俺を好きじゃないやつが作った菓子とか最高じゃん、とバスケ部のエースが言ったから


 翌日も家庭科室を借りて、肉じゃがを作っていた。
 出来上がったら、しっかり冷まして密閉容器に詰めて、保冷バッグに保冷剤を大量投入して持ち帰る。万が一傷んだ時は自己責任だから、これは僕の夕食と、胃腸が強いと豪語する父親の夜食用だ。

 基本的に焼き菓子以外は、部活中に食べきる。持ち帰れるのは柘植先生の徹底的なレクチャーを受けた僕と、もう一人の部員だけだ。

 柘植先生、と考えて、ふと昨日の高瀬君を思い出した。

「先生と話してた時の高瀬君、元気だったな」

 普段はゆるっとして気怠げなのに、昨日はクラスの男子くらい高いテンションで話していた。帰り道でも、バスケの話をたくさんしてくれた。

「あれ……? もしかして……栄養不足?」

 初対面の時を思い出す。髪がベシャベシャなことに気付かなかったのも、もしかしてお腹が空いていたから……?
 そういえば近所の人が、「成長期の運動部男子の胃袋はブラックホールよ」と言っていた。きっと高瀬君もそうなんだろう。そうじゃなければ、初対面の時にクッキーと聞こえただけで、ちょうだい、とは言ってこないんじゃないだろうか。

「いっぱい、食べさせたいな……」

 ぽろっとそんな言葉がこぼれる。僕自身驚いた。でも、あんなに嬉しそうに食べて貰えるなら、作り甲斐があるというものだ。
 今から連絡したら、食べにきてくれるかな……。グツグツと煮える鍋を見つめる。


櫻井 真尋(さくらい まひろ)君?」
「えっ? はいっ」

 咄嗟に鍋の火を消して、振り返る。
 誰だろう?
 青いネクタイってことは、同じ二年生だ。センター分けの前髪がすごく似合う、大人っぽい美形だ。もう一人は、少し跳ねた髪が可愛い印象の、アイドルみたいな人。どちらも背が高くて手足が長い。見覚えがないから、スポーツ課かな?

高瀬 蓮(たかせ れん)と同じバスケ部の、佐藤 湊(さとう みなと)です」
「オレもバスケ部で、佐々木 陽向(ささき ひなた)だよ」
「あっ、高瀬君の……」

 お友達、だなあ……。

 キラキラしてて、眩しくすらある。思わず目を細めて見つめてしまったら、佐藤君がクスッと笑った。

「櫻井君。この前は蓮におやつをあげてくれて、ありがとう」
「おやつ……あの、どういたしまして……?」
「蓮はいつもボヤッとしてるけど、この前は、練習再開したらキビキビ指示を出してたんだ。どうしたのか聞いたら、クッキーを貰ったと言ってて」

 高瀬君、やっぱりいつもお腹が空いてるんだ……。

「蓮が手作りを食べるなんて相当のことだし、作った相手が誰かは教えてくれないし。色々探って、櫻井君のことを知って、挨拶に来ました」

 佐藤君が爽やかに笑う。でも、なんだろう……ちょっと怖くて、そっと目を逸らしてしまう。僕、もしかして警戒されてる?


「お前らに教えなかったのは、櫻井に迷惑かけるからだよ」
「っ、高瀬君?」

 部活用の鞄を床に置いて、僕と佐藤君たちの間に立つ。

「迷惑なんて酷いなあ」
「そうだそうだ! オレも櫻井君のお菓子食べたいよ~!」
「胡散臭いしうるさい」

 サラッと一蹴して、僕の方を向き直る。

「櫻井、騒がしくてごめん。コイツらがバレー部のあいつ……山口? と話してたから、ここに来てるんじゃないかと思って。こら、勝手に開けるな」
「肉じゃが美味しそ~っ」

 いつの間に背後に回ったのか、佐々木君が鍋の蓋を開けていた。隣で佐藤君も鍋を覗き込む。

「櫻井君はお菓子以外も作れるんだね。俺、こんな風にじゃがいもがほろほろの肉じゃが、大好きなんだ」
「遠回しにねだるな」
「櫻井君、お願いっ。味見させて?」
「直接ねだるな」

 高瀬君は蓋を閉めて、ごめん、と眉を下げた。三人のやり取りがテンポのいいボケツッコミみたいで、つい笑ってしまう。
 父さんの夜食は帰ってから作っても間に合うし……。

「もし時間があるなら、食べて行かない?」
「やった~! 櫻井君大好き~!」
「ありがとう、櫻井君。お皿とお箸出すね」
「櫻井、ごめん……」

 ササッと食器を取りに行く二人に、高瀬君が頭を抱えた。

「高瀬君、お兄ちゃんみたいだね」
「家ではお兄ちゃんだからな」

 そう言って笑う顔がどこか得意げで、ちょっと可愛いと思ってしまう。


「味見がまだだから、ちょっと待っててね」

 小皿に注いで、味をみる。

「うん……高瀬君、ちょっと味見して貰っていい? 運動後だから薄く感じるかも」

 小皿を置いて、別の小皿を手に取る。それに注ぐ前に、高瀬君は僕が味見した残りを飲み干していた。

「ん。うまい。薄めだけど、米がないからこれくらいがちょうどいいと思う」
「そっか。よかった」
「あーっ、蓮、間接キスじゃんっ」
「蓮。文化部の人に、回し飲みの感覚でやったら駄目だよ」

 佐々木君がからかって、佐藤君が冷静にダメ出しをする。高瀬君はハッとして、じわじわと小皿を机に置いた。

「あの、大丈夫だよ? 女子じゃないんだし」

 三人にとっては、文化部は繊細なイメージなのかな? 部活に関係なく、回し飲みが平気かどうかは人によると思うけど……。

「あっ、高瀬君は大丈夫っ?」

 前に自分の一部を入れたお菓子を貰ったそうだから、トラウマになっているかもしれない。心配したものの、高瀬君はキョトンとしていた。

「俺? 大丈夫」
「櫻井君には話してるんだ? 蓮のことを恋愛的に好きじゃない人なら、回し飲みも大丈夫だよ」
「……あ、その話か。間接キスのことかと思った。俺は大丈夫だけど、櫻井は繊細だから心配した」

 高瀬君にも繊細だと思われてたのか……確かに僕、三人に囲まれると小さいしヒョロッとして見えるもんな……。

「僕も平気だよ」

 というか、僕が口つけた後だし。間接キスという単語にちょっとドキッとしたけど、変に意識するのもおかしいよね。


「大丈夫なら、肉じゃがお願いします!」
「お願いします」

 佐々木君と佐藤君がサッと食器を差し出す。素直な二人に思わず微笑ましくなって、こぼれそうなくらい大盛りに注いだ。

「わーい大盛りっ、ありがとう櫻井君っ」
「櫻井君、ありがとう。陽向は愛嬌だけで生きていけるね」
「いただきまーすっ」

 元気な二人に、自然と「どうぞ召し上がれ」という、人生で一度も使ったことのない言葉がこぼれる。さすが高瀬君のお友達。俺の中に無意識にあった、食べさせたい欲を満たしてくれる。

「うん。美味しい。鍋ごと食べたいくらい」
「櫻井君! 今度は肉じゃが丼作って~!」
「ねだるな。騒ぐな。迷惑かけるな」

 お兄ちゃんらしい高瀬君に、また笑みがこぼれる。そんな高瀬君も噛み締めるように食べてくれていた。

「うま……」

 目をキラキラさせるから、今度は白米も用意しようかなと思う。
 おかわりは、と言ってみたら、三人から元気な返事が返ってきた。