇も、妙に目を引く。

 それに、スタイルも良くて。つい胸元に目がいってしまう。
 って、何見てるんだ。僕は変態か。

 心の中でツッコミを入れながらも、なぜか目が離せなかった。

 それほどに彼女は綺麗だった。

「この子、誰? 新人さん?」

 僕を見ながら、彼女は春哉さんの腕に触れる。
 その仕草に、胸がドクンと鳴った。

 ……触れないでほしい。

「ああ、新人さんだよ。この前から働いてもらってる」

 春哉さんは優しい笑顔で答える。
 彼女はにこりと微笑んでから、今度は僕へ視線を移し、舐めるように眺めた。

「ふーん」

 意味深な笑み。妖艶で、どこか色っぽい。

 こんな綺麗な人が、春哉さんの知り合い?

 ……ちょっと、いや、かなり。

 いやだ。

「よろしくね。えーと……」

「日向愛翔です」

 なぜか対抗心が湧いて、少し強めに言ってしまう。

 でも、彼女は表情を変えなかった。

「愛翔くん、ね。かわいい」

 くすっと笑って、また春哉さんへ視線を向ける。

「な、なんだよ」

「なんでも」

 彼女は楽しそうに笑い、春哉さんは困ったような顔をする。

 なに、この感じ。二人にしかわからない会話をされているみたいで、すごく不愉快だ。

 睨みつけていると、春哉さんがこちらを見た。
 咄嗟に笑みを作った。

「ああ、ごめん。紹介がまだだったね」

 ……別に、紹介してくれなくてもいいのに。

「彼女は、木崎(きざき)鞠(まり)さん。この店の常連だよ」

「よろしくね、愛翔くん」

 鞠さんが手を差し出す。

 少し迷ってから、その手を軽く握った。
 ふわりといい香りが鼻をかすめる。どこか色っぽい、大人の女性らしい香りだった。

 胸がズキズキと痛む。さっきからずっとだ。

 なんだ、これ。

「よろしくお願いします。じゃあ、仕事がありますので」

 鞠さんの顔をまともに見られなくて、そそくさとその場を離れた。

 ……もしかして、僕。

 彼女に嫉妬してるのか?