ココロに心を読まれる時のトキ

 普段よりも早い時間に起きて、ぼーっとしたままテレビを点けると天気予報をやっていた。どうやら今日の天候は不安定らしい。午前は強い日差しが照りつける快晴だけど、もしかしたら大雨になるかもしれないと。
 ほとんどギリギリに起きてすぐに家を飛び出しているから、天気予報を見るという行為一つが新鮮で、ゆとりのある生活をしている感がある。
 だからといってちゃんとした朝ご飯を作る気も起きず、俺は隣人から貰っていたメロンパンを朝食にして、少しゆっくりした後に高校に向うべく部屋を出た。
 いつもなら七階のため、エレベーターが早く来るよう焦燥感に駆られるが、今日は穏やかにここまで昇ってくるのを待つことが出来た。
「……あ」
 背後から部屋のドアを開ける音が響いて、その次にすぐ聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「おはよう、ココロ」
「お、おはよう。今日は珍しく早いのね」
 振り返ると、同じ高校の制服を着て学校指定のリュックを背負った小学生のような見た目の美少女、ココロがいた。一瞬背にしているのはランドセルかと思ってしまう姿だが、見た目に反して、大人びた落ち着きがあり、瞳はぱっちりと開いてこげ茶色のショートボブの髪も綺麗に整えられている。
 と、彼女をついまじまじと見ている間エレベーターは七階に着いた。ココロと共に乗り込み一階へと降りていく。
「朝から私を見て分析するのやめれないかしら? いつも言うけど、あなたの心を読んでしまう私の身にもなって欲しいわ」
「ごめんごめん、ついね」
 エレベーターは途中で止まることなくスムーズに一階へとたどり着く。エントランスから外に出ると、この時間でも中々の日差しと熱が全身を刺してくる。
「もう完全に夏だ。超暑い」
「そうね」
 ココロは背負っていたリュックのサイドポケットから、折りたたみ傘を出して広げた。
 そして傘を差した彼女と共に高校へと向かう。
「日傘?」
「日光はお肌の天敵だから。あなたは……そういうのは気にしないみたいね」
「まぁ、うん」
 気をつけなければいけないんだろうなと思いつつ、別に良いかって感じだ。
「そういうの、意識した方がいいわよ。将来後悔しても遅いんだから」
 男がスキンケアや日傘をしていても特に変とも感じない時代だ。俺もその流れに乗るべきではあるのだけど、どうしても背中を押してくれる何かがないと動けそうになかった。
「全く、スキンケアは大切なのよ? ……というかあなた、日焼け止めくらいは塗っているわよね?」
「いや?」
「……せめてそのくらいはやりなさいよ。スイートありえない」
 傘の影の中にいるココロの顔が心なしかさらに暗くなっていった。
「一応日焼け止めあるけど使う?」
「え、いいの?」
「別に構わないわ。これで少しは大切さを理解出来るでしょ」
 ココロはリュックから水色の日焼け止めを取り出し手渡してくれる。少し出してとりあえず顔に塗って余ったのを腕に使う。何か日焼け止め塗ればぬるっとした感じが残って少し気持ちが悪い。
「首辺りも……そう。やるならちゃんとしないと」
「ありがとう。でも、どうしてそんなに気にしてくれるの?」
「別に。ただ、割とお肌が綺麗だから勿体ないなって思っただけよ」
「……そ、そっか」
 そっちの方面で褒められることは初めてで、くすぐったくなる。それに、スキンケアをしようっていうモチベーションも生まれて。
「……もしかして背中を押してくれた?」
「さぁ? 私は思った事を言っただけよ」
 心を読めるわけじゃないから、本当のところはわからないが、リップサービスとかではないと思っておく事にする。
「……あっつ」
 それにしても日が強くて、体に刺さってくるようだ。少し意識をすると、確実に肌にダメージが入っているのがわかる。高校は近いとはいえ、早くこれから逃れたいところではあるけど。
「……そうだ」
「お断りよ」
「まだ何も言ってないんですけど」
「心が言ってんのよ。やるわけないでしょ、相合い傘なんて!」
 さっと距離を取られる。そして傘を守るように片手から両手に持ち替えた。
「それに雨ならまだしも晴れの日にやるのは新しすぎるわ」
「新しい、良いじゃん! 俺達から流行らせよう!」
「おバカ! 周りにも人がいるのにそんな事出来るわけないでしょ!」
 この辺はどちらかというと田舎寄りで、コンビニ等の店も人通りもそこまで多くない。そりゃあ人はいるがダメージは少ないだろう。
「暑いんだよー涼しそうだし入れてよー」
「こ、こっち来ないで!」
 俺が近づこうとすればココロは避けて、それを何度も繰り返している内にいつの間にか追いかけっこが始まっていた。
「と、止まってよココロ!」
「いやよ! 公衆の面前で相合い傘とか無理だから!」
 高校に近くであり、周りには同じ制服の人が沢山歩いている。そんな彼らを避けながらココロを追う。既に皆からの視線は俺達に集まっていた。
「いや、それをしなくてももう目立ちまくってるよ、俺達」
「あなたのせいでしょ!」
 ココロはスピードを緩めて歩きに戻し、俺の方に振り返る。かなりの汗をかいていて、ハンカチで拭う。
「こんな日に何で走らないといけないのよ……しかも周りから変な目で見られるし」
「ごめんごめん、後でチョコチップメロンパン奢るからさ」
「……なら良いけれど」
 怒り顔が途端に緩む。そして前を向いて高校へとまた歩み出す足は、嬉しそうに弾んでいた。
「……ねぇココロ」
 その姿を見て一つのアイデアが瞬いた。
「チョコチップメロンパンの他にクリームパンも買うから、少しの間だけでも傘に入れてくれないかな」
 ぶっちゃけ走ったことで本当に死ぬほど暑い。
「クリームパン二つよ」
「わかった」
「……傘はあなたが持ってよね」
 ココロは俺の近くに寄ってきて傘を押し付けてくる。それを受け取れば、強い日の下でココロと傘一つの中に入った。
「校門見えてきたら止めるからね」
「りょーかい」
 こんな晴れた朝に相合い傘をしているため、当然ながら周囲の人からの視線を感じる。どんな風に思われているのだろうか。俺ならバカップルか何かと思うが、見た目的に兄妹にも見えるかも。何にせよ俺は不思議と恥ずかしさを感じていなかった。一方のココロは周りを気にしてキョロキョロしている。
「もうさっきので目立ってたし今さらじゃない?」
「そんなすぐに割り切れるわけないでしょ。あなたが平然としているのが信じられないわ」
 変わったことをしている特別感が心のアドレナリンを出しているのかもしれない。
「でもあれだね、日傘って想像以上に涼しいな」
「でしょう? 買った方がいいわよ」
「そうするよ。日焼け止めも一緒に」
 この至近距離だから、歩いているとココロの少し体に触れてしまう事があって、その時は流石にドキッとしてしまう。人の温もりは夏の熱とは違う仄かだけど確かな甘い存在感があった。
「な、何を考えているのよ。こっちまで変な感じになるじゃない」
「無茶言わないでくれ」
 心を読まれて困る事が普通だろうけど、俺とココロの場合はその逆が多い。なのでたまにわざと変な事を考えからかったりもする。
「心を読める力をこんな風に後悔したのはあなたが初めてよ、全く」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
 道のりに歩いた先にもう高校が見えてきてしまう。
「言っておくけど、今日はもうしないから。帰りが凄く暑くても」
「わかってるよ。……おっとそろそろかな」
 俺は傘をココロに返し彼女から少し距離を取った。途端に強い日光が全身に振り注ぎ、改めて傘の重要性を理解させられる。
「ありがとうココロ」
「もう勘弁だからね、こんな事」
「はーい」
 と言いつつココロはまぁまぁ甘いから、チャンスがあれば狙おうとしている俺もいた。
「……絶対にしないから!」
 ココロは宣言して逃げるように小走りで校舎へと行ってしまう。俺もこの暑さから逃れるべく彼女を駆け足で追って、校舎へと入った。
 見上げた空はびっくりするくらいの青に澄んでいて雨なんて予感させない、そんな快晴だった。

 ◇

「と、思っていた時期が俺にもありました」
 放課後になると外は大雨に見舞われていた。朝のあの日差しも暑さも遠いまえのような気さえしてくる。
 俺はココロと共に昇降口前まで降りて、止む気がしない雨の前で立ちつくしかなかった。他の生徒はどんどん俺の横を通り過ぎて、見せつけるように傘を差して帰路へつく。
「別に見せつけてはないでしょ。被害妄想よ」
「……こんな雨になるなんて聞いてない」
「あなた天気予報見てなかったの?」
「あ」
 確かに不安定な気候で午後からは雨とか言っていたような気がする。天気予報見て満足して先のことを一切考えていなかった。
「あなたってたまにスイートおバカよね」
「……」
 自分でも凄くそう思う。流石に過去の俺の行動がアホ過ぎてマジで信じられない。
「こんな大雨の中傘なしじゃあ――」
「……何よ」
 だが俺は隣にいるこの状況を打開する存在を知っている。
「ココロ、傘に入れてくれない?」
「嫌よ」
 初めは断られるが、ココロは大体頼み込むと折れてくれる。
「そこを何とか」
「だって言ったわよね? 今日はもう相合い傘をしないって」
「……あ」
 だが今回は状況が違った。感情的なものでない理由での拒否だ。それも俺自身が蒔いた種でもあって。
「じゃ頑張って」
「待ってココロ! それは暑くても相合い傘しないって話だったはずだよ! 雨の時の話はしてないはず」
 完璧に反論できたのではないだろうか。
「いいえ、私は相合い傘の話をしたの。はい、これでお話はお終い。それじゃ」
 無慈悲に交渉を打ち切られる。ココロはそのまま雨の中へと悠々と行ってしまう。
 多分こうなるとメロンパンでも釣れない。こうなれば俺に出来るのは一つしかなくなってしまった。
「ココロぉ! 入れてくれてくださぁぁい!」
 俺は駆け出した、彼女に泣きつくために雨の中を。
「またこの展開なの!?」
「待ってくれぇぇ!」
 それを見るやいなやココロも走り出してしまう。そして再び追いかけっこが始まった。
「この……諦めなさいよ!」
「お願いだから入れてぇぇ!」
 互いに譲る気はなかった。それにより、俺は大雨に無防備に打たれ続けて、ココロも走っている事で傘が揺れて雨を防ぎきれず、結果マンションに着く頃にはどちらもびしょ濡れとなっていた。
「……私達何やっていたのかしら」
「……ごめん本当に」
 俺達は文字通り冷水を浴びて冷静になって後悔をしていた。朝からさっきまでの変なテンションも無になり、ほとんど言葉を交わすことなくエレベーターで昇る。
「風引かないようにね」
「ココロも。後で温まる食べ物作ってくるよ」
「ええ」
 ずぶ濡れになった俺は、とりあえず天気予報の確認と日傘を買うことを決意した。今度は困ったココロを入れてあげられるように。
 そうして俺は部屋に入った。まずはお風呂に入ろう。