ココロに心を読まれる時のトキ

「さてと……買い物にでも行きますかね」
 迫りくる月曜の足音が聞こえ始める日曜の午後五時。俺は重い腰を上げて、スマホとエコバッグを持ち、部屋の扉を開けた。
「「あ」」
 内廊下に出ると、同時に隣の部屋の扉も開いて、そこから出てきた子と目が合い声がハモった。
「こ、ココロ――」
 瞬間、バタンと扉を閉められる。俺の挨拶は遮られ開閉音が虚しく廊下に響いた。
「おーい、ココロー?」
 ちらっと見えたが彼女は桃色のエコバッグを持っていた。きっと俺と同じ目的のはず、そう思い俺はきっとドアの傍にまだいるであろう隣人に呼びかける。
「俺も買い物に行くんだ。ココロもそうなら、一緒に行かない?」
「……」
 返事がない。どうやらどちらかが先に折れるかの我慢比べが始まりそうだ。けど、休み終わりでテンションが下がり気味な俺としては、勝負をする気は起きない。ここは交渉だ。
「一緒してくれたら、チョコパンを奢るよ」
「……本当?」
「ああ。それに、今日は夕食を少なめに作るから、いつもよりお菓子とか沢山食べてもいいよ」
「行くわ!」
 そう弾んだ声が聞こえてくれば、扉が勢いよく開かれて、中から小学生と見紛うような小柄な女の子、ココロが飛び出してきた。今のやり取りとこのお菓子に釣られる姿は、まさに見た目ピッタリだ。
「今はあなたの失礼な心の声も見過ごすわ。ふふっ、お菓子……パン……どのくらい買おうかしら……」
「一応限度はあるからね?」
 彼女は菓子パンを主食にしていた。今は俺がちゃんとした物を作って押し付けることで、菓子パンを制限させている。
 それを少しだけでも解放させたら、反動がやばそうでもあって。ちゃんと目を光らせておかないといけない。
「……ねぇ」
「何かな?」
「あなたって私のことを好きよね」
「うん、好きだけど」
 ココロは悪戯を思いついたような、そんな少し悪い表情をする。
「それなら私の幸せを願ってもくれているわよね?」
「もちろん」
「じゃあ……私が幸せになるためにはたっくさんのお菓子とかが必要なの。だから……そろそろやめにしてくれないかしら?」
 普段なら出さないような甘ったるい声音で、さらに上目遣いをして訴えかけてくる。流石に美少女のそのお願いは、かなり心に刺さるものがあった。
「だ……駄目です」
「な、何でよ!」
「ココロが好きだからだよ」
 しかし、俺はその誘惑を振り払った。途端に甘い化けの皮が剥がれ、逆に威圧する方向へと転換してくる。
「はぁ? だったら、私のお願いを聞きなさいよ」
「いや、大切な人にそんな終わってる食生活させられないし、させたくない。健康で元気でいて欲しいからね」
「……別にメロンパン生活でも元気だったし」
 子供みたいな少し拗ねたような言い方と言い分で反論してくる。
「いや、絶対今の方が健康でしょ。自分でもそれを理解しているから、今も俺の作ったものを受け取っているんじゃないの?」
「それは…………でも……私はスイートお菓子が食べたいの!」
 何の反論も浮かばなかったらしく、ついにパワープレイに出てきた。俺へ彼女の感情を倍増して伝えてくるように、その大声が廊下に反響する。
「……ココロ」
「な、何よ。というか何だ顔を赤く――」
「俺等の声、めっちゃ聞こえてると思うよ。その好きだとかそういうのも全部」
「あ」
 瞬間ココロの顔が真っ赤に沸騰する。俺もまた、廊下に響いた彼女の声で気づいてから、頬が熱くなっているのを感じていた。
「とりあえず、出よっか」
「そ、そうね」
 互いに自爆してダメージを受けたため一時休戦。ココロは他の住人が来る前に降りたいと、俺はエレベーターの下ボタンを連打する。そして真っ直ぐ七階にまで来てくれて、無事エレベーターに乗り込んだ。
「「……」」
 一階に行くまでのエレベーターの中、今日は会話が発生せず、とても気まずかった。俺もココロも考えている事は同じらしく、これ以上傷を深めないようするための無言で、微妙な空気に大した時間でもないはずの七階から一階へと降りる時間が恐ろしく長く感じた。

 ◇

 俺はココロと一緒に近所のスーパーを訪れた。遊び目的でショッピングモールとかにココロと行くことは何度かあるが、日常的なもので一緒にいるのは珍しい。
「やっぱり、私が何を買うか一緒に見るのよね」
「じゃないと、またおかしな道に行っちゃうから……あ、今のはおかしいとお菓子をかけていて――」
「あーそういうのはいいから。はぁ、もう少し早く家を出るべきだったわ」
 外に出たからかココロとの間にあった変な空気は換気されていた。とても息がしやすく、日曜終わりの酸欠から解放されていた。
「今日はあれなの? ちょっと上手い風な事を言うのにハマったの? 別に上手くも面白くもないけれど」
 若干さっきのを忘れようとテンションを上げているというのが本音であって。
「……と、とにかく買い物を済ませるわよ」
 歩いて五分もすればスーパーに着く。入って、それぞれ買い物かごを持ち、一緒に店内を回る。
 まず見えてくるのは野菜が並んでいるコーナーだ。
「さてと、まずはキャベツにレタス、にんじんはあるから……あ、ピーマン欲しかったんだよな。」
「ピーマン、買うの?」
 右隣にいるココロを見ると急に怯えたような表情をしていた。
「うん、今日作るものに必要だから」
「それを、私にも持ってくるのよね」
「あぁ、そういう」
 彼女の言いたいことを理解する。つくづく子供だなと思わされてしまう。
「ココロには別に作るものを渡すから大丈夫だよ」
「そ、そう……良かった」
 ホッと一息ついた。ココロにご飯を作るにあたって好き嫌いやアレルギーのものは聞いてある。満遍なく食べてもらうのが理想ではあるが、目下の目標はまともな食事をしてもらうことにあるため、基本的に彼女の嫌がるものは避けていた。二兎を追う者は一兎をも得ずだ。
「というか、それも大変なんじゃないの? 別々に作るとか」
「もちろん俺も食べるよ。メインのを二つ作るってだけで、その一方をココロに渡すって感じ。それに、料理を作るのって結構楽しいんだよな。上手く作れたらなお最高」
 一人暮らしをしてから自分は発見した事だった。実家ではほとんどしてこなくて、自炊は大変そうと思っていたが、意外と性に合っていたようだ。ちなみに、その楽しい事の後にある洗い物はまじで嫌い。
「まぁ、私もお菓子を作るからその気持は理解出来るわ。それと洗い物についてもね」
 珍しくココロに共感してもらえて嬉しくなる。
 俺は買い物かごにキャベツや玉ねぎ、ピーマン、じゃがいもなんかを入れて、真っ直ぐ進み次の肉があるコーナーへ向かった。もちろんココロのかごは空だ。
「今日は豚肉を使うから……それから……鶏肉も……」
「あなたって結構お肉を使った料理を作るわよね。そんなに好きなの?」
「好きだし、お腹にもたまる感じがあるからね。一人暮らし始めたてとか、一週間ほとんど肉みたいな時もあったな」
 多く入っていながら安いお得パックの豚肉と鶏肉を一つずつ入れる。出来るだけ消費期限が遠いものを選び出して。
「なーんだ、あなたも私と変わらないじゃない」
「でも、お菓子とかより全然ましだし。それに、その後反省して魚とかも食べるようになったから」
 そんな話をしながら、一番奥の魚売り場に来る。レンチンで食べれる鯖の味噌煮や冷凍鮭、マグロの刺身なんかを放り込んだ。
 そこから店の外周を周り卵や冷凍食品系統を買って、最後に内側にある飲み物コーナーに入り、大きいペットボトルの麦茶や緑茶を入れた。
「……重」
 いつも通りの量ではあるのだが、やはり右腕に負荷がかかる。一方のココロといえば、卵くらいしか入っていない。
「ココロは飲み物買わないの?」
「もちろん買うわ」
 そう言いながらミルクティーやオレンジジュース、りんごジュースなど五百ミリリットルペットボトルを大量に入れていく。
「大きいのもあるけど」
「いちいちコップに入れるの面倒なのよね」
 ココロはしっかりしてそうな雰囲気を持ちながら、飲食の部分はかなり雑だ。最も大切なところが酷い上に本人は直す気がないから、心配になるし、近くにいる俺が何とかしなきゃいけない。
「……ちなみにちゃんとペットボトルのゴミは捨ててる? もしかしてココロの部屋は――」
  失礼ね、捨ててるし部屋は普通よ。決してあなたが考えているようなゴミ屋敷じゃないから」
 まだココロの部屋に入った事はないから、確認した事はない。嘘をついているような様子もないしとりあえず彼女の言葉を信じよう。きっと大丈夫だ。
「全く、あなたは私の何なのよ……あ、答えなくていいから」
 考える暇も与えられなかった。ココロは俺の前を通り先へと進み、製菓材料がある棚の前に行く。
「……これと……これ」
 悩む素振りのみせず色々な物を手早くかごの中へ。何をどう使うのかはあまり良くわからないが、ホットケーキミックスくらいは俺でもわかった。
「あと……これが……」
 ココロは一番上にある、マフィンの型を取ろうと手を伸ばすが届かず、ぴょんぴょんとするがそれでもギリギリ掴めない。
「これでいいの?」
「え、ええ。ありがと。あともう二つお願い」
 俺はひょいとそれらを取って彼女に手渡した。
「いつもどうしているの? 結構困る事多いんじゃない?」
「……調子良い時は届くのよ。駄目だった店員さんに頼むわ。毎度毎度子供扱いされて嫌なのだけど」
 店のものを手に取るのに調子良い悪いという単語が出てくるとは思わなかった。
「何ならココロが買い物する時、俺も付き合おうか? いつでも駆けつけるけど」
「嫌よ、小さな子供じゃないんだから。それと、私が変なもの買わないかチェックしたいだけでしょ」
「あはは、バレたか」
「隠す気もないでしょ」
 ココロはそう軽く流して、レジ近くの方にあるお菓子系の棚の前に行く。
「さてと、どれを買ってもらおうかしら」
「あんまり多くは勘弁してね、俺の財布的にもココロの健康的にも」
「……わかっているわ」
 渋々ではあるものの了承してくれる。そして、チョコクッキーや板チョコなど、甘い系のお菓子を五種類くらい俺のかごの中に入れていく。
「これなら良いでしょ」
「うん」
「なら次はパンよ」
 お菓子売り場の裏側の方の棚にパンコーナーがある。そこでココロはメロンパン五種類を手に取った。
「本当ならこれ以外にも二十個くらい買いたいのだけどね」
「……譲歩してもらってありがとうございます」
 それらが俺の買う商品の上に乗せられていく。もう限界だ。
「じゃあ私のお買い物も終わりだから」
「りょーかい」
 俺が先に会計を済ませて、その後にココロがすぐに終わらせて隣に来る。まずは、彼女のももを渡した。それからエコバッグいっぱいに商品を入れる。
 いつも通りかなり重くて、破けるんじゃないかという心配が出てくる。まぁ、結局そんな事にはならないのだけど。
 店を後にすると、空は夕暮れの朱と夜の藍色というコントラストになっていた。
「少し私のに入れる?」
「いや、また分けるの面倒だし、良いよ。それに近いから大丈夫」
「……なら半分だけ持つわ」
 有無を言わさず俺の持ち手の片側を奪われてしまう。
「いいの?」
「結構奢って貰ったからね。まぁ、一緒にお買い物したオマケよ」
「……ありがとう」
 きっとそんな事を言っておきながら、俺が少し大変そうにしているのをほっとけないのだろう。
「優しさとかそういうのじゃないから」
「はいはい」
 彼女の頬が赤く見えたのは多分、夕日のせいなのだろう。そう結論づけてマンションへと歩いていく。
「ふぅ~ついた〜。ありがとうね、助かったよ」
 あっという間に俺達のマンションの七階にまで来る。
「……」」
 何だか楽しい時間が終わるのと同時に日曜の終わりも感じてきて寂しくなってきた。
「ココロ?」
 何故か自分の部屋に行かずに、彼女は俺の顔を覗き込んでくる。
「……いえ。それよりも、今日は何を作るの?」
「肉じゃがにしようかなと思っているよ」
「ふーん?」
 何故か疑わしそうにじっと俺の心を見てくる。
「そうね、じゃあ……手伝ってあげるわ」
「へ? どういう風邪の吹き回し?」
 彼女の思考がまるでわからない。そんな提案されるなんて思っても見なかった。
「この時間からだと遅くなるでしょ。それに」
「それに?」
「……ピーマン使った料理を作らないか監視しないとだから」
 そんな愛らしい理由を言われてつい笑ってしまう。
「あははっ、でも心を読めばその気がないってわかるんじゃない?」
「人の心は移り変わるものだからよ」
「なるほど、じゃあサポートをお願いしようかな」
「ええ。すぐに戻ってくるから、勝手に始めないでね」
「わかってる、大人しく待ってるよ」
 ココロは部屋に戻っていく。俺も戻り、とりあえず、買ったものを冷蔵庫にしまっていく。
 そうしている間、俺の頬が緩んでいるのを感じる。どうやらまだ日曜日は終わらないみたいだ。
「お、早い」
 五分も経たずにインターホンが鳴らされた。冷蔵庫を満タンにし終えて、俺は扉を開けた。
「さぁ、早速やるわよ!」
「うん!」
「じゃあまずは――」
 必要な材料を用意して俺はまずは玉ねぎを切って、ココロはじゃがいもの皮をぎこちなくむいていく。二人だと少し狭いが、逆に一緒に料理している感があって嬉しかった。
 買い物に行く前の退屈や悲しさはどこへやら。俺の心はまるで土曜の朝に戻ったようだった。まだまだ楽しい時間はある。
「いや、もう日曜日終わるわよ。現実は見なさい」
「……はい」
 涙が出てきたのは間違いなく玉ねぎのせいじゃないだろう。サクサクと包丁で切る音と共に月曜日が近づく足音が確かに聞こえてきた。