『鍋が空になるって、気持ちいい』
全部食べてしまったことを謝る高瀬君に、そう言ってみせる。それにあんなに美味しそうに食べてくれたのだ。満足感がすごかった。
佐藤君が鍋や食器を洗ってくれて、佐々木君がそれを拭いてくれる。高瀬君は二人に「食器が爆発するから座ってて」と言われていた。食器って、どうやったら爆発するんだろう?
「調理部って、菓子類以外も作るんだ?」
「うん。部活では大体お菓子だけど、今日は部活の日じゃないからおかず系を練習してたんだ。先生にお願いして個人的に借りてて」
「部活って、毎日じゃねぇの?」
「調理部は水曜日だけだよ。部費がそんなにないから、材料費との兼ね合いで」
「材料費……ごめん、俺、何も考えずに貰ってた。ちゃんと払うから」
「えっ、大丈夫だよっ。作るのが部活だし、あげても食べても同じだしっ」
財布を出そうとする高瀬君を慌てて止める。「他の部員も、友達とかにあげてるから!」と言って何とか高瀬君に財布をしまわせたのに、佐藤君が気付かなくてもいいことに気付いてしまった。
「でも個人的に借りてるってことは、水曜以外は、櫻井君の自腹なんじゃない?」
また高瀬君が財布を取り出す。食器を洗い終えた佐藤君が、笑顔で電子マネーの送金画面を開いた。
「あのっ、確かにバイト代で買ってるけどっ、でも作るのが好きだけど僕は少食だから、食べてくれる人がいるのは助かるというかっ……」
「わかる~! クレーンゲーム好きだけど取ったのは置き場に困るから、貰ってくれたら嬉しい!」
「そうっ、それと同じっ」
「オレが遊ぶんだし、人からお金貰うのは違うんだよな~。それだと楽しめないじゃん。オレはオレの金で遊ぶんだ~!」
「そう、それっ」
佐々木君に激しく同意する。
「貰う方は、感謝を伝える気持ちでお返ししてくれたらオレは嬉しい! 櫻井君! 肉じゃがありがとう! オレの笑顔でWin-Winだよね!」
「うんっ、ありがとう佐々木君っ」
にこーっと笑う笑顔でおつりが来てしまう。佐々木君は、僕より背が高いのに可愛いな。
「櫻井君。俺も笑顔でお返しするね」
「あっ、ありがとうございますっ」
「どうして俺には敬語なの?」
「ごめんっ、佐藤君、大人っぽいから……」
「嬉しいな。ありがとう」
この落ち着きと柔らかい笑顔。同じ二年生とは思えない。
「湊はファンの子たちから、正統派王子様って言われてるよな!」
「陽向は光属性のアイドルだよね」
ファンがいるのが驚きだよ……いや、彼らくらいになると、ファンクラブもあるのかもしれない。
「蓮は、眠れる王子様だよね」
「休み時間も部活の休憩中も、だいたい寝てるもんな~」
ううっ、いっぱい食べさせたいっ……でも栄養不足じゃなくて成長期で眠いのかもしれないっ。
「あの、高瀬君。これからはお菓子じゃなくて、おかず系にしようか?」
「貰う側で申し訳ないけど……甘いのでお願いします。普段は嗜好品を買うなら腹の膨れる肉まんを買うから、甘いのは貴重で」
なるほど。そういう理由で甘いものを欲してたのか。
「親から昼食代は貰ってるけど、俺、よく食うし。弟が来年中学に上がったら、成長期で俺と同じくらい食うようになるだろうし、家計が心配で……」
「蓮はいい子なんだよ。バイトしようとしたらお母さんに、インターハイとウィンターカップ優勝しろ。話はそれからだ。って言われたんだよね」
佐藤君が高瀬君の肩をポンッと叩く。
「そうなんだ。かっこよくて優しいお母さんだね」
「ん……ありがと。両親揃って、俺を応援するのが生きがいだからって言ってくれてる」
いいご両親だなあ。微笑ましく思っていると、嬉しそうに頬を緩めていた高瀬君が、突然ムッとした。
「親褒められんのってむず痒い……」
照れてたのか。それもまた微笑ましくて、僕の頬は緩みっぱなしになってしまった。
家庭科室の鍵を職員室に返して昇降口に行くと、三人が僕を待っていた。
「コイツらも途中まで一緒だから」
高瀬君がそう言うと、佐藤君と佐々木君がヒラヒラと手を振った。
校門を出たところで、佐藤君がふと気付いた顔をする。
「そういえば、蓮。さっきお返し、櫻井君にしてないよ?」
「お返し? ……そっか。櫻井。お返し、俺の笑顔でもいい?」
「えっ、うんっ、ありがとうっ」
そういえばそんな話をしていた。思わず先にお礼を言ってしまったら、高瀬君はクスッと笑って「うまかった。ごちそうさま」と言ってくれた。いつも通り、高い位置から目を合わせて笑ってくれるけど……これって女子にもしてるのかな? みんな勘違いしちゃうかも……。
「蓮もさすがに、女の子に言う時はもっと離れてるから、安心していいよ」
「……佐藤君って、心が読めたりする?」
「あ。バレちゃった」
「えっ」
「嘘つくな。櫻井がわかりやすいだけだろ」
「うんうん、わかりやすいよね~」
えっ、僕ってわかりやすいんだ……。佐藤君も佐々木君も今日が初対面なのに、大きく頷いていた。
「俺たちの周りにはいないタイプだよね。陽向みたいに全部言葉にしないのに、考えてることがわかるなんて」
「蓮と湊は全然わかんないし、オレ、櫻井君と友達になれて嬉しいっ」
友達……?
「蓮の友達は、オレの友達!」
「蓮のものは、俺のものだからね」
「ガキ大将かよ」
高瀬君が呆れたように溜め息をつく。でも否定しないってことは、高瀬君にとって僕はもう友達ってこと?
「僕、あまり男友達いないから、嬉しい……」
「うっわぁあっ! 素直~! 蓮も湊も見習えよなっ」
「俺は素直だよ?」
「俺も」
「ふてぶてしいし可愛さが足りないっ」
ワッと叫ぶと、佐藤君が「俺は可愛いよ?」と笑って、高瀬君は「うるさい」と言いつつ口元に笑みを作っていた。こんなに賑やかな帰り道は初めてで、僕も笑顔になる。
そこでふいに、高瀬君が僕の方を振り向いた。
「おかず系も練習してんだ?」
「えっ、うん。両親が共働きなこともあるけど、卒業したら一人暮らしするつもりだから」
「引っ越し先、遠いとこ?」
「県内か、隣の県で考えてるよ」
僕は性格がこうだし、全く知らない土地に行くのは不安がある。幸い、近くに希望の進学先が揃っていた。
「蓮も一緒に住んだら?」
「何でだよ」
「櫻井君に胃袋掴まれちゃってるだろ〜?」
「否定しないけど、それとこれとは別だろ」
胃袋掴まれたのは否定しないんだ……。
まだお菓子が二回と肉じゃが一回なのに、そんなにも僕の作ったものを気に入ってくれて嬉しい。嬉しいから、進路にまた悩んでしまう。
「俺たちこっちだけど、櫻井君は?」
「櫻井は俺と、同じ方向」
「そっか。櫻井君、またね」
「またなー!」
「うんっ。またねっ」
太陽のような笑顔に、つられて笑顔になる。佐々木君は勢いがすごいけど、明るくていい人だな。すぐそこの角を曲がるまでブンブンと手を振ってくれて、僕も振り返した。
「騒がしくてごめん。さっき聞きたかったんだけど、進路はやっぱ、料理関係?」
「まだ悩み中なんだ。料理は好きだけど、好きなだけじゃ仕事としてやっていけないと思うし……でも、一日中料理をしていられるなら、幸せだなとは思うよ」
趣味が義務になるとつらくなると聞くけど、仕事中は仕事用の料理だと割り切れば、つらくないかもしれない。でもそれを確かめるのが怖くて、バイトは全く関係のないドラッグストアの裏方だったりする。
「櫻井って、しっかりしてるよな。じゃあ、料理の専門か、大学行きながら料理勉強するか、考えてる感じ?」
「うん……」
「そっか。もし俺で相談相手になるなら、いつでも連絡してよ」
そう言った表情が優しくて、こういうところはお兄ちゃんだなと思う。ありがとうと言うと、うん、とまた優しい眼差しが返ってきた。
「高瀬君は進路決まってる?」
「俺は……誰にも言わないで欲しいんだけど」
「うん」
「……プロバスケ選手、目指してる」
「えっ、すごいっ」
「なれると思う?」
「高瀬君がバスケしてるところ見たことないからわからないけど、叶えるために頑張ってるんだよね。僕、全力で応援するよ」
見たとしても多分、バスケをしたことがない俺にはわからない。でも、高瀬君の進む先を心から応援したい。
「なれる、って即答しないんだ」
「えっ、ごめんっ」
「いい意味だよ。ただの夢じゃなくて、現実的な進路として受けとめてくれるんだなって」
「だって、本気で目指して練習してるんでしょう?」
なれればいいな、という雰囲気じゃなかった。それなら安易に「なれるよ」とは言えない。バスケしてるところを見たことがあれば、言えたかもしれないけど。
「本気で目指してる。……今度、練習観に来てよ」
「うん。じゃあ、明日行くね」
「えっ」
「え?」
「いや……うん、明日、頑張るから」
「頑張ってね」
運動部の部活を観に行くのは初めてで、ワクワクする。クラスの女子が、体育館の二階から見られると言っていたのを思い出した。明日は片隅でひっそり見学させて貰おう。


