俺を好きじゃないやつが作った菓子とか最高じゃん、とバスケ部のエースが言ったから


 翌日の昼休み。ざわっと廊下がざわついた。

「えーっ、高瀬君じゃんっ」
「こっちの校舎で見るのレアー!」

 高瀬君、歩くだけで居場所がわかるんだな……なんか芸能人みたいだ……。

 僕の席は、廊下側から二列目の一番後ろ。窓から、高瀬君の姿が見えた。

「あ。櫻井、いた」
「えっ、僕っ?」
「えっ、櫻井君っ?」

 近くの席の女子が驚いて僕を見る。驚くのもわかるよ。特に目立たない平凡な僕と、学内一の人気者でバスケ部のエース。どう考えても接点がない。
 それなのに高瀬君は、僕を見るなりパッと笑顔になる。

「もしかして、友達なの?」
「そう。櫻井と俺、友達なの」

 高瀬君がさらりと答えた。

「何繋がり?」
「バレー部の、窓のとこにいるアイツ繋がり」
「山口君かー。友達多いもんね」

 納得、と女子たちが頷く。

「まあ櫻井君って、タイプ違う山口とも仲いいし、高瀬君と友達でも納得じゃない?」
「確かに。むしろガツガツしてない高瀬君の方が納得かも」

 僕の両隣に立って話す二人を、高瀬君はジッと見つめる。

「二人とも、櫻井と仲いいんだ?」
「いいよ。同じ調理部だし」
「櫻井君って両親共働きだから、少しでも助けになりたくて、調理部に入ったんだよね」
「両親の好きな和食作り頑張ってるけど、本当はお菓子作りが一番好きなんだよね」

 一言も話さずに僕の個人情報が晒されていく……。
 ええ子や、と謎の褒め方までされた。そんなの聞かされても困るだろうと思ったのに、高瀬君は楽しそうに笑う。

「二人とも、櫻井のプレゼン上手じゃん」
「ええ子なので、櫻井君をよろしくお願いします」
「調理部一同の弟です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします、お姉さま方」

 高瀬君もノッてくれて、いい人だな……。

「お姉さま方、ちょっと櫻井を借りて行きます」

 そう言って手を取られて、驚いているうちに階段の方まで連れて行かれた。
 高瀬君って、いつもこんな風に囲まれて、行く先々で話してるのかな? 人気者なのも大変かもしれない。
 そう思っていると、高瀬君がスマホを取り出す。


「連絡先、聞いてなかったから」
「あっ、そうだった。でも僕、SNSはやってないんだけど……」
「俺も。こっちので友達追加していい?」
「うん」

 同じメッセージアプリを開いて、QRを読み込む。高瀬君のアイコンは、バスケットのボールだ。

「櫻井のアイコン、クッキーとかじゃないんだ」
「うん。女子っぽいって言われそうだし」

 無難な物をと思って、近くにあったワイヤレスイヤホンのケースを撮ってアイコンにした。

「別にいいと思うけど。好きなものは好きだって主張して」

 トーク画面に送られてきたのは、可愛いリスのスタンプだ。

「リス、好きなの?」
「好き。頬袋が」
「ふくふくして可愛いよね」
「うん。俺も頬袋いっぱいに食べ物詰めて授業受けたい。すぐ腹減るから。頬袋、羨ましい」

 ポン、ポン、とリスのスタンプが送られてくる。最後のスタンプには『ヨロシクリス〜』と書かれていた。
 高瀬君が真顔で送るのも相まって、つい笑ってしまう。高瀬君も目元を緩めて、画面に視線を落とした。

「櫻井って、真尋(まひろ)っていうんだ。櫻井も難しい方の櫻井。画数多くて、テストの時とか大変そう」
「確かに困るかな。でも、高瀬君も多くない?」

 高瀬 蓮(たかせ れん)

 ……なんか、芸能人みたいな名前だな。

「俺はひらがなで書いてる」
「え、それいいの?」
「学外のテストでは漢字で書けよ、って言われるだけ」
「そうなんだ? 僕も今度、ひらがなにしてみようかな」

 ちょっとした差でも、問題にかけられる時間が増えるのはありがたい。
 それから少し話して、高瀬君はスマホをポケットにしまう。

「じゃあ、また連絡する」
「うん。わざわざありがとう」

 渡り廊下の方に帰って行く姿を見送って、メッセージアプリに視線を向ける。友達一覧に高瀬君の名前があるのが、何だか不思議な気分だった。


◇◇◇


 昼休みが終わる頃に、高瀬君からメッセージが来た。

『体育館で貰うと見学の女子たちが騒ぐと思うから、そっちの部室に貰いに行っていい? 家庭科室?』

 毎日の練習に見学がいるってすごいな……。

『家庭科室だけど、練習のあとできて貰うの申し訳ないから、昇降口でこっそり渡すよ』
『貰う側だし、俺がそっち行く』

 リスが走るスタンプと、うるうるした目でお願いするスタンプが送られてくる。これを高瀬君がチョイスしたと思うと、笑みがこぼれてしまう。

『ありがとう。じゃあ、お願いします』

『こちらこそ。櫻井の都合がいい日を教えてください』

 突然の敬語も可愛く思える。何だろう……初対面で髪がベシャベシャだったからかな? 弟みたいな感覚だ。僕には姉しかいないから、少し嬉しい。

「都合のいい日か」

 部活の日はいつも最後まで残ってるけど、もし早く来たらみんなから渡されそうだなあ……。先生から個人的に部室を借りる日にしようかな。


『次の月曜日でも大丈夫?』

 大丈夫! ありがとう! と、リスが大歓喜するスタンプが並んだ。普段は姉との連絡でしかスタンプを使わないから新鮮だ。
 僕もスタンプで返そう。最初から入ってるのは何だか申し訳ないし……どうしよう。前に姉からプレゼントされたのしかないな。
 えいっ、と、クッキーが虚無顔で踊りながら『ヨロシク』と頭を下げる、謎の動くスタンプを送る。

「……やっぱり、やめとけばよかったかな」

 既読はついたけど返事はない。馴れ馴れしかったかな……でも会話は終わってるし、特に意味はないのかもしれない。
 画面を落とそうとしたら、メッセージがきた。

『なにそれ最高 お茶ふ』

『吹き出すかと思った』

 不自然に分割されている。本気で高瀬君のツボに入ったみたいだ。

『姉からプレゼントされたスタンプ。初めて使ったよ』
 
 重なったパンケーキが左右に揺れて、大丈夫〜? と言うスタンプを送ってみる。ヒゲのあるダンディなパンケーキだ。

『やめて、腹いたい』

『練習より腹筋使う』

 少し間があって、降参です、というリスのスタンプが送られてくる。

『普通に可愛いスタンプも探してみるね』

『ありがとう。でもたまにこのシリーズ送ってほしい』

 高瀬君のツボに入ったみたいだ。確かにこれ、クセになるんだよね。
 そこでチャイムが鳴って、桶とゴムベラを持ったクリームパンが『おっけ〜』と言うスタンプを送る。また月曜日に、と文章も送った。

 高瀬君とは、昨日が初対面。今日も数分しか話していない。それなのにずっと友達だったみたいな感覚だ。
 高瀬君が人気者の理由は、こういうところもあるんだろうな。