授業と授業の合間にある十分の休憩時間は、やれる事が限られる。一人であれば、だいたいスマホをいじるか読書をするか、寝るかくらい。友達がいる人であればちょっと雑談したり、手軽なもので遊んだりするだろう。
とにかく、何をしてどう過ごすか先に先に考えておかないと自由時間を無為に浪費してしまう事になる。
そして今日も今日とて早速一時間目の授業が終わり、自由時間が訪れようとしていた。しかし具体的に何をしようかは思いついてはいない。となると必然的にスマホになるが、今はジャンクなショート動画は食傷気味だ。となれば、選択肢は一つ。ちゃんとした栄養のある、隣人との会話が最適解だ。
「ねぇちょっといい?」
と声をかけようとすると、先に隣から声をかけられる。どんな理由であれ、彼女の方から話しかけてくれるのは嬉しかった。
「何――」
振り向くと、頬にむにっと何かが当たる。それは彼女の人差し指だった。
「ふふっ引っかかったわね」
見た目通り子供っぽいイタズラをしてきたのは、もちろん教室でもマンションの部屋でもお隣さんのココロだ。こげ茶色のショートボブの下には、いつも通り端正なあどけない顔がついている。小さな手から伸びる指は綺麗で細く、頬から仄かな温もりが伝わってきていた。
「……」
「……」
無言のまま見つめ合う時間が続く。しかし、ココロの方から、照れたように目を逸らして指も離れた。どうやら我慢比べは俺の勝ちのようだ。
「……何で照れないのよ。普通男の子ってこうされたらドキッとかするんじゃないの?」
そう小声で文句を言ってくる。俺もそれにつられて声を潜めて言葉を返す。
「まぁそうだろうけど」
「あなたの心、まるで動じていなかったわよね。おかしいでしょ、どういう了見?」
突然イタズラされたかと思えば、理不尽に責められる。抗議したいところだがその前に疑問が浮かんでくる。
「……でも確かになんでだろ」
他の女の子にされたら絶対ドキッとするし、何か好意を持たれているのではと勘違いすらするだろう。
「というか、ココロこそ急にどうしたの?」
「いつもあなたに調子を狂わされてばかりだから。そろそろからかってやり返さなきゃって思ったのよ」
「いや、勝手に心を読んで勝手に自爆してるだけじゃん」
もはやそれは当たり屋だ。自分からぶつかってファールをもらおうとするサッカー選手だ。
「そんなの関係ないわ。日頃、あなたに迷惑かけられている仕返しでもあるのだから」
「うっ……」
そこは言い返せなかった。どうやら受けて立つしかないようだ。
「ふふっ。これからの小休憩の時間を使ってあなたで遊んで日頃からの留飲を下げるわ」
「何をする気?」
「消しピンよ!」
「……ほう」
何だか懐かしい響きだった。小学生くらいに良くやっていたのを思い出して、その時の感覚が再燃してくる。
ココロは机の上に広げていた教科書類をしまって、カバーのついた割と新しめの消しゴムを一つ出した。俺も新品のを一つ出して他のものはどける。そして机をくっつけた。
「ちなみに勝った方は、飲み物を一つ奢るってことで」
「いいよ。丁度買おうと思ってたから」
俄然やる気が出てくる。しかし、このゲームでどんな手を使うのか予想がつかない。気を引き締めよう。
「これ久しぶりにやるなぁ」
「私もよ」
まずはココロが真ん中辺りに上手く移動させる。次に俺も近くに飛ばした。すると、今度は逃げるようにココロの陣地へ戻す。俺はそれを追いかけつつ、相手をぶつけて場外に近づけた。
「追い詰めたよ」
「さて、どうかしら?」
自信たっぷりな態度とは裏腹にココロはちょんと一センチくらい動かすだけで。いかにも次の一撃で仕留めてくださいと言わんばかりだ。
「……さ、あなたのチャンスよ?」
挑発的な態度に狙いを理解する。ここで強く飛ばして失敗させ、煽る腹づもりだろう。けど、そんなのでやらかす俺じゃない。
親指と人差し指に全神経を集中させて、狙いをつけて放つ。
その瞬間にココロが顔を近づけてきて。
「あなたの事、好きよ」
吐息を混ぜた艶やかな声でそう囁いてきた。
「俺もだよ」
「……へ?」
力強く消しゴムを飛ばしてココロのにヒット。場外へと吹き飛ばした。
「俺の勝ち〜」
「ちょ。ちょっと待ちなさいよ」
ココロは消しゴムを拾ってから、異議を唱えてくる。
「な、何で動揺しないのよ。それに好きって……」
「ココロの事は友達として普通に好きだし、自惚れじゃないけど同じように思ってくれてるかなとは思ってたから、動揺はしないかな」
俺の失敗を誘発させるためだけの言葉だったとしても嬉しいは嬉しい。
「恋愛的な意味に聞こえるように言ったのだけど……」
「何かココロから友達として好きって言われた安心感の方が強くて、それに俺に対して恋愛的なものは絶対ないって思ってたから、そっちの発想はでなかったな」
「……どうやら今回の勝負はあなたの完全勝利みたいね。けど、次はこうはいかないから」
「あ、飲み物は一階の自販機にある白ブドウジュースね」
◇
次の休憩時間となり、ココロから戦利品を受け取りって次の勝負に。三階にあるこの教室から一階へダッシュで買いに行ったらしくて、ココロの息は少し切れていた
「じゃあ今度はペットボトル投げで勝負よ。もちろん知っているわよね」
ボトルフリップと呼ばれる、ペットボトルを空中で回転させつつ、最後に机の上とかに真っ直ぐ立たせるゲームの事だろう。
「いいけど、得意なの? 何かそういうのやるイメージなかった」
「得意ってほどじゃないけれど、本当に暇な時にやったりはするわ。それに、この勝負は技術だけじゃないもの」
盤外戦術を用いるという事か。一体次は何をしてくるやら。
「せっかくあるからそれを使うわよ」
半分くらい飲み干した白ブドウジュースを指差す。
「ルールはどうする?」
「一発勝負よ。お互いに成功したら、決着がつくまで何度も繰り返すわ。そして勝った方は購買で好きなものを一つ奢らせる権利を得るわ」
「オーケー。それじゃどっち先にする?」
「あなたが決めていいわよ。私はどっちでも良いから」
随分と自信があるようだ。先にやって貰って様子を見てからというのも良さそうだが、成功してしまったらプレッシャーがかかってミスりそうでもある。悩ましいが、相手が何をしてくるかわからない以上出方を窺った方が良さそうだ。
「後攻で」
「わかったわ。それじゃあ私からね」
ココロは俺の手からからペットボトルを奪うと、間髪入れずにくるっと一回転させなかまら空中へと投げた。そして、危なげなく机の上に着地する。完璧な成功だ。
「上手いな」
「ふふっ、こんなものよ。さぁ、次はあなたの番よ」
ペットボトルを手に持ってから、投げる瞬間のイメージを浮かべる。そうすると何だかいける気がしてきた。
「よしっ!」
俺はイメージをなぞるように、腕を動かし、そしてペットボトルを握る力を緩めて。
「ねぇ、付き合ってくれない?」
突然、ココロが近づいてきて耳元で囁いてくる。
「……」
「放課後のお買い物にね……って」
ペットボトルは、俺のイメージ通りの軌道で宙に放たれた。一瞬、耳の方に意識を奪われかけたが、彼女にお菓子を与えてはならないという気持ちがその誘惑を払い除けることに成功した。
そしてペットボトルも、はなまるを貰える着地をした。
「はい、成功」
「嘘でしょ?」
「それと買い物も行こう」
「それは私に勝ったらよ。……これでも駄目だなんて」
かなりショックを受けているようで、露骨に顔に出ていた。さっきまでの自信はそこにはなくて。
「えい…………あ」
その動揺と不安が乗り移ったかのように、机の上に乗ったそのペットボトルは、ふらふらとしてから力なく倒れた。
「じゃ、次は俺ね」
「あ、待っ――」
隙を作らずクイックで始める。さっきの感覚で投げて、確かな手応えと共に成功が降り立った。
「俺の勝ち!」
「ああもう、あなたスイートおかしいわ!」
まるで再放送だ。ココロは不満たっぷりにペットボトルを突き返してくる。
「流石にこれには戸惑いなさいよ! こっちは恥を忍んでやってるのだけど!」
「いやいや、自爆をこっちのせいにされましても」
「というか、私の囁きに勝てた理由が私にお菓子を食べさせたくないからって何なのよ。どれだけ……いえ」
感情的に文句を言い放ったかと思えば、突然スンと冷静になる。何だか今日のココロは変なテンションだ。
「次が最後の戦いよ。どんな手を使っても勝つわ。私の意地をかけて」
「は、はぁ」
何だか彼女の中では大きな話になっているようだが、ついてはいけていない。
そのまま休憩時間が終わってしまい、先生が入ってきて俺含めてクラスの人達は席に座り授業へとモードを切り替えていく。しかし、隣人だけは次の休み時間を見据えていた。
◇
「さぁ最後の勝負を始めるわよ」
ココロは約束通り購買からチョコチップメロンパンを買ってきてくれた。さらに手にはミルクティーのペットボトルが握られている。
「……その前に聞きたいんだけど、今日は本当にどうしたの? 何か変じゃない?」
「別に何かあったわけじゃないわ。ただ」
「ただ?」
「最近読み始めた漫画があるのだけど、それを見てやってみたくなったというか。そうすれば日頃困らされてるのをやり返すチャンスかと思ったのよ」
つまりは漫画の影響を受けて真似したくなったというシンプルな事だったらしい。
「ば、馬鹿にしないでくれる?」
「してないよ! 俺だって本読んで色々やってみたくなることあるし、気持ちはわかるから」
「……ならいいけれど」
「そんな事より、どんな勝負をするの?」
そう尋ねるとココロは持っていたミルクティーの一気飲みをして半分くらいまで減らす。
「もう一度これで勝負よ」
「いいけど、何でまた」
「さっきので勝つ方法を思いついたのよ」
再び自信を覗かせる。リベンジということもあってさ何だか凄味があった。
「ルールも同じ。それと、先行はあなたに譲るわ」
「俺からか……いいよ」
今回はどんな手を使ってくるのか、段々と楽しみになっている自分がいた。バトル漫画の主人公になった気分だ。
ペットボトルも前のと同じくらいの重みがある。若干成功していた感覚が薄れているが、俺は微かなそれを辿って、ペットボトルを――
「ちなみに今回あなたが勝ったら、私、ちゃんとした食事もするし、お菓子系も食べすぎないようにするわ」
「なぁっ!?」
俺は離そうとしていた手に力を入れて投げるのをギリギリで止める。
「あ、危ねぇ……」
「残念、焦って失敗はしないか」
「……」
いきなり失敗出来ない理由が生まれてしまった。この一投で彼女の健やかな人生がかかっている。一気に吐きそうな緊迫と緊張が走って、頭もあまり回らない。体も上手く動かせそうになかった。
「人生って……そ、そんな大げさな」
「はぁ……はぁ……絶対成功させないと……!」
「私の想像の倍以上よ効果ね……」
俺は全神経を可能な限り右手に集中させる。そして、成功の感覚や作戦もなしに、ただ彼女への想いだけを乗せて投げた。
「……あ」
無常にも少し鈍い音をたてながらペットボトルは倒れて机の上から転がり落ちてしまう。
「ふふっ。どうやら空回ったみたいね」
「ぐぅぅぅ……ココロを救うチャンスだったのに」
「さてと、ようやくあなたに精神的にも勝負でも勝てそうね」
ココロはもう勝った気でいるようで、ウインニングランをするかのような余裕でペットボトルを持って投げようとする。
このままだと負けてしまう。しかし、彼女を更生させるまたとないチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。
「ココロが勝ったら前のように菓子パンとかお菓子とか食べ放題生活に戻っていいよ」
「ふぇ!?」
可愛らしい声を上げながら、彼女の手からペットボトルが滑り落ちた。
「あぁ!?」
「よし、じゃあ仕切り直しだね」
「ひ、卑怯よ急にそんな事」
「それはそっちもでしょ」
とっさの機転で首の皮一枚繋がった。しかし、成功させなければ意味がない。
俺は再度、ペットボトルを持つ。やはり、一度失敗しているとはいえ緊張はしたままで。
「今度こそ……あ」
手応えのないまま空を舞ったそれは不格好に机の上に墜落した。
「これに私のお菓子がかかっている……」
ココロは打って変わって真剣で張り詰めた表情をしている。彼女もまた希望に手が届きそうなプレッシャーに押し潰されているようで。
「えいっ……うぁ」
ココロが投じた希望を嘲笑うかのように、コロンと倒れてしまう。
「……」
「……」
三度目の俺のターンになるものの、失敗。それに続いてココロも同じくミス。何度もそれがループし、静かな教室の中、休憩時間残り三分くらいになっても続いた。
「ねぇココロ、ちょっと相談があるんだけど」
「奇遇ね、私もあるわ」
彼女には俺の考えている事がわかっているのだろう。多分似たような事を考えている事を。
「ここは引き分けにしない?」
「私も全く同じ提案しようとしていたの」
正直、ここまで長引くと段々と負ける気がして、勝つビジョンが見えなくなっていた。それにここまでやって負けた時のダメージもとんでもない事になりそうだし。
「私はあなたみたく日和った理由じゃないけれどね。時間的な理由よ」
「嘘つけ。絶対ビビったからでしょ」
「何とでも言えばいいわ。そんな証拠ないんだから。あなたがスイートビビっているのは確実だけれど」
授業時間が残り二分と迫りつつあり、やたらと俺とココロの声が教室に響く中、この不毛な言い合いをしている暇はない。反論を抑えてよ本題に戻す。
「……とにかく引き分けで、今日の勝負は終わりって事だよね」
「ええ」
「じゃあ二勝一分で俺の勝ちって事で」
事実だけを伝えるとココロの眉がぴくりと反応する。
「たまたま運よくね」
「いやいや、全然実力だけど」
「基本的に私の方が上だからそれはないわ。今日のは色々とかみ合わなかっただけよ」
「心を読めるところは尊敬してるし勉強も出来て凄いけど、それ以外は別にそうでもなくない? というかこの話だって俺に対してのリベンジでしょ? 自分が負けてるって言ってるようなものじゃん」
「ちょっと何を言っているのかわからないわ」
負けず嫌いが過ぎる。もしくは俺をマジで下に見ていてプライドが許さないのか。
「だったらどっちか上かはっきりさせる勝負する?」
「……」
「……」
勢いに任せて勝負を持ちかけてしまったが、意外にもココロは乗ってこなくて。俺も冷静になってきて、負けたら最悪過ぎるなと思うと熱も沈静化してきた。
「やっぱり、やめとく?」
「やめとく。また泥沼の戦いになりそうだし、それに何だか疲れてきちゃったわ」
「だね。しばらくは休戦しよっか」
「ええ。それと……悪かったわね、色々と」
「こっちこそ、少しムキになっちゃって」
俺達はいつもの落ち着きを取り戻して、ようやく穏やかな空気が流れ出す。これからは平穏な時間を過ごせそうだ。
「ってあれ? 皆いなくない?」
いつの間にかクラスに俺とココロしか残っていなかった。
「あ、次移動教室よ!」
「やべ!」
勝負に夢中で周りに意識を配っていなかったし、移動教室なのは完全に忘れていた。
「急ぐわよ!」
「う、うん!」
もはや間に合う見込みはないけど、だからといって悠々と歩く俺達でもなかった。落ち着いた時間は崩れて結局また忙しないドタバタへと戻ってしまう。
「な、何笑っているのよ」
「いや、何か俺達らしいなって思って」
「……そうかもね」
ココロもまた困ったような表情で微笑んだ。そして俺達は焦燥感と変わらない安心感を抱きながら教室を出て廊下を駆け出した。気分は窓の向こうの快晴のようにとても晴れやかだ。
「二人とも時間はしっかり確認するように」
「「はい、すみません」」
そして遅れて教室に入った俺達は普通に叱られた。
とにかく、何をしてどう過ごすか先に先に考えておかないと自由時間を無為に浪費してしまう事になる。
そして今日も今日とて早速一時間目の授業が終わり、自由時間が訪れようとしていた。しかし具体的に何をしようかは思いついてはいない。となると必然的にスマホになるが、今はジャンクなショート動画は食傷気味だ。となれば、選択肢は一つ。ちゃんとした栄養のある、隣人との会話が最適解だ。
「ねぇちょっといい?」
と声をかけようとすると、先に隣から声をかけられる。どんな理由であれ、彼女の方から話しかけてくれるのは嬉しかった。
「何――」
振り向くと、頬にむにっと何かが当たる。それは彼女の人差し指だった。
「ふふっ引っかかったわね」
見た目通り子供っぽいイタズラをしてきたのは、もちろん教室でもマンションの部屋でもお隣さんのココロだ。こげ茶色のショートボブの下には、いつも通り端正なあどけない顔がついている。小さな手から伸びる指は綺麗で細く、頬から仄かな温もりが伝わってきていた。
「……」
「……」
無言のまま見つめ合う時間が続く。しかし、ココロの方から、照れたように目を逸らして指も離れた。どうやら我慢比べは俺の勝ちのようだ。
「……何で照れないのよ。普通男の子ってこうされたらドキッとかするんじゃないの?」
そう小声で文句を言ってくる。俺もそれにつられて声を潜めて言葉を返す。
「まぁそうだろうけど」
「あなたの心、まるで動じていなかったわよね。おかしいでしょ、どういう了見?」
突然イタズラされたかと思えば、理不尽に責められる。抗議したいところだがその前に疑問が浮かんでくる。
「……でも確かになんでだろ」
他の女の子にされたら絶対ドキッとするし、何か好意を持たれているのではと勘違いすらするだろう。
「というか、ココロこそ急にどうしたの?」
「いつもあなたに調子を狂わされてばかりだから。そろそろからかってやり返さなきゃって思ったのよ」
「いや、勝手に心を読んで勝手に自爆してるだけじゃん」
もはやそれは当たり屋だ。自分からぶつかってファールをもらおうとするサッカー選手だ。
「そんなの関係ないわ。日頃、あなたに迷惑かけられている仕返しでもあるのだから」
「うっ……」
そこは言い返せなかった。どうやら受けて立つしかないようだ。
「ふふっ。これからの小休憩の時間を使ってあなたで遊んで日頃からの留飲を下げるわ」
「何をする気?」
「消しピンよ!」
「……ほう」
何だか懐かしい響きだった。小学生くらいに良くやっていたのを思い出して、その時の感覚が再燃してくる。
ココロは机の上に広げていた教科書類をしまって、カバーのついた割と新しめの消しゴムを一つ出した。俺も新品のを一つ出して他のものはどける。そして机をくっつけた。
「ちなみに勝った方は、飲み物を一つ奢るってことで」
「いいよ。丁度買おうと思ってたから」
俄然やる気が出てくる。しかし、このゲームでどんな手を使うのか予想がつかない。気を引き締めよう。
「これ久しぶりにやるなぁ」
「私もよ」
まずはココロが真ん中辺りに上手く移動させる。次に俺も近くに飛ばした。すると、今度は逃げるようにココロの陣地へ戻す。俺はそれを追いかけつつ、相手をぶつけて場外に近づけた。
「追い詰めたよ」
「さて、どうかしら?」
自信たっぷりな態度とは裏腹にココロはちょんと一センチくらい動かすだけで。いかにも次の一撃で仕留めてくださいと言わんばかりだ。
「……さ、あなたのチャンスよ?」
挑発的な態度に狙いを理解する。ここで強く飛ばして失敗させ、煽る腹づもりだろう。けど、そんなのでやらかす俺じゃない。
親指と人差し指に全神経を集中させて、狙いをつけて放つ。
その瞬間にココロが顔を近づけてきて。
「あなたの事、好きよ」
吐息を混ぜた艶やかな声でそう囁いてきた。
「俺もだよ」
「……へ?」
力強く消しゴムを飛ばしてココロのにヒット。場外へと吹き飛ばした。
「俺の勝ち〜」
「ちょ。ちょっと待ちなさいよ」
ココロは消しゴムを拾ってから、異議を唱えてくる。
「な、何で動揺しないのよ。それに好きって……」
「ココロの事は友達として普通に好きだし、自惚れじゃないけど同じように思ってくれてるかなとは思ってたから、動揺はしないかな」
俺の失敗を誘発させるためだけの言葉だったとしても嬉しいは嬉しい。
「恋愛的な意味に聞こえるように言ったのだけど……」
「何かココロから友達として好きって言われた安心感の方が強くて、それに俺に対して恋愛的なものは絶対ないって思ってたから、そっちの発想はでなかったな」
「……どうやら今回の勝負はあなたの完全勝利みたいね。けど、次はこうはいかないから」
「あ、飲み物は一階の自販機にある白ブドウジュースね」
◇
次の休憩時間となり、ココロから戦利品を受け取りって次の勝負に。三階にあるこの教室から一階へダッシュで買いに行ったらしくて、ココロの息は少し切れていた
「じゃあ今度はペットボトル投げで勝負よ。もちろん知っているわよね」
ボトルフリップと呼ばれる、ペットボトルを空中で回転させつつ、最後に机の上とかに真っ直ぐ立たせるゲームの事だろう。
「いいけど、得意なの? 何かそういうのやるイメージなかった」
「得意ってほどじゃないけれど、本当に暇な時にやったりはするわ。それに、この勝負は技術だけじゃないもの」
盤外戦術を用いるという事か。一体次は何をしてくるやら。
「せっかくあるからそれを使うわよ」
半分くらい飲み干した白ブドウジュースを指差す。
「ルールはどうする?」
「一発勝負よ。お互いに成功したら、決着がつくまで何度も繰り返すわ。そして勝った方は購買で好きなものを一つ奢らせる権利を得るわ」
「オーケー。それじゃどっち先にする?」
「あなたが決めていいわよ。私はどっちでも良いから」
随分と自信があるようだ。先にやって貰って様子を見てからというのも良さそうだが、成功してしまったらプレッシャーがかかってミスりそうでもある。悩ましいが、相手が何をしてくるかわからない以上出方を窺った方が良さそうだ。
「後攻で」
「わかったわ。それじゃあ私からね」
ココロは俺の手からからペットボトルを奪うと、間髪入れずにくるっと一回転させなかまら空中へと投げた。そして、危なげなく机の上に着地する。完璧な成功だ。
「上手いな」
「ふふっ、こんなものよ。さぁ、次はあなたの番よ」
ペットボトルを手に持ってから、投げる瞬間のイメージを浮かべる。そうすると何だかいける気がしてきた。
「よしっ!」
俺はイメージをなぞるように、腕を動かし、そしてペットボトルを握る力を緩めて。
「ねぇ、付き合ってくれない?」
突然、ココロが近づいてきて耳元で囁いてくる。
「……」
「放課後のお買い物にね……って」
ペットボトルは、俺のイメージ通りの軌道で宙に放たれた。一瞬、耳の方に意識を奪われかけたが、彼女にお菓子を与えてはならないという気持ちがその誘惑を払い除けることに成功した。
そしてペットボトルも、はなまるを貰える着地をした。
「はい、成功」
「嘘でしょ?」
「それと買い物も行こう」
「それは私に勝ったらよ。……これでも駄目だなんて」
かなりショックを受けているようで、露骨に顔に出ていた。さっきまでの自信はそこにはなくて。
「えい…………あ」
その動揺と不安が乗り移ったかのように、机の上に乗ったそのペットボトルは、ふらふらとしてから力なく倒れた。
「じゃ、次は俺ね」
「あ、待っ――」
隙を作らずクイックで始める。さっきの感覚で投げて、確かな手応えと共に成功が降り立った。
「俺の勝ち!」
「ああもう、あなたスイートおかしいわ!」
まるで再放送だ。ココロは不満たっぷりにペットボトルを突き返してくる。
「流石にこれには戸惑いなさいよ! こっちは恥を忍んでやってるのだけど!」
「いやいや、自爆をこっちのせいにされましても」
「というか、私の囁きに勝てた理由が私にお菓子を食べさせたくないからって何なのよ。どれだけ……いえ」
感情的に文句を言い放ったかと思えば、突然スンと冷静になる。何だか今日のココロは変なテンションだ。
「次が最後の戦いよ。どんな手を使っても勝つわ。私の意地をかけて」
「は、はぁ」
何だか彼女の中では大きな話になっているようだが、ついてはいけていない。
そのまま休憩時間が終わってしまい、先生が入ってきて俺含めてクラスの人達は席に座り授業へとモードを切り替えていく。しかし、隣人だけは次の休み時間を見据えていた。
◇
「さぁ最後の勝負を始めるわよ」
ココロは約束通り購買からチョコチップメロンパンを買ってきてくれた。さらに手にはミルクティーのペットボトルが握られている。
「……その前に聞きたいんだけど、今日は本当にどうしたの? 何か変じゃない?」
「別に何かあったわけじゃないわ。ただ」
「ただ?」
「最近読み始めた漫画があるのだけど、それを見てやってみたくなったというか。そうすれば日頃困らされてるのをやり返すチャンスかと思ったのよ」
つまりは漫画の影響を受けて真似したくなったというシンプルな事だったらしい。
「ば、馬鹿にしないでくれる?」
「してないよ! 俺だって本読んで色々やってみたくなることあるし、気持ちはわかるから」
「……ならいいけれど」
「そんな事より、どんな勝負をするの?」
そう尋ねるとココロは持っていたミルクティーの一気飲みをして半分くらいまで減らす。
「もう一度これで勝負よ」
「いいけど、何でまた」
「さっきので勝つ方法を思いついたのよ」
再び自信を覗かせる。リベンジということもあってさ何だか凄味があった。
「ルールも同じ。それと、先行はあなたに譲るわ」
「俺からか……いいよ」
今回はどんな手を使ってくるのか、段々と楽しみになっている自分がいた。バトル漫画の主人公になった気分だ。
ペットボトルも前のと同じくらいの重みがある。若干成功していた感覚が薄れているが、俺は微かなそれを辿って、ペットボトルを――
「ちなみに今回あなたが勝ったら、私、ちゃんとした食事もするし、お菓子系も食べすぎないようにするわ」
「なぁっ!?」
俺は離そうとしていた手に力を入れて投げるのをギリギリで止める。
「あ、危ねぇ……」
「残念、焦って失敗はしないか」
「……」
いきなり失敗出来ない理由が生まれてしまった。この一投で彼女の健やかな人生がかかっている。一気に吐きそうな緊迫と緊張が走って、頭もあまり回らない。体も上手く動かせそうになかった。
「人生って……そ、そんな大げさな」
「はぁ……はぁ……絶対成功させないと……!」
「私の想像の倍以上よ効果ね……」
俺は全神経を可能な限り右手に集中させる。そして、成功の感覚や作戦もなしに、ただ彼女への想いだけを乗せて投げた。
「……あ」
無常にも少し鈍い音をたてながらペットボトルは倒れて机の上から転がり落ちてしまう。
「ふふっ。どうやら空回ったみたいね」
「ぐぅぅぅ……ココロを救うチャンスだったのに」
「さてと、ようやくあなたに精神的にも勝負でも勝てそうね」
ココロはもう勝った気でいるようで、ウインニングランをするかのような余裕でペットボトルを持って投げようとする。
このままだと負けてしまう。しかし、彼女を更生させるまたとないチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。
「ココロが勝ったら前のように菓子パンとかお菓子とか食べ放題生活に戻っていいよ」
「ふぇ!?」
可愛らしい声を上げながら、彼女の手からペットボトルが滑り落ちた。
「あぁ!?」
「よし、じゃあ仕切り直しだね」
「ひ、卑怯よ急にそんな事」
「それはそっちもでしょ」
とっさの機転で首の皮一枚繋がった。しかし、成功させなければ意味がない。
俺は再度、ペットボトルを持つ。やはり、一度失敗しているとはいえ緊張はしたままで。
「今度こそ……あ」
手応えのないまま空を舞ったそれは不格好に机の上に墜落した。
「これに私のお菓子がかかっている……」
ココロは打って変わって真剣で張り詰めた表情をしている。彼女もまた希望に手が届きそうなプレッシャーに押し潰されているようで。
「えいっ……うぁ」
ココロが投じた希望を嘲笑うかのように、コロンと倒れてしまう。
「……」
「……」
三度目の俺のターンになるものの、失敗。それに続いてココロも同じくミス。何度もそれがループし、静かな教室の中、休憩時間残り三分くらいになっても続いた。
「ねぇココロ、ちょっと相談があるんだけど」
「奇遇ね、私もあるわ」
彼女には俺の考えている事がわかっているのだろう。多分似たような事を考えている事を。
「ここは引き分けにしない?」
「私も全く同じ提案しようとしていたの」
正直、ここまで長引くと段々と負ける気がして、勝つビジョンが見えなくなっていた。それにここまでやって負けた時のダメージもとんでもない事になりそうだし。
「私はあなたみたく日和った理由じゃないけれどね。時間的な理由よ」
「嘘つけ。絶対ビビったからでしょ」
「何とでも言えばいいわ。そんな証拠ないんだから。あなたがスイートビビっているのは確実だけれど」
授業時間が残り二分と迫りつつあり、やたらと俺とココロの声が教室に響く中、この不毛な言い合いをしている暇はない。反論を抑えてよ本題に戻す。
「……とにかく引き分けで、今日の勝負は終わりって事だよね」
「ええ」
「じゃあ二勝一分で俺の勝ちって事で」
事実だけを伝えるとココロの眉がぴくりと反応する。
「たまたま運よくね」
「いやいや、全然実力だけど」
「基本的に私の方が上だからそれはないわ。今日のは色々とかみ合わなかっただけよ」
「心を読めるところは尊敬してるし勉強も出来て凄いけど、それ以外は別にそうでもなくない? というかこの話だって俺に対してのリベンジでしょ? 自分が負けてるって言ってるようなものじゃん」
「ちょっと何を言っているのかわからないわ」
負けず嫌いが過ぎる。もしくは俺をマジで下に見ていてプライドが許さないのか。
「だったらどっちか上かはっきりさせる勝負する?」
「……」
「……」
勢いに任せて勝負を持ちかけてしまったが、意外にもココロは乗ってこなくて。俺も冷静になってきて、負けたら最悪過ぎるなと思うと熱も沈静化してきた。
「やっぱり、やめとく?」
「やめとく。また泥沼の戦いになりそうだし、それに何だか疲れてきちゃったわ」
「だね。しばらくは休戦しよっか」
「ええ。それと……悪かったわね、色々と」
「こっちこそ、少しムキになっちゃって」
俺達はいつもの落ち着きを取り戻して、ようやく穏やかな空気が流れ出す。これからは平穏な時間を過ごせそうだ。
「ってあれ? 皆いなくない?」
いつの間にかクラスに俺とココロしか残っていなかった。
「あ、次移動教室よ!」
「やべ!」
勝負に夢中で周りに意識を配っていなかったし、移動教室なのは完全に忘れていた。
「急ぐわよ!」
「う、うん!」
もはや間に合う見込みはないけど、だからといって悠々と歩く俺達でもなかった。落ち着いた時間は崩れて結局また忙しないドタバタへと戻ってしまう。
「な、何笑っているのよ」
「いや、何か俺達らしいなって思って」
「……そうかもね」
ココロもまた困ったような表情で微笑んだ。そして俺達は焦燥感と変わらない安心感を抱きながら教室を出て廊下を駆け出した。気分は窓の向こうの快晴のようにとても晴れやかだ。
「二人とも時間はしっかり確認するように」
「「はい、すみません」」
そして遅れて教室に入った俺達は普通に叱られた。



