俺を好きじゃないやつが作った菓子とか最高じゃん、とバスケ部のエースが言ったから


 約束の月曜日。
 誰もいない場所で渡すならと、ずっとやりたかったオシャレな包装をしてリボンを巻く。思いのほか上手に出来て、いろんな角度から写真を撮ってしまった。
 そうこうするうちに、家庭科室の扉が開く。

「櫻井、遅くなってごめん。ってか、あのスタンプマジで腹筋死ぬって」
「あはは、ごめんね」

 練習終わった、という連絡がきた時に、食パンが振り返って『了解ー!』と叫ぶスタンプを送った。返ってきたのは、リスが大笑いするスタンプと、倒れるスタンプだった。

「でもクセになるのがなんか悔しい。……誰か誕生日?」
「え?」
「それ。プレゼント?」
「あ、これ、高瀬君にあげるお菓子だよ。今日は周りに誰もいないし、いいかなと思って。本当はずっと、包装にもこだわりたかったんだ」

 自分的に上出来なそれを手に取る。そこでハッとした。

「あっ、でも高瀬君がこれ見られたら、女の子たちの争いの火種になるよね。ごめん……」

 誰かから貰ったと噂になったら、次々に押し寄せる可能性がある。高瀬君は手作りを食べられないのに、どうしよう……。

「買ったって言えばいいよ。店で売ってても不思議じゃないくらい上手だし。心配してくれてありがと」
「っ、こっちこそ、包装褒めてくれてありがとう……」

 目を見てお礼を言うのは、ご両親の教育かな? 初対面の時にも思ったけど、自然体でやってるから、予測できなくてドキッとする。男の僕でもこれだから、女子は大変だろうな。

「俺からちょうだいってお願いしててあれだけど、本当に貰っていいの? あげる人、いっぱいいそうだったけど。クラスの女子とか」
「女子にあげるのはちょっと……彼氏とか好きな人とかに見られたら、誤解されるかもしれないし」
「櫻井、彼氏いるんだ?」
「え?」
「ん? ……あ、女子たちの彼氏か」

 さらりと言って、俺の向かい側に座る。
 彼氏いるんだ? って……高瀬君は大学生の彼女がいたと言ってたし、男女どっちも好きになれる人なのかな?
 それとも、僕がそう見えた?
 だとしたら、山口に毎週のように差し入れをする僕は、周りからはどう見られていたんだろう。山口に迷惑をかけていたらどうしよう……。


「ちょっとだけ、ここで食べてっていい?」
「えっ、あっ、うん、いいよ」

 持っていた包みを差し出すと、ありがと、と言って、光が当たるように移動しながら写真を撮る。見せてくれた写真は、本当にお店で売ってるみたいに綺麗に撮れていた。

「櫻井って器用だよな。センスもいいし。……あとで復元できるように開けたい」
「解いちゃっていいよ。また包むから」

 リボンを解かずに外そうとする高瀬君に、ついクスッと笑ってしまう。包装まで大事にしてくれるのがとても嬉しい。

「すごい。高そうなのもある」
「好きかなと思って、フィナンシェも焼いてみたんだ」
「すごい。プロじゃん」

 すごいを連呼して、いただきます、と礼儀正しく言ってフィナンシェをかじった。

「うっま……じゅわってした」

 高瀬君の目がキラキラする。バターが多めのレシピにして正解だったみたいだ。
 しっかりと味わってくれて、次はクッキーをかじる。

「あー、うっまい。前に貰ったのより甘めだ。すごい好き」
「好みに合ってよかった」

 夢中でサクサクと食べる姿が、どこかリスっぽい。リスっぽくもあり……。

「高瀬君って、年の離れた弟みたい」

 毎年お盆に会う小学生のいとこが、こんな風にキラキラした目でお菓子を頬張っていた。それを大きな高瀬君がすると、なんとも微笑ましい。

「これでも家では、俺がお兄ちゃんなんだけど」
「わっ、声に出てたっ?」
「無意識に弟扱いされた」
「ごめんねっ」
「いいけど。弟からも、兄ちゃん、もっとちゃんとしなよ。もう高校生でしょ? って言われるから」

 その姿が想像できて、つい笑ってしまう。

「しっかりした弟さんだね」
「こんなに小さいくせに、生意気なんだよな」

 指で豆くらいの大きさを作る。

「弟さんと仲いいんだ」
「まあね。生意気だけど」

 そう言った表情が優しくて、高瀬君はいいお兄さんなんだなと思えた。
 その弟さんにも食べさせたいからと、半分くらいを残して包み直す。意外と不器用な高瀬君から包みを受け取って、元通りにリボンまで結んだ。


「さっき聞きそびれたんだけど」
「うん」
「櫻井って、アイツのこと好きだった?」
「誰のこと?」
「山口だっけ。バレー部の。恋愛的な意味で好きだったら、邪魔して悪かったなって」
「えっ……違う違うっ。中学から一緒だから、渡しやすかっただけ。それに恋愛的にって、僕も山口も男だし」
「櫻井は、気になるタイプ?」
「え?」
「性別より、メンヘラ化するかどうかの方が大事じゃない?」
「ええっ……」

 そういえば高瀬君は、自分の一部を入れたお菓子を渡されがちだった。それも、度々あるらしい。そんな経験していたら、性別くらい些細なことかもしれない。

「えっと、確かに大事だよね。お互いに好きのベクトルが同じくらいがいいのかも?」
「ベクトル、それだよな。同じベクトルで、お互いを思いやれる付き合い方がしたい」
「高瀬君って……」
「見た目に似合わず真面目?」
「真面目だし、誠実だよね。知り合ったばかりの僕にも丁寧だし、この梱包まで大事にしてくれるし」

 解いた後も、また復元したいと言ってくれた。そんなのは初めてだった。
 高瀬君はリボンに触れて、そっと撫でる。

「かけてくれた時間とか手間とか、そういうのを大事にしたいんだよな。……本当は、誰からのも断らずに、全部大事にしたいんだけど」

 呟いて、テーブルに突っ伏す。

「ごめん……変な話した」
「変じゃないよ。怖い経験があるから食べてあげられないのは当然だと思うし、誰からも受け取らないのは、高瀬君が誠実だからだと思う。受け取ってあげられなくても、高瀬君は相手の気持ちを大切にしてるでしょう? 僕にもいつもちゃんと目を見て、ありがとうって言ってくれるし……」

 そこまで一気にまくし立てて、血の気が引く。知り合ったばかりの人に、わかったふうに言いすぎてしまった。


「ごめんっ」

 慌てて頭を下げると、少しの間のあとで、高瀬君が笑い出した。

「櫻井って、前世で俺の兄貴だったりして」

 そんなことを言うから、思わず顔を上げて高瀬君を見る。気分を害したどころか、優しく目を細めて僕を見ていた。

「聞き上手だってこと。俺、こういう弱音吐いたの、初めて」

 その初めてを、知り合ったばかりの僕が聞いてよかったんだろうか……。戸惑っている僕に高瀬君は、ますます輝かんばかりの笑顔を見せる。

「なんか色々救われた。ありがと」
「っ……役に立てて、よかったよ」

 どう答えるのが正解かわからず、ありがとう、と返してしまう。妙にくすぐったい気持ちになって、不謹慎だけど、高瀬君が過剰な愛情ベクトルを向けられる理由が少しわかってしまった。