俺を好きじゃないやつが作った菓子とか最高じゃん、とバスケ部のエースが言ったから


 料理が好きだ。

 おかず系も好きだけど、特に好きなのはお菓子。その中でも焼き菓子が好きだ。
 捏ねて伸ばして形を作って、焼き上がるまでのワクワクする時間が好き。オーブンを開けた時にふわっと漂う、甘くて幸せな香りが好き。

 毎日作りたいくらいに好きだけど、調理部の活動は水曜日しかない。それに僕は少食だから、毎日作っても一人では食べ切れない。

「これで、よし」

 クッキーはしっかり冷ました。包装もシンプルにした。あとはコンビニ袋に入れて、完成。
 本当は包装もこだわりたいけど、渡す相手がクラスの男子だから仕方ない。周囲から変にからかわれて、迷惑かけたくないし。


 バレー部がいる体育館に向かうと、まだ練習中だった。
 いつもは調理部が終わる時間と同じくらいなのに、まだ練習の真っ最中ぽいな……。

「山口ー、友達来てるぞー」

 扉から覗くと、近くにいたバレー部員が気付いて、山口を呼んでくれる。
 山口 健人(やまぐち けんと)は、中一から今の高二まで、奇跡的に同じクラスの友人だ。男友達の少ない僕にとっては、貴重な気の置けない相手でもある。

 いかにもスポーツマンというガタイと短髪の山口が走ってきて、突然パンッと目の前で両手を合わせた。

櫻井(さくらい)っ、ごめん! 言ってなかった! 大会前でまだかかりそうだから、先帰ってて!」
「そっか、わかった。練習頑張ってね。あ、これ、渡してもいい? 今日はクッキーなんだけど」

 コンビニの袋を差し出すと、山口はハッとする。そして何故か僕の背中を押して、扉から離れた。

「ごめんっ! 実はさっき練習前に……彼女、できたんだ」
「そうなんだ!? おめでとう!」

 彼女欲しい欲しいと言っていたから、本当にようやくだ。良かったなあ。

「ありがとな。やっとできた彼女だから、他の女子から貰ったとか誤解されたくなくて……」
「うんうん、わかるよ。じゃあこれからはやめとくね」
「櫻井の作ったクッキーすごい美味いんだけどっ、ごめんなっ!」
「大丈夫だよ。むしろ今まで貰ってくれてありがとう。彼女さんと仲良くね」
「櫻井〜〜っ」
「泣かないでー。本当におめでとう!」

 山口は良くも悪くも素直だ。デリカシーがないからと言ってフラれ続けていたみたいだけど、こんな誠実なところをわかってくれる相手が現れたのだ。自分のことのように嬉しくて笑顔が止まらない。


「いらないなら、俺にちょうだい」

 涙ぐむ山口の向こうから、そんな声がした。
 ムキムキの山口の隣から覗くと、これまたガタイのいい男子が立っていた。バレー部では見たことのない顔だから、バスケ部員かな?

 それより……肩にかけたタオルで顔を拭いてるけど、先に髪を拭くべきだと思う。そこの手洗い場で水を被ったのか、少し茶色っぽくて長めの髪がベシャベシャに濡れている。

「クッキーって聞こえたんだけど」

 髪からポタポタ水滴が垂れて、服までベシャベシャになりそう……。

「櫻井君、だっけ?」
「!?」

 ズイッと顔を近付けられる。ベシャベシャだけど、すごくかっこいい顔だ。

「俺のこと、好き?」
「んっ? というか、誰? ですか?」
「完璧」

 完璧? 何が?

「あのさ、先に髪拭いたら?」
「あ、そっか」

 僕が呆けているうちに、山口が指摘してくれる。なんか、ゆるっとした人だな……。

「櫻井って、高瀬(たかせ)のこと知らない? バスケ部のエースで、校内一かってくらい人気あるじゃん?」
「そうなんだ……ごめん、全然知らなくて」

 そんなに有名人だったなんて。申し訳なく思っていると、高瀬君は明るく笑う。

「いいって。全員に把握されてんのは怖ぇよ。俺ら多分、校舎違うだろ?」
「僕は普通科だけど、高瀬君はスポーツ科?」
「そう」

 すごいな……スポーツ科は大学で推薦を狙っていたり、プロを目指したりする人のクラスだ。試合や活動を優先した授業内容になっている、と入学案内の冊子に書かれていた。


「それ、貰ってもいい?」
「あ、どうぞ……」
「やった。ありがと」

 目を見てお礼を言ってくれて、嬉しそうに笑う。顔もかっこいいし、僕より頭ひとつ分くらい背も高いのに、何だかゆるっとしてて可愛い。モテるのもわかる。
 そんな高瀬君に対して、山口は不機嫌な顔だ。

「高瀬がそんな嬉しそうな顔すんの、意外だな。貰い慣れてそうなのに」

 あ、嫉妬かな。
 山口も彼女できたんだから、そんな素直な嫌味言わなくてもいいのに。

「全部断ってる。一人から貰うと他の女子が騒ぐし……初めて手作り貰った時に、私の一部を入れたのって言われてからちょっと」
「えっ、こわっ! 一部って!?」
「まあ、人体の一部」
「こわーっ! お前を好きな女子こわーっ!」

 うん、それは怖い。かなり怖い。思わずブルッとした。

「だから、俺を好きじゃないやつが作った菓子とか、最高じゃん」

 なるほど。そういう理由があったのか。

「好きじゃないのは合ってるけど……男の僕が作ったのでも大丈夫?」
「なんで? 男が作ってもいいじゃん」

 コンビニ袋からクッキーの袋を取り出して、嬉しそうに開ける。

「前に付き合ってた大学生の彼女も、料理ができない男は駄目だって言ってたし」
「女子大生!?」
「ちょっとっ、山口っ」
「料理ができる男はモテるらしい」
「つまり櫻井は……女子大生に、モテる……? くそーっ!」
「山口もモテてるよ!? 彼女できたんだよね!?」

 もしこんな発言を聞かれたら、もっと誤解させちゃうんじゃないかな!?
 そう言ってなだめると、山口は「そうだった」と言って我に返る。今まで見たことのないいい笑顔だ。


「あ。うま」

 サクッと小気味いい音がした。
 僕たちのやり取りの中、高瀬君はマイペースにクッキーをかじる。

「甘さ控えめなのに、すごいうまい。サクサクじゃん。バター多め? 最高」

 うまい、と言いながら大事そうに食べてくれる。
 嬉しいな……。
 作るのが好きで満足していたけど、こんなに美味しそうに食べて貰えると、胸が温かくなって満たされていく。

「おーい、高瀬ー! 練習再開するぞー!」

 体育館の扉のところから呼ばれて、高瀬君は相手にヒラヒラと手を振って返事をした。

「櫻井君。また作ったら、俺にくれない?」
「……僕のでよければ」
「ありがと。次も楽しみにしてる」

 高瀬君はまた嬉しそうに笑って、大事そうにクッキーを抱えて戻って行った。